2.苦手意識と蘇る記憶
当家が治めるシルヴェスター領は王都から遠く離れており、お父様は仕事の関係で領を離れることが難しい。なので私達シルヴェスター家でお茶会・夜会と言えばもっぱら地元の貴族が催すものであった。
お母様は元々平民の、それも冒険者出身で派手な場所は好かず、お兄様は根っからの社交嫌い。
それでもやってこれたのはシルヴェスター領周辺がやや特殊だから。
お茶会や夜会は年に五回あればいいほど。重要なことは大人達が寄り合いで決めるし、子どもたちは会など開かずとも勝手に集まる。
なのでお茶会は近況報告をする場となりつつあった。
次期当主であるお兄様はさすがにこれだけでは済まないが、結婚後もシルヴェスター領で暮らすことが決まっている私なんて気楽なものだ。
結婚後も決まった人たちと付き合えばいいのだから。
実際、この夜会よりも以前に王都に足を運んだのはたったの一度だけ。
それも六歳の時、第三王子との婚約を成立させる日のみである。
そんな私が十歳になって再び王都を訪れたのは、お兄様を王都に連れて行くついでに王子の婚約者として顔見せをしてしまおうということになったから。
『これに参加すれば学園入学まで王都に行かなくてもいいから!』とお父様に説得され、お茶会に渋々参加した。
同じ年の従兄弟や五つ上のお兄様にべったりとくっついて、その場をやり過ごそうと思っていた。
だがやはりというべきか、お兄様が途中で逃げ出した。
私達は当然お兄様の捜索に当たった。だがその途中でご令嬢達に囲まれてしまったのである。
「ど田舎の下級貴族のくせに王子の婚約者になるなんて生意気よ」
「マナーもろくに出来ない令嬢がお茶会に来るなんて、王都じゃありえませんわ。これだから田舎者は嫌だわ」
「魔物臭いったらありゃしない」
「今からでも遅くないから辞退したらいかが? その方があなたも恥をかかずに済みますわ」
ただでさえ二度目の王都に緊張していたのに、その上あからさまな悪意を向けられ、恐怖で体が震えた。
それでもなんとか言い返そうと試みるも、喉元に何かが詰まったように声が出ない。手のひらに爪を立てる。
すると今度は手の傷を指摘され、攻撃される。
「あなた、手の甲に傷があるのね。本でもお読みになるのかしら?」
「違いますわ、本の紙で切ったのなら指先に出来るはず。手の甲になんてできるはずありませんわ」
傷と言っても小さなもので、まじまじと見なければ気づかないようなものだ。
だがこの傷が出来たのは討伐後の魔物の解体でヘマをしたから。
お父様は気にするなと言ってくれたが、本当に初歩的なもので、小型魔獣の皮の剥ぎ取りなんてシルヴェスターに住む者なら、狩りに出る前の子どもだって綺麗にやってのける。
なのに……。
出来た経緯を思い返すと恥ずかしく、思わず手を隠せば、ふふっと前方から笑い声が溢れた。
「あらごめんなさい。私、傷を作るような環境で育っておりませんのでつい……」
「それに田舎貴族が本なんて高級品手に入れられるはずありませんもの」
大切な家族がバカにされたことが悔しくて悔しくて。
けれどそれ以上に何も言い返せない自分が恥ずかしくてたまらない。俯きながら唇を噛みしめる。
その後もお茶会が終わるまで、いかに私が王子の婚約者に相応しくないだとか、魔物臭いだの嫌みを延々と繰り返された。
こうして見事に王都や王都に住む貴族に対しての苦手意識が出来上がった。
兄を捕獲して帰ってきた従兄弟に泣きつき、予定よりも早く王都を後にした。
このまま卒業まで滞在が決まっているお兄様は私以上に泣き叫んでいたが、貴族の子どもが学園入学義務を放棄することは出来ない。
私も十五歳になったら……と思うと気が重くなった。
そして無事にシルヴェスター領に帰還し、広大な大地の空気を肺いっぱいに取り込んでいた時ーー前世の記憶を取り戻した。
大抵この手の話では、寝て起きたらとか高熱が出て、怪我を負って、なんてきっかけがあるものだが、そんなものは一切ない。
地元の空気と共に慣れ親しんだ記憶がぶわっと蘇った。
死んだ時の記憶はないので享年何歳かは分からないが、大学の過去問を前に頭を抱えていた記憶はあるので、多分高校生の間に死んだんだと思う。
私の家族は地元でも有名な仲良し家族で、仲の良い友達は何人も居た。好きなアイドルだって。
でも不思議と前世への強い執着はない。
全くない訳ではないけれど、生まれ変わったことに対して、自分でも驚くほどにすんなりと受け入れていた。
そう、生まれ変わったことに対して、は。
「やっば、私、悪役令嬢じゃん。しかもブラックサイドの方」
転生した先が問題である。
慣れ親しんだ日本でないだけならまだしもここは現代ですらない。剣と魔法で戦うファンタジー世界。本当に今更だが魔物も存在する。
加えて前世でプレイしていた乙女ゲームの世界でもある。
全三部作あるそのゲームで、私は第二部の悪役令嬢として生まれてしまったのだ。
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