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 日ノ出集落へと向かう道はアスファルト舗装されてはいるものの、片側一車線でかなり狭いうえ、落石が多くて恐ろしい。右手は大きく切れ落ちた崖になっており、ガードレールが無い箇所もある。

 しかし敦子さんにとっては慣れた道なのだろう。急カーブや拳大の石などものともせずに、結構なスピードで走っていく。そして高遠さんが言った通り、ペンションいさり火へは沖の港から三十分ほどのドライブで到着した。


「じゃあ、中に旦那がいるから、チェックインしてくださいね」


 宿の女将さんである敦子さんは、玄関前の空きスペースで我々を下ろすと宿の裏側へ車をまわして行ってしまった。


 「いさり火」という名前から、ペンションとは名ばかりの純和風民宿を想像していたのだが、木材をふんだんに使った二階建ての洋館風建物は、外壁をブルーグレーのペンキで塗られ、大きな赤い屋根とマッチし重厚かつ豪華な印象だ。僕たちが今立つ正面には、大きな玄関ポーチの屋根が迫り出し、その太い梁にかけられた一枚板に、手彫りアルファベットで「Isari-BI」と描かれた看板もカッコ良い。二階は全て客室なのだろう。白い窓枠が整然と並び、その前には洒落たデザインのバルコニーが取り付けられていた。


「あそこから海が見えるのかもしれない」


 そんなことを思い、これからの島暮らしに向けて気分が盛り上がってきた。


「おー、どんな宿かと心配でしたが、想像していたよりずっと素敵なところですね」


 先輩に、そんな軽口を叩いたその時、厚い木材に大きなガラス窓が入った玄関ドアが開き、肩幅の広い大柄な男性が出てきた。


「そう言っていただけて光栄ですよ」

「え、ああ、すみません。あのどうぞよろしくお願いします」


 相変わらず、僕は言葉の選択と、タイミングが悪い時がある。気を付けねば。男性は三十代後半といったところか。ブルーの半袖シャツにくたびれたジーンズを履いていて顎には無精髭が伸びている。おそらくこの人が敦子さんの旦那さんなのだろう。


「いらっしゃい。長崎の高遠さんと、東京の三輪さん、それにそのお連れさんですね。私はここのオーナーの石田竜二です。さあ外は暑いでしょう。中へどうぞ」


 玄関を入った所は、カウンター兼ロビーになっているらしい。冷房がほどよく効いており、天井に吊るされたファンがくるくる回っているのも涼しげで良いものだ。


「長旅、お疲れ様でした。私も港まで迎えに行ければ良かったんですが」

「いえいえ、敦子さんが親切に案内してくれましたから。それに高遠さんも」


 三輪さんが如才なく答える。


「ああ、そうですか。高遠さん、お客さんのご案内ありがとうございました」

「私は宿の車を見つけただけですよ。竜二さんお久しぶりです」

「本当に久しぶりですね。お友達方も来られてますよ」


 竜二さんはそう言って、高遠さんに笑かけたが、その時に彼女の顔がふと陰ったような気がしたのは気のせいだろうか。


「海洋大の皆は、今日は海に出てますか?」

「午前中に皆さん海へ行かれて、午後はそれぞれ自由行動と聞いています」

「そうですか。あれ、そういえば敦子さんはまたお出かけですか?」


 高遠さんが玄関ドアの方を見る。確かに窓の向こうで、我々が乗ってきたワンボックスカーが、土煙を上げて出ていくのが見えた。


「ああ、妻はもう一度港に行ってきます。火曜の船では郵便物や宅配便の他にも、新鮮な野菜やお肉も多く運ばれてきますからね」


 そうか、この島へ来る連絡船は週二便だったな。やはり離島に住む人にしかわからない生活のサイクルがあるのだろう。


「竜二さん、あの……」ここで、高遠さんが少し恥ずかしそうに言葉に詰まる。

「ん? どうしましたか?」

「もしかして、敦子さん妊娠されてます?」


 おお、どうなったらそんな点に気付けるのだ。僕と三輪さんは互いに顔を見合わせた。


「はは、すごいですね。私もいまだに変化に気づけませんよ」


 少し恥ずかしそうに、竜二さんは頭をカリカリとかく。


「やっぱり! 少しふっくらされたなと思ったんです。今、何ヶ月ですか」

「5ヶ月ですね」

「じゃあ今年中にお生まれになりますね!」


 高遠さんは嬉しそうに声を上げた。

 しかしそれなら「安静にしていた方が良いのでは?」と単純な疑問を思いつくが……、


「健康かどうかにかかわらず、大きな産科の病院がないこの島では、八ヶ月を過ぎると本土に戻るのが決まりなんです。それまではガンガン働くと、本人は張り切ってますよ」


 竜二さんは、嬉しそうに説明してくれた。島の暮らしは、食糧や宅配便の配達だけに、課題があるわけではないらしい。若輩の僕の知識など底が浅いようで勉強になる。


「さあ宿帳です。氏名住所をお願いします」

 この話題はこれでおしまいと、ペンションの主人は仕事の顔に戻り、カウンターの上に、一冊のノートと、そして二つの鍵を置いた。

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