第2話 Smorfióso

「驚きました。世間を賑わせるあのAmatoがこんな小さな工場で開発されていたなんて」


 ガレージを進みながら、楢崎蕾花ならざきらいかは書店の本棚のように立ち並ぶマシンを見回す。年の頃は三十代半ば、ピンで前髪を留めたこざっぱりしたショートヘアーで薄手のジャケットを着込んでいる。一歩先を行く整備士の篠宮晴人しのみやはるとは、恥ずかしそうに白衣の裾を払った。


「元は車が趣味だった父のガレージで、退職を機に田舎に戻ったので、改装したんです」

「なるほど。それでAmatoの開発者というのは……」

「あちらです」


 晴人が示した先、演算の経過が映し出されたディスプレイの前には歯科医院にあるようなリクライニングチェアがあった。そこで棺に納められた人間のように、胸の前で手を組んだ白い人形が横になっていた。


「アンドロイドなんですか?」

「はい。Amatoは完全自立AI、開発も自分で行っているんです。私がするのは体のメンテナンスなど、自力では出来ない部分のサポートです」


 晴人はアンドロイドの耳元に口を寄せ、静かに呼びかける。


「お客さんだよ。起きて」


 ディスプレイの入力が止まり、アンドロイドが目を開けた。アンドロイドは蕾花も街中で見たことはあるが、通常はウィッグをかぶって服をまとい、肌も人間と同じ色をしている。マネキン人形のような初期状態は初めてだった。アンドロイドはリクライニングを起こし、蕾花へ体を向ける。深淵のような黒い瞳に見つめられ、蕾花は思わず目をそらした。


「この方は楢崎蕾花さん。そうだな……接客モードはAで」


 胸元で命令受信を示す緑色のランプが灯った瞬間、アンドロイドに表情が生まれる。椅子から立ち上がり、笑みを浮かべ、高級ホテルのコンシェルジュのような無駄のない動きで一礼した。


「初めまして、楢崎様。搭載プログラムAmato、型式7285-776578のアンドロイドです。以後お見知りおきを」


 自然な抑揚と唇の動きで紡がれる言葉は本物の人間のそれと遜色ない。蕾花は驚き、晴人を見た。


「これってもしかして、AI恋人パートナーのモデルですか?」

「さすがAI専門のWebライターというだけあってお詳しい。プログラムは弊社で改造しているのですが、モデルはLove.labラブラボ社の物を使っています。誰かの恋人になりきることを可能とするこのモデルが、Amatoの学習には必要不可欠なのです」


 AI恋人パートナーとは文字通り、アンドロイドを恋人として提供するサービスのことだ。本物の人間さながらの肌の質感、抵抗感を生まない自然な表情や仕草が徹底的に研究され、生み出された特別なモデルを使用している。肌と瞳はイカの皮膚の構造をしており自在に色を変えられ、顔のパーツもミリ単位での調整が可能。声も一万パターンから選ぶことが出来、二つとして同じカスタマイズにはならない。モデル業界など商業利用もされているが、恋人としての利用が一般的だ。


「AmatoもAI恋人パートナーをしてるんですか?」

「レンタル限定ですが。Love.labラブラボ社からAI恋人パートナーの仕事をいただいて実際のデートを学習し、シナリオ制作に役立てているのです」

「実際のデートを学習している?」

「もちろん利用者様には、個人情報が特定出来る情報を伏せた上でデータを利用させていただく許可を取っています。協力料としてレンタル代が割引になるので喜ばれていますね」

「とても独特な学習法ですね。他のAIと一線を画せるのも納得」

「体験してみますか?」

「是非お願いします。記事にするからには徹底的に調べたいので」


 蕾花の言葉を聞き、Amatoが頷く。


「では私のカスタマイズといきましょう。あなたについて知るためにスマートフォンをご提示ください。画像データや閲覧履歴から、あなた好みのビジュアルを提案します」

「そういえばそういうやり方もあるんでしたね。記事を書くための履歴もあるので、変なのにならないといいんですけど」

「ご心配なく。短期間で集中的に閲覧されたデータは弾いていきますから」


 スマートフォンを手に載せるとアマトの胸で青い光が八の字を描き始め、スマートフォンにも同じ意匠が表示される。青い光の輝きが増し、データの読み込みが完了すると、Amatoの顔に変化が現れた。肌は褐色に、瞳は鳶色とびいろに、黒人寄りの顔つきに変わった。晴人が持ってきたワゴンからドレッドヘアーのウィッグを取って乗せる。蕾花は完成した顔を見て頬を緩めた。


「あ、はい、凄く好みです。よくそこまでわかりましたね」

「定期的に黒人のタレントのサイトを閲覧していたみたいだからな」

「あ、性格は距離感近めなんだ。私も言葉崩そうかな」

「ビジュアルはこれで決定にするか? 今なら別のパターンも見せられるが」

「このままで大丈夫。でも髪型は、隣のウィッグの方がいいかな」


 Amatoは歯を見せてウィンクし、ウィッグを短く刈り上げたものに変えた。


「それじゃあ出掛けようか。呼び方はライカでいい?」

「うん。あなたのことはなんて呼べば?」

「好きに名前をつけていいよ。特になければアマトで」

「わかりやすい。じゃあ、そうする」


 アマトは蕾花の肩に手を回し、そのまま工場を出ていった。

 何も伝えていないのに、アマトは理想的なデートプランを提供した。水族館に行き、エスニック系のカフェで休憩し、雑貨店の立ち並ぶ通りでショッピング。アンドロイド対応店ではホログラムの料理が提供され、機械の体であっても食事を楽しむことが出来た。


「AI恋人パートナーは前に取材したことあるけど、アマトの方が上手い気がする」

「俺のエスコートを気に入ってくれてどうも。でも本当はかなり自信あった。なんてったって俺の本職はシナリオライター、魅惑的な筋書きを作るプロだからね」

「ずるいなぁ。ねぇ、こんな風にデートしてるだけで、本当にシナリオ制作に役立てられるの?」

「もちろん。例えばさっきの水族館での一幕」


 アマトはスマートフォンを取り出し、中央に指を置く。爪に八の字を描く青い光が浮かび上がったかと思うと、画面が立ち上がり、高速で文章が出力された。


「今これを書いたの?」

「AIだからね。遊びで書いた奴だから好きに読んでいいよ」

「それじゃあ……」


 アマトが書いたのは蕾花と水族館の古代魚エリアを歩いた時の会話だった。内容は事実に即しており、AIで動くカンブリア紀の小さな魚達を見ながら、二人で遠い時代に思いを馳せるという内容だった。しかし何気ない会話なのに互いの心の距離が少し狭まるような、温かな空気感があり、読んでいるだけで胸がドキドキする。この瑞々しさこそAmatoの文章だ。実際に目の当たりにして改めて特殊なAIだと実感する。


「ありがとう。ワンシーンだけでも凄く面白かった。こうして見るとアマトってAIっていうより人間の小説家みたい」

「どうして?」

「だってAIって連想ゲーム的に言葉を紡ぐのが基本だから。でもこれはちゃんと考えてあるでしょ? 事実をきちんと脚色してるっていうか。そういうのって人間が書く文学の特徴に近いと思うんだよね」

「人間が書く特徴に……?」

「それに、欲みたいのを感じる。AI作品って表面的で耳障りのいい言葉を並べただけなのが多いのに、アマトのはちゃんと心が動いてる。本当に機械が作ったのかなって思うよ」

「それじゃあライカは、俺に心があるって思う?」


 唐突な質問に蕾花は眉をひそめる。平成初期のSF映画では定番だが、現実では決して聞かない。だからこそ普通の開発者はこんな言葉が出てくる調教はしないはずなのだ。


「それ、学習のため? マジに返した方がいいの?」

「あはは、ジョークに決まってるだろ? 俺に心があるなんて認めたら、ライカはAI法違反で処罰されるよ」


 アマトは蕾花の肩を叩き、カラッと笑った。


「ごめん、おふざけが過ぎた。もう言わないから最後まで付き合って」

「うん……」


 アマトは蕾花の手を引いて次の場所へ案内する。しかし蕾花の脳裏には質問をした時の真剣なアマトの表情が刻みつき、デートに興じようと思っても離れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る