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 その翌日、テスト返しがあった。生徒はみんな、楽しみにしていた。自分はどれだけの実力があるんだろう。どれだけ頑張ったんだろう。もしよくなかったら、もっと頑張らないといけない。


 チャイムが鳴ってからの事、生徒は緊張し始めた。自分の成績が気になるのだ。知也もそうだ。夏休みに奈美恵と一緒に頑張ったのは、どれだけの効果があるのか、いい結果を奈美恵に見せないと。そうすれば、共進学園には絶対に行けるだろう。


 と、教室の入り口の引き戸を開けて、田川先生がやって来た。田川先生は、解答用紙を持っている。その姿を見て、生徒はみんな緊張している。規律、礼、着席をすると、生徒はみんな田川先生の方を向いた。


「テストを返すぞ!」


 その声とともに、次々と生徒が呼ばれていき、実力テストの結果が渡される。生徒は緊張している。自分はどんな成績なんだろう。知也もそうだ。奈美恵先生、見ててね。


「山崎知也」


 その声とともに、知也は立ち上がり、田川先生の元に向かった。知也はびくびくしている。どんな成績だろう。自分的にはよくできたと思うんだけど。


 だが、田川先生の表情は意外だった。知也がこの夏でかなり成績を上げたからだ。


「お前、よく頑張ったな。みんな90点以上だぞ」


 それを聞いて、生徒は騒然となった。そんなに成績が良くなかった知也がここまで上がるとは。夏休みに何があったんだろう。このままでは、受からないと思われていた共進学園に受かる勢いだ。まさか、夏休みの受験勉強で覚醒したんだろうか?


「えっ、そんな・・・」

「知也、どうしたんだ? こんなに取れるなんて」


 田川先生も驚いている。まさか、知也が夏休みの間にこんなに成績を上げるとは。まさか、夏休みの間に家庭教師を雇ったのかな? いや、そんな報告を聞いていない。でも、何かおかしい。急にこんなに成長するなんて。


「夏休みに頑張ったからね」

「そっか。近所の人からも、けっこう頑張ってたって言ってるもんね」


 噂は聞いていた。夏休み中、知也は全く外に出ていなかった。去年の夏はよく近所の子供とテレビゲームをしていたというのに、今年の夏は全く出かけていない。家の中でテレビゲームをしているという報告も受けていない。勉強ばかりをしていると聞いている。でも、勉強ばかりでこれだけ上がるとは思えない。何か秘密があるんじゃないかな?


「頑張ればここまでやれるんだよ」


 知也は不敵な笑みを浮かべている。生徒は呆然としている。


「そうかな?」


 田川先生は首をかしげている。あれだけ厳しい口調で言っていたのが、まるで嘘のようだ。




 その放課後、知也の成績が急に上がったと知った生徒が騒然としていた。田川先生同様、驚いている。どうやったら、夏休みだけであんなに成績を上げられるんだろう。まさか、誰かに教えてもらった? でも、そんなうわさ、全く聞いた事がない。


「最近、知也、おかしくない?」

「うん」

「最近、成績がよくなったな」

「どうしたのかしら?」

「わからない」


 だが、知也はその会話に全く聞き耳を入れずに、普通に下校しようと思っていた。早く帰って、奈美恵と受験勉強だ。共進学園に受かるためには、それしかない。


 だが、知也はそのうちの1人の生徒に呼び止められた。


「ねぇ知也、何で最近成績がよくなったの?」

「そりゃあ頑張ってるからさ」


 だが、知也は何も言おうとしない。奈美恵の事は誰にも秘密だ。だって、奈美恵は幽霊だから。


「だけど・・・」

「夏休みで頑張ったからだよ」


 夏休みで頑張ったから、としか知也は言わない。だが、もっと他にあるに違いない。だが、夏休みに頑張ったとしか結論はない。そうでなければ、あんな成績にはならないもの。


「そ、そうだよな」


 生徒は汗をかいている。クールな表情で、何も言わない知也に焦っている。


「誰かに教えてもらえなかったのかなと思ってね」


 知也は涼しげな表情で廊下を歩き、下校していった。彼らはその様子をじっと見ている。


「誰にも教えてもらわなかったのに、この上がりはおかしいわ」

「おかしくないよ。やればできるんだよ」


 だが、知也の頑張りを認めている生徒もいる。やればできるんだと、知也は教えてくれる。だから自分ももっと頑張らなければと言っているようだ。


「うーん。そ、そうだね」


 下駄箱までやってくると、別の生徒がやって来た。その生徒も、知也の成績が急上昇したのを知っていて、明らかにおかしいと思っていた。


「知也、今日返ってきた実力テストの成績がいいけど、どうしたんだ?」

「何でもないよ。夏休み、頑張ったからだよ」


 やはり頑張ったからと答えるだけだ。その生徒も、それだけではおかしいと思っている。


「そっか。あんまり成績が良くなかったのに。俺に言われたから頑張ってるの?」

「うん」


 すると、また別の先生がやって来た。先生は知也の肩を叩いた。急に成績の上がった知也を応援しているようだ。


「よくやってるな。頑張れよ! 期待してるからな!」

「わかった!」


 肩を叩かれると、もっと頑張ろうという気持ちになれる。知也は嬉しくなった。


「さようなら」

「さようなら」


 知也は学校を後にして、家に向かった。家に帰ったら、奈美恵と受験勉強だ。受験勉強は合格するまでだ。もっともっと頑張らなければ。


 知也はその間、考えていた。奈美恵はどんな人生を送って来たんだろう。どんな先生になりたかったんだろう。もっと聞きたいな。


 知也は家に戻ってきた。夏休み前までは日が暮れる寸前になって帰って来たのに。受験勉強によって、生活が変わってしまった。だけど、それは将来のためだ。


「ただいまー」

「おかえりー」


 家に帰ると、麻里子の声がした。麻里子はリビングにいる。だが、知也は目もくれずに2階に行く。リビングで休んでいる暇なんてない。受験だ受験だ。


 部屋に戻ってくると、そこには奈美恵がいる。知也は肩を落とした。疲れているようだ。奈美恵はそんな知也を、笑顔で出迎えた。


「はぁ・・・」

「お疲れさん」


 奈美恵は肩を叩いた。知也はぐったりして、ベッドに仰向けになった。受験勉強までの少しの休息だ。


「あ、ありがとう・・・」


 と、奈美恵は実力テストの結果が気になった。今日は実力テストの結果が返ってくる日だ。知也の結果がとても気になる。


「実力テスト、どうだった?」

「よかったよ。奈美恵先生のおかげ」


 疲れたような表情で、知也は笑みを浮かべた。奈美恵はほっとした。知也の役に立ってよかった。これが教師としてのだいご味だな。


「ありがとう。役に立ててよかったよ」

「だけど、本当にそう言えるのは合格してからだから」


 だが、これがゴールじゃない。共進学園の入試に合格するまでがゴールだ。それまで一生懸命頑張らないと。


「そうだね。合格がゴールだよね」

「うん!」


 と、奈美恵は思った。かなり疲れている。どうしたんだろう。受験勉強をしなければならないのに。


「疲れたの?」

「うん。だけど、頑張らないと」


 それを聞いて、奈美恵はほっとした。まだ勉強をする気力は残っているようだ。少し休憩をしたら、また頑張るのだろう。その時になったら、私もその力にならないと。


「いいじゃないの。時には休息も大事よ」

「そうだね」


 言われてみればそうだ。少しの休息も大事だ。だけど、休みすぎたらだめだ。休みはほどほどにしよう。

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