第36話 トップレベル

 アンノウンは能力による防御をオートからマニュアルに変更した。自分で行うことで、エストの反転効果を妨げようとしたのである。

 エストの一般攻撃魔術は二種類ある。通常タイプの破壊光線と、結果を反転させるタイプだ。


(躱せば問題ないがァ⋯⋯防御すれば貫通する。逆にマトモに当たれば掠り傷程度で済む)


 反転タイプは魔力の出力がかなり絞られているようだ。防御しやすい状態であるのだろう。問題は、当たるまでそれが分からないこと。魔力というものを識別できないアンノウンには。


(⋯⋯いや、違ェ。既に魔力自体は理解できている。この女の固有魔力を理解していないだけだ。魔力出力を隠蔽しているってところか。しかも、俺でも判別できないほどに高精度)


 魔術師に関して、アンノウンはよく知らない。ただ、財団と魔術側に関係があり、魔術師には等級なるものがあるということくらいは知っている。

 中でも一級、特級魔術師というものは、レベル5や6に相当する実力者だろう。実戦経験や超能力と魔術の違いを考慮に入れれば、その限りではないだろうが。

 だが、単純な話、エストは魔術師としては最低でも一級相当の実力者。あるいは、四人しかいないとされる特級魔術師に匹敵する。


「さっきから何か考え事でもしているのかな? 動きが鈍くなるね」


 アンノウンはエストの光線を回避したが、その先、足元に魔術陣が展開されていた。踏んだ衝撃で自動的に起動するように仕組まれた魔術。拡張性が高い一般攻撃魔術ならではの強みだ。


「⋯⋯何」


 アンノウンからしてみれば、反転魔力が篭っていない一般攻撃魔術など無意味だ。無傷であったが、その不自然さに彼は顔を顰める。


「そういえば言ってなかったっけ。私が魔術だけしか使えないと思ってた? 実はね、左の視界で、常に数秒から数分先の未来を見ているんだ」


 言っていなかったっけ、とはただの欺瞞だ。エストはそれを隠していた。魔術において、自らの力を開示するメリットはあるが、それはあくまで魔術の範疇に限られる。

 

「あー、やっぱ超能力を説明したところで意味ないか」


「⋯⋯何がしてェんだ、テメェ。ナメてんのか?」


「おっと、ご機嫌斜めにしちゃったかな。悪いね。私、魔術とか超能力とか、習い始めて一ヶ月ってところなんだ。だからもっと色々と試して、知りたいことがあるのさ。教科書に載っているようなものを実際目で見てみたいし、疑問もまだ沢山あるからね」


 エストの等級は一級だ。が、彼女の戦闘能力は全魔術師においても、最上位だろう。そんな彼女が魔術を知ったのは一ヶ月前である。

 異例を除けば、過去最速の昇級スピード。魔術も、まるで知っていたかのように使いこなせる。


「苔にしてくれるなァ⋯⋯」


 アンノウンはエストの余裕を見て、苛立ちを抑えられない。否、抑えようともしていなかった。

 彼は能力を、よりギアを上げて行使する。自分の手元に重力の渦を作った。それは通常の物理法則から離れたブラックホールである。

 再現度の出力を誤れば惑星を滅ぼしかねないが、これはブラックホール擬き。精々、人一人を防御の上から潰す程度だろう。


「死ねやッ! 魔術師ッ!」


 アンノウンは模擬ブラックホールをエストに放つ。

 反転を妨げるため、それのデータは暗号化している。識別プログラムが少しでももたつけば、その瞬間にエストは重力で叩き潰されるだろう。


「────」


 エストは、左手を前に突き出した。そして次の瞬間には、ブラックホールは消えていた。

 彼女の左手に展開されていた白い陣形が、消滅する。


「いやぁ、まさかこっちの力を使うことになるとは思わなかったよ。それに、能力の出力じゃ、掻き消せないとはね」


「⋯⋯テメェ、コピー能力者か複数能力者マルチ・スキルかァ⋯⋯それとも、俺の魔術の知識が違っているのかァ? 性質が違ェ力を、なぜ三つも持っている?」


「説明すると長くなるね。だから一言で済まそうか。⋯⋯私はね、この世界に非ざる力を持っているのさ」


「⋯⋯異能、か」


「うん? 異能? それは私、知らないね。一体何なの?」


「さあな。知りたければ死ね」


「意味ないじゃん。それだと」


 戦闘は続く。互いに有効打を与えられていない削り合いだ。

 今まで、アンノウンは敵無しだった。彼は無敵だった。それがどうだ。互角以上の相手が居る。

 同格相手との戦闘経験が少ないアンノウンに対し、エストは多種多様な手札を持ち、戦闘経験が豊富な魔術師だ。

 例え実力そのものが拮抗、あるいはアンノウンが上回っていたとしても、苦戦は必至だった。

 つまり、アンノウンにとっての勝利条件は一つ。何としてでも反転魔力を突破する必要がある。


(このままじゃア削り殺されるのが先だ⋯⋯ならば、リスクを取る必要がある)


 防戦に回っていては駄目だ。先に削りきられるのはアンノウン。それよりも速く、アンノウンはエストを仕留めないといけない。


「なんか色々考えてるみたいだね。是非とも、私に解を見せてくれるかな?」


「言われずとも見せつけてやるよ。テメェの敗北をなァ!」


 アンノウンは足元から能力を地面に流し、エストの背面に渦を発生させる。超人的な反応速度を持つ彼女は平然と対処するが、それが命取りだ。


「能力だか魔術だか異能だか知らねェが、テメェのそれは重力の操作だろ。もっとよく観察しろよ、魔女ッ!」


「────」


 それは重力の渦ではない。酷似した外見と性質を持った『吸引孔』だ。『不解概念』により再現できるものは、アンノウンの想像すべて。それが例え非自然的であっても、超能力には関係ない。

 重力操作による対処は、勿論、間違いだ。エストは孔に吸い込まれ、体制を崩した。

 エストが座標を反転させるよりも早く、アンノウンが動く。

 彼は手に短剣を持っている。それにより、エストの首を突き刺そうとしていた。

 それは無意味だ。反転による自動防御がある。つまり、アンノウンは識別機能を突破する方法を見つけたのだろう。


(だから何だって話だけどね。まだ私の固有魔力の解析は終わってないだろうし、それならそれで、手動でやればいいだけ)


 エストはアンノウンの刺突攻撃のベクトルを反転させた──はずだった。


「⋯⋯っ!?」


 エストの首を、短剣が貫通した。真っ赤な鮮血が、飛び散った。

 エストは激痛よりも、驚愕が最初に来た。まさか自分の魔術の防御を突破されるなんて思っても見なかったからだ。

 反転の魔力を解析、無効化できたのか?


「⋯⋯いや違う。私の魔術は、正常に作動した」


 エストはアンノウンから距離が離れた位置に転移する。彼女は首を抑えて失血を抑えているが、焼け石に水だ。今も絶え間なく流れ続けている。


「そうか⋯⋯私が反射する瞬間に、ベクトルを逆転させたんだね」


「ご名答。で? テメェ、その傷治せんだろォが」


「おっと、私の出鱈目さを理解したのかな?」


 いつの間にか、エストの首の傷は治っていた。最初から何も起きていなかったかのように、跡すらなかった。


「キミの敗因は、私を相手にしたことだよ」


「普通そこは、『首を落とさなかった』『頭を刺さなかった』じゃねェのかよ」


「まあね。首落とされようが頭ぶっ刺されようが、体半分くらいなら消し飛ばされても問題ないからね」


「不死身のバケモンかよ」


「全身消し飛ぶか私の脳回路が焼け切れるくらい殺し続ければ死ぬよ? あと世界ごと全部消滅させたり、かな」


 逆に言えば、死因はそれくらいだ。アンノウンができることと言えば全身を粉微塵にすることぐらいだろうが、エストが警戒していないわけがない。


「ま、一回でも私を殺せたんだ。第一位の超能力者は伊達ではないね」


「まるで勝ったつもりだなァ、その言葉といい、さっきの敗因発言といい。まだ勝負はここからだろ? クソ魔女」


「ははは⋯⋯邪魔が入らなければ、そうかもねぇ?」


 ──その時、二人の間に星屑が舞う。特にアンノウンに対しては、全身を包み込むように展開されていた。

 アンノウンはこの超能力をよく知っている。


「⋯⋯星華ミナ。被検体か」


 が、その星屑をアンノウンは触れることで消滅させた。


 ◆◆◆


 生成、射出、その、繰り返し。

 空井リクは、全魔術師における最上位の一級魔術師に、学生の身でありながら上り詰めた天才だ。

 そんな彼からしても、ルイズと正面から殺り合うことは避けるべきだ。


「────!?」


 速い。ルイズのスピードは、リクの知っているそれよりも遥かに速かった。が、彼が驚いたのはそこではない。

 魔力反応があった。魔術を使っているのか。否。今も魔力妨害は続いている。


(⋯⋯魔力強化)


 魔力自体は誰でも持っている。そのコントロールさえできれば、魔力による肉体強化は可能だ。

 ルイズのコピーは、超能力や魔力の性質コピーだけではない。持ち主の出力、魔力であればその量、そして何より、その練度までコピーできる。


(練度のコピー。体に経験を刻み込む能力⋯⋯)


 ナイフをギリギリの所で避け続ける。リクは全力で回避に集中しなければいけないのに対し、ルイズは全力で振るっていないようだ。


「どうしたのかしら? 避けるだけ、躱すだけで、反撃もしてこないなん──って!」


 一瞬だった。ナイフを避けるために無理な体制を取ったことが、彼にとって致命となった。

 重い蹴りが腹部に入る。魔力防御も間に合わなかった。気がついたときには壁に叩きつけられており、目眩がする。

 追撃。リクは混濁する意識の中、ルイズの攻撃を何とか躱したが、立つことも厳しい状態だ。


(くっ⋯⋯一撃だ。たった一撃。⋯⋯だのに、なんだ、このパワー⋯⋯魔力強化の倍率が狂ってやがる⋯⋯)


 魔術師個々人によって、魔力による身体強化倍率は異なる。

 ただ平均としては、五倍程度。瞬間的な強化幅で言えば十倍ほどだ。

 だが、ルイズはそれらを超える、音速など、とっくに。

 

「チィ⋯⋯!」


 魔術陣を展開しようとする。が、術式が起動する前にルイズが動き、ナイフによりリクを傷つけた。

 狙いは首だったが──


「〈黄金変換イン・ゴールド・ハヴァンデル〉!」


 リクは体を捻ることで左肩に突き刺させた。魔力を回し、筋肉を動かし、ナイフを一瞬でも止める。

 そしてルイズの腕に触れることで、その魔術の発動条件を満たそうとするが、


「──ッ!?」


 ならば、とルイズはナイフを薙いだ。引き抜くでも何でもなかった。

 接触を条件とする魔術だ。離れてしまえば無意味。無駄に終わった。

 

「し──」


 秒間数百回の斬撃が、リクに浴びせられる。

 血みどろとなり、死に体でしかない。息があるのは残り僅かだろう。そう、普通の人間ならば。


「生命力でもある魔力。魔術師は常人より魔力量が多いから、全身切り刻まれたとしても即死はしないわよね。治療を受ければ、問題なく再起可能」


 ルイズはナイフを構える。そこには、やはり、余裕も隙もない。


「一つでも歯車がずれていれば、一負けていたのは私だったかもしれないわね。ただ、お前と私じゃ、相性が悪過ぎた。⋯⋯魔術を教えたのが、間違いだったわね」


 一、魔力操作を能力で妨害し、魔術を発動させない。

 二、動揺した隙に、得意の近接線に持ち込む。

 三、絶え間ない連撃を加え、回避に集中させ、魔術を使わせずに殺す。

 魔力を扱えるようになったルイズは、魔術師にとって厄介極まりない相手だろう。接近戦で彼女に比類する術師は、一級魔術師でも極わずか。ましてや彼女を上回る者はリクの知る限り、特級を除き存在しない。


「それじゃあ、さようなら。師匠」

 

 ルイズは、リクの首を断ち切った。コロコロと、頭が地面を転がり、断面からは噴水の様に血が吹き出る。


「⋯⋯さて。次はあの女の魔術師──」


 その瞬間、ルイズの身体強化が絶たれた。と言うよりも、妨げられた。

 知っている、この、感覚。これは、


「そこまでだ」


「⋯⋯イーライ・コリン」


 振り返るとそこには、拳銃を構えたイーライが立っていた。その目は赤くなっており、つまり、能力が発動しているという証拠。

 先に能力封殺が使用されたことにより、ルイズは非能力者となる。だが、魔力コントロールは、精度こそ落ちたが可能だ。


「私は今、機嫌がいいのよ。だからあなたも楽に殺してあげようかしらね」


 ルイズは片手でナイフを回して遊ぶ。機嫌が良いというのは本当らしいが、殺すという結果には変わらない。


「丁重にお断りする」


「あ、そう」


 イーライの手には尋常ではないほどの汗が流れていた。圧倒的な殺意を向けられて、恐怖を感じているのだ。現役の時、どんな凶悪犯罪者を目前にしても感じなかったそれを、今、感じている。

 それでも、思考は酷く冷静だ。


(⋯⋯こいつ、あのルイズ・レーニー・ヴァンネル、か? ⋯⋯あいつ、これと戦ってよく生きていたな⋯⋯)


 何となく、イーライは、自らの死を悟った。

 ここは逃げるべきなのだろう。戦っても勝てない気がした。ルイズは、それほど格上の相手となった。

 相対するまで、分からなかった。


「⋯⋯勘が鈍ったか⋯⋯俺も」


「どうしたのかしら?」


 だが、それでどうなる。諦めたところで、何になる。

 イーライは、O.L.S.計画を阻止するために、ミナたちに頼られてここに居る。


「何でもない。⋯⋯お前を捕まえる、その算段を立てていただけだ」


「く⋯⋯ははは。面白いこと言うわね。じゃあ、お手並み拝見といこうかしら」

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