マンドラゴラ育成日記〜俺が改心すればほんとにただの大根に育つんですよね!?〜
街田あんぐる
第1話 出たくない電話に出ないこととか
人は出たくない電話に限ってうっかり応答ボタンを押してしまうもので、中川
「中川ァ!!」
「うわっ」
「お前、無断けっき——」
信志はさっさと通話を切った。
「お前、またバックれたのかよ」
宴席の右隣に座った内山が呆れた声をかける。
「バイトの地味女に好かれてるし、オーナーはうっせえし」
「その髪で雇ってもらったくせに」
内山は信志の、金髪の根本が伸びたプリン状態の髪を指す。
「うるせ」
「すまんすまん」
上座にどっかり座ったモサモサの髪の男がグラスを掲げる。二人もそれぞれのジョッキを握った。
「今年もつつがなく留年した諸君に! そして留年同好会の新人諸君に! 乾杯!」
10人ほどの参加者はダルい声で「カンパーイ」と形ばかりにジョッキを合わせた。激安居酒屋の酒は薄いが、酔えればそれでいい。
入り口の自動ドアが開き、信志は何気なく目をやった。そして二度見した。学生がたむろする店には似合わない、清楚な女性客だったから。
女性は20代半ばくらいで、つやのある黒髪はストレート。ライトブルーの襟付きワンピースを着ている。
顔立ちは繊細で——。
「うわ、すげー美人」
内山も信志の視線に気づいて、女性客を品定めするように眺めた。
そのとき、また信志のスマホが震えた。液晶に表示された名前にげんなりする。
「またバ先?」
「いや、親から。オーナーがチクったんだろ」
「お前さ〜。2年留年しててよく金づるをシカトできるよな」
信志をイジる内山も大概のクズなのだが。
「お袋は金持ちと再婚したからいいだろ」
「は? お前、義理の父親に養われてんの?」
「まあな。それがキモいんだわ」
「何が」
「俺が家を出た途端に再婚って、オバサンとオッサンがさ〜」
「それはキモいわ〜」
「オバサンとオッサンの愛の巣?」
周囲の男たちが口を挟み、信志の胸がちくりと痛んだ。親を悪く言うくせに、他人が親を
「あー! 親死なないでくれー!」
「切実にそれ」
留年というモラトリアムから抜け出せない男たちは「親死なないでー!」と斉唱した。周囲から冷めた目で見られようが気にしない。
しばらくして信志はトイレを口実に席を立った。本当は、親の悪口でピリついた心を鎮めたかったから。
トイレの前を塞ぐように、ライトブルーのワンピースの女性が立っていた。
「あなたたち、傷を舐め合っていますね」
女の声はどこか現実味がなく、占い師を連想させた。
「ハァ!? アンタには関係ないだろ」
イラついていた信志は躊躇なく声を荒げた。
「あなたにこれを授けましょう」
その瞬間、女の両腕の間に何か物体が出現した。
「あなたが改心すれば——」
女は説明するが、強烈なめまいに襲われた信志はよく聞き取れなかった。
「——れば、死にます」
暗く霞んでいく信志の視界に、女のピアスがきらりと輝いた。五芒星を逆さにしたモチーフだったが、信志の薄れゆく意識にその記憶は残らなかった。
暗転。
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