第43話 スピード・バトル
「⋯⋯どうにか逃げられたみたいですね」
夜の学園都市。
身の安全を考慮し、バルバラたちはメディエイト事務所に居た。だが、財団の暗部組織に襲撃され、バルバラたちは散って逃げた。
逃亡後、合流できたのはヒナタだけだった。アレン、ルナとは連絡も取れない。
「ですね⋯⋯これからどうしたらいいんでしょうか⋯⋯」
バルバラは怯えていることが丸分かりだ。ヒナタも命を狙われそうになったことに動揺は隠せないが、
(バルバラちゃんは一般人。わたしが守らないと)
メディエイトは人を助ける為の組織だ。ヒナタはバックアップ担当とは言え、人一人安心させられなくて何がメディエイトの一員か。
とりあえず、ヒナタはミナたちと合流することを最優先にした。携帯電話でコールしようとしたときだ。
「────」
突如、白色の光線のようなものが二人を襲った。そのまま光線に巻き込まれて蒸発するはずだったが、二人はいつの間にか移動していた。
と言うより、飛ばされていた。何メートルも上に。
「⋯⋯!?」
見上げると、そこには金髪金目の男も飛んでいた。バルバラには見覚えがあった。彼は体育祭に居た。
彼の名はルーク・アラムディン。バルバラとヒナタを光線から助ける為、距離を操作し空中に移動したのだ。
そのままもう一度距離を操作し、無傷で着地する。
「お前ら邪魔だ。さっさと失せろや」
ルークは背後の二人を一瞥もせずにそう吐き捨てる。口調こそ悪いが、彼は二人を助けたのだ。目前にいる、黒髪の女性。おそらく、メディエイトを襲った人達から。
「それは⋯⋯いや、はい。分かりました」
ヒナタに戦闘能力はない。ルークからしてみれば邪魔でしかないだろう。
二人はさっさとその場から逃亡。しかし、黒髪の女性は追おうともしなかった。
「⋯⋯そこを退きなさい、と言っても聞かないだろうね。あなたの様な人は。ならば死になさい」
青のインナーカラーの黒髪の女。場違いだが、シスター服のような制服が似合う優しそうな顔をしているが、表情はまるで印象と違う。
「こちとらジム帰りなんだわ。面倒事に巻き込んでくれた礼、きっちり返してやるよッ!」
ルークは能力で女との距離を詰め、頭を掴み、壁に叩きつけた。そして、そこから彼女との物理的距離を強制的に引き離す。
女はルークの能力で彼から離れようとする。だが背後には壁があった。
「内蔵破裂までは追い込まねェよ。だが、ちと痛めつけてやらァ」
「ぐっ⋯⋯離れろ!」
ルークの背後、魔術陣が展開される。そこから光線が放たれる。
それが魔術であることをルークは知らないが、しかし危険なものであることは察知できていた。彼は回避するために飛び退く。
能力から開放された女は咳き込みつつも、隙を見せなかった。どうやら戦い慣れているようだ。
(あの光線⋯⋯反射的に避けたから良かったが、能力が通用しないな)
能力出力で負けているから通用しなかった、というよりは、それが何なのか分からなかったから、能力で干渉できなかったという感覚だ。
このようなことは何度か経験したことがある。共通点としては、全て独自の物質やルールに則った、物理現象の範疇にないものであったということ。
そしてそれらは、観測し、予測し、理解すれば能力で干渉できるようになる。
(光線。何かしらのエネルギーの塊。熱エネルギーと同一のものと仮定すれば⋯⋯)
再度、攻撃魔術が飛来する。ルークは右手を出し、能力の出力低下を最低限にした状態で行使する。
完璧な計算はできなかったが、距離を操り、無力化することはできた。魔術はルークに届くことはなく、やがて威力が減衰し消滅する。
「何⋯⋯どうして、超能力で⋯⋯」
女は動揺しているようだ。
「どうしてもこうしてもあるかよ。ンな雑魚能力で俺に敵うわけねェだろうが!」
──と、ルークは強がる。が、彼が覚える違和感はより強く、大きくなっていた。
(能力が弾かれるような感覚。出力不足でも、観測不足でもないなァ。そもそもの相性が悪いような⋯⋯同系統かァ? にしては⋯⋯)
色々と考察するが、結論は出ない。
ならば、何か不測の事態が起きる前に叩きのめせば良い。幸いにも女は自分の能力が無力化されて動揺している。ここを突き、一気に仕留めれば問題はない。
女は見たところ、近接戦闘が不得意そうだ。警戒はするが、ルークは距離を詰めた。
真正面。無音で近づく。右の大振りを叩き込む。
「ッ!」
──それはフェイント。
女は近距離でもあの光線を放とうとした。そしてそれは間違った判断ではなかった。
光線は速射性に優れているらしく、近接戦闘でもカウンターとして機能するほどだ。
フェイントを、警戒を怠っていれば、至近距離の光線を受けていたかもしれない。
だから更なる攻撃を恐れ、ルークは攻撃を仕掛けなかった。
「⋯⋯⋯⋯チッ」
戦い慣れている、とルークは思った。確かに動揺していた。しかし冷静だ。思考の切り替え速度がプロのそれだ。その点だけなら感覚で戦っている彼より上かもしれない。
「全く煩わしい⋯⋯。さっさと終わらせてあげましょう」
女の周囲に陣形が浮かび上がる。あの光線が複数、発射された。
響くような甲高い音。聞き馴染みのないが、しかし、とてつもない威力を持つと確信させる轟音。
先程、つまり単一で放っていた時よりも威力は下がっているように直感したが、それでもコンクリートを破壊し、真っ赤にするくらいの火力はあるようだ。
焼けた石の臭がする中、ルークは能力を活用し、光線を躱し続ける。
「生っちょろいなァッ! この程度の弾幕でッ! 俺に届くでも思ってンのかよォ!」
「っ!」
近接戦を危惧し、女は魔力を肉体に回し、身体機能をより強化する。ルークが真正面に来たタイミングで、女は持っていた杖で殴りつけようとした。が、
「遅ェよ」
ルークは女の上を飛び、背後に回っていた。
彼はサマーソルトの要領で蹴り付ける。能力を使い引き寄せることで、打撃力を上昇させる。
「──え」
ルークの能力は、触れた瞬間、能力の出力がより上がる。一気に女を上空まで吹き飛ばした。
地上からおよそ三百メートル。そこからの自由落下。いくら一級の魔術師であろうと、耐えられるはずがない。
「テメェ、どこのモンだ。目的は何だ。大人しく自白すりゃァ、命までは取らねェよ」
女とルークは、上空で留まっている。ひとえに彼の能力でそうなっているだけで、彼が能力を解除するだけで女の命運は決まる。
「⋯⋯あなた本当に⋯⋯私を殺せるのね。どこかイカれてる」
「あァ? 死にたいのかよ、テメェ。現状も把握できねェのか」
「⋯⋯あなたは魔術というものを知っている? それは空想でも、ましてや狂言でもない。私はその魔術が使える魔術師なの」
「⋯⋯⋯⋯」
魔術なんて、お伽噺のものだ。漫画やアニメのものだ。現実にあるわけがない代物だ。
いつものルークなら、笑い飛ばしただろう。そんな馬鹿げた話をするな、と。狂言師か、と。
だが、今はそう、思えなかった。
「私の魔力は命を操ることができる。とは言っても何でもできるわけじゃない。寿命を操作することはできるけど、即死させることはできない。運命そのものを決定することもできるけど、有り得ることからしか選択できない」
運命を決定することができる魔術で、女はこの先を見た。
落下死か、白状して命だけは助けてもらうか⋯⋯。つまり、彼の言うことに従わなければ、彼は躊躇無く人を殺す。
「⋯⋯ベラベラとご苦労。で? だから何だ。何の交渉材料にも⋯⋯」
「気づいてるでしょう?。私が、自分の魔力を話す意味を。あなた、頭が回るようだしね。⋯⋯少なくとも、私にメリットがあるから、こんなことしてる、ってくらいはさ」
魔術における法則。『縛り』。中でも自らの固有魔力の開示は、簡易かつ得られる効果が大きい。
「運命を見ることができる。それは未来視にも等しい⋯⋯いや、ある意味で、上位互換」
──上下。ルークを狙って、魔術陣が展開されていた。
そこから発射された光線。ルークは反応し、直撃を避けることができたものの、全身大火傷した。
「この程度──ッ!?」
能力は解除されていた。女は落ちることになるが、それよりも早く、ルークを杖で殴りつけた。
その杖は、彼女の魔力が編み込まれた特級魔具。『命縛杖』。効果は一定時間の意識喪失と、魂そのものへの直接ダメージ。
三百メートル落下し、地面に到着するまで、意識を喪失させる時間はゆうにある。
女の方も、いくら魔力強化しようがこの落下は耐えられない。
ならば、助けてもらえば良いだけである。
「あの時間さえ稼げば、私には仲間の助けが間に合う。でもあなたは⋯⋯落下する」
女は、助けに来たアルゼスに受け止められて落下死することはなかった。
だが、ルークは違った。地面に叩きつけられ、血溜まりに浮かぶことになる。
嗅ぎなれた鮮血の匂いがした。そして毎度、思う。やはり、慣れないと。
「⋯⋯危なかったな、リゲルドア。いや、あんたの魔術だとそんなことはなかったか?」
アルゼスは落下してきた女──フレイラーナ・リゲルドアに対して能力を使い、落下速度を緩めて安全に着地させたのだ。
フレイラーナはアルゼスに「ありがとう」と言いつつ、話を続ける。
「いや、危なかったのは事実。『縛り』で出力強化しなきゃ、この運命を手繰り寄せることはできなかった」
「そうか」
アルゼスはルークが本当に死んだかどうかを確かめる為に近づく。そして頭でも潰して確殺しようとした。
これは彼の用心深さ故だ。今まで、実は生きていた、なんてことはなくて、毎回無駄に終わっていた。
「────」
が、今回はいつもと違った。何もかも、だ。
「──死なねェよッ! この程度じゃァなァ! 俺はよォ!」
そうだ。『命縛杖』によるスタン時間は、三百メートルの自由落下時間よりも長い。だから、ルークは落下死するはずだった。
だがそれは間違いだ。
ルークは確かに意識を失っていた。しかし、自分の命を守るために、体は無意識に能力を使い、落下の衝撃を和らげたのだ。
「そんなの有り得んだろ⋯⋯だが、今のあんたは満身創痍のはずだ」
生きていようと、落下の衝撃を和らげようと、血溜まりになるほどの出血、即ちダメージは本物である。
そんな状態で、レベル6、一級魔術師、それぞれ一人。合計二人を相手にすることは不可能だ。
「勝てると思うか?」
一人でさえ勝利は困難。とどのつまり、チェック・メイトということだ。
「ハハハ! 勝てるかどうか? ンなこたァどうでもいい! なぜならッ! テメェらを殺すと俺は今、決めたからだッ!」
アルゼスは能力を使用。斥力を発生させ、ルークを吹き飛ばす。無人の建物のシャッターをへし曲げる勢いでルークは叩きつけられる⋯⋯はずだった。
「二度も言わせるなよ。『遅ぇ』ってなァ──」
ルークは叩きつけられるよりも早くアルゼスの背後に現れていた。彼はアルゼスの肩を掴み、地面に押し付けようとした。が、そこはフレイラーナが妨害する。
ルークは光線を避けるために二人から距離を取った。
(満身創痍。満身創痍のはず⋯⋯なのにどうして。どうして、私と戦っていたときよりも速くなっているの?)
「────」
超能力『
自分、もしくは設定した対象と、また別の対象との距離を自由自在に変化させることができる。
ルークは普段、自分を基準とする場合、肉体全体を一つのものとして見て、能力を使用している。
しかし、今は違った。細胞一つ一つとまでは言わずとも、それに近しいほど能力対象を分割し、同時に能力を使う。
複数を対象とした能力使用の場合、出力は分割されない。それぞれ全てに、ルークの最大出力が適応される。
よって、彼は通常時よりも格段に早く、距離を変化させることができる。
無論、この能力操作を全て完璧にすることはできない。だから理論上は無制限に速度を上昇させることができるが、今のルークにできるのは精々数倍程度。しかし、アルゼスとフレイラーナにはその数倍で十分だ。
「おいおいどうした。この俺に勝てるンじゃねェのかよ?」
圧倒的なスピードを得たルークはアルゼスたちを翻弄する。彼らの攻撃は一切当たらず、しかしルークの拳や蹴りは当たる。
防御に、回避はできても反撃できない。
──だが、
「⋯⋯スピード。それだけだ」
アルゼスは全方位に押しつぶすような斥力を発生させる。跳ねまわっていただけのルークは抵抗できずに地面に叩きつけられた。
「あんたの押し潰すほどの斥力を全方位に生じさせようものなら、それなりに範囲を絞らないといけない。が、いくら速かろうが、その範囲に収めて能力を使うくらいの余裕はあるんだよ」
「く、くくく⋯⋯こんな、モン、でよォ⋯⋯」
それでも、ルークは押し潰せなかった。能力を無理矢理にでも機能させ、筋力と能力の補助で彼は立ち上がろうとした。
アルゼスは動揺した。なんなんだ、こいつは、と。出力ならアルゼスが勝っている。そのはずなのに。
その一瞬の隙にルークは、アルゼスとの距離を詰めた。
「させないわよ」
が、フレイラーナの魔術がルークを撃ち抜いた。今度は貫通力に優れた型だ。範囲は絞られるが、発射速度と貫通力が上昇している。
ルークの脇腹が抉られる。本当は心臓を撃ち抜くつもりだったが、躱された。
それでも致命傷だ。そもそもが満身創痍。これまでのダメージが蓄積し、ついに、ルークは意識を失った。
「⋯⋯なんて奴よ」
ようやく倒れたルークを見て、フレイラーナはそう言うしかなかった。
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