4.辺境伯

 魔物は出るし、甘藷しか育たない領ではあるが、代わりに納税義務がない。


 それどころか防衛費やら生活費やら毎月まとまったお金をもらえる。

 さらに十五歳未満の子ども、もしくは三年以上住んでいる領民が亡くなれば見舞金も出る。


 あの令嬢達は辺境伯を身分ではなく辺境に暮らす伯爵家だと思っていたようだが、辺境伯は王家に次ぐ家柄である。


 貴族に生まれた子どもは何よりも先に家格について習うはずなので、彼女たちはただ無知を晒していただけになる。


 記憶を取り戻す前はべっこべこにへこんでいたが、辺境伯令嬢と第三王子との婚約は家格を見ても非常に釣り合いが取れている。私がへこむ理由などどこにもない。


 彼女達は今頃真っ青になっているか、気づかずに突き進んで今後どこかでまたやらかすことだろう。


 それにどんなにおバカな令嬢でも、学園に入学すれば私達の婚約の本当の意味を知ることとなる。



 辺境伯令嬢と第三王子との婚約はいわばお互いを繋ぐための鎖だ。

 王家は辺境の地を監視するため、同時に王家側が裏切ることはないとの意思表示のために人質を差し出す。それが第三王子である。


 辺境伯は常に最前線に立っている上、強い者しか住むことができないという土地柄、強者ばかりが移り住む。


 シルヴェスター領民が束になれば国お抱えの騎士団なんて敵にもならない。

 同時にシルヴェスター辺境伯領が周りの領地と結託して魔物討伐の手を抜けば、この国は終わる。


 邪神復活で慌てている場合ではない。

 そんなわけでシルヴェスターは敵に回したくない家、ナンバーワンなのである。


 だからといって力を付けすぎても困る。

 忖度しまくって乗っ取られたなんてことになったら、王家のメンツが丸つぶれである。


 とはいえ我がご先祖様に国を乗っ取るつもりはさらさらない。

 話し合いの結果、王家がシルヴェスター側に色々と優遇や援助をする代わりに何代かに一度、辺境伯家と王家とで縁を結ぶことが決まった。



 その何代か、がちょうど今なのだ。

 だからといって私と王子が頻繁に交流しているかといえばそんなことはない。


 婚約者の第三王子は身体が強くないらしく、顔を会わせたのだって片手の指で数えられる程度。


 ゲーム内でもヒロインが第三王子ルート以外に進めば、彼は体調不良で休学することとなり、ウェスパルとの婚約も解消する。


 ちなみに彼はこの前のお茶会も体調不良で欠席している。

 それでもシルヴェスターの者が王都に来る機会はなかなかないので、数日後に城で……という話があったところを私が帰りたいと泣いたため、話は流れてしまった。


 といっても会ったところで話すようなこともない。


 月に一度届く手紙は二人揃って定型文の組み合わせで、私は空と畑の様子が、王子は窓の外の光景ばかりを書くのが上手くなっている。


 相手の様子が全く伝わってこないので互いに好みなど分からず、プレゼントは無難なものを贈り合っている。


 前世の記憶を取り戻す前から婚約が流れたところで痛くも痒くもないどころか、さっさと婚約を解消して療養して欲しいと思っていたほど。


 この五年で会う予定もなければ特別な感情を抱く見込みもないので、彼はウェスパルの闇落ちにあまり関わってはいないと思われる。


 だからといって従兄弟が女の子と仲良くしていたところで嫌な気持ちになるかと言われればそんなことはない。


 兄の親友の弟だけまだ遭遇していないが、前の二人で闇落ち理由が分からない以上、彼のルートだけ考えても無駄だろう。



「わっかんないな〜」

 未来は闇に包まれているが、乙女ゲームの舞台は五年も先。

 それにヒロインが第一部の攻略者とくっついてくれれば、私の闇落ちは回避される。


 これは第三部として発売されたファンディスクで得た情報なので、シナリオ通りに進めばほぼ確実。


 シェリリンには悪いけど、私が一番楽な方法は第一部の誰かとヒロインがくっついてくれることである。


 シェリリンは断罪されても地方に飛ばされるだけだし。

 それに社交界の出入りや豪遊は禁じられるが、衣食住に困らぬニート生活である。前世の記憶がある身としては羨ましい限りである。


 だが私がいくら『くっつけ!』と強く願ったところで、ヒロインにも気持ちというものがある。


 ゲームプレイヤーの推しに左右されることのないヒロインが六人中誰を選ぶかはその時になってみないと分からない。もしかしたら選ばないかもしれない。


 だがそこまで待っていられるほど私は気が長くない。どうしてもソワソワとしてしまう。行動を起こさずにはいられない。



「闇落ちを絶対回避する方法。出来ればヒロインの行動が関わらないタイプで……」

 芋を突っ込んだ口をモゴモゴと動かす。

 大量に入れすぎてむせ込んだ時ーー私の頭にとある考えが浮かんだ。

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