第28話 第三勢力

 ヒナタとレオンは眠っていただけで、体を揺らせばすぐに起きた。ミナは少しばかり消耗していたが、問題はない。アルゼスも少し怪我をしていた程度。

 エドワードは負傷の影響か、眠りからは中々目覚めなかったが、命に別状はなさそうだ。


「先生、何があったんですか? それに⋯⋯リエサは?」


 エドワードの応急処置が終わり、一段落した時。イーライが助けに来たことに、ミナは疑問を抱いた。彼はアレンの護衛をしていたはずだ、と。

 特に「リエサはどうなったのか」が気になっているらしい。親友の身を案じるのは至極当然のことだ。

 だからこそ、イーライは正直に答える。


「⋯⋯襲撃があった。何とか撃退したが、月宮は⋯⋯重傷を負った」


「⋯⋯⋯⋯!」


 ミナは明らかに動揺したことが分かった。しかし、今はそんなことをしている余裕はない。彼女はすぐにでもリエサの具合を確認しに行きたい思いを抑える。


「大丈夫だ。ミュラーが護衛に残っている」


 ミナの質問に答え終わった後、今度はイーライの番だ。

 ここに来る前、イーライはユウカと別れてミナたちの捜索に当たった。その理由は、彼らが敵の襲撃により離れ離れになったから。少しでも早く見つけるためだ。

 だが、実際、ミナたちは離散していない。確かに襲撃こそされたが。

 イーライはそれについて聞いた。帰ってきた返答は凡そ、予想通り。


「え? あの、わたしたち、報告できるような状態じゃありませんでした」


「⋯⋯やはり、か。つまりあれは偽装。⋯⋯なら」


 通信が途絶されている。イーライが持っている無線機は、アレンの物に繋がらない。

 あの報告はこれが悟られないための偽装。声も偽れていることから、敵はこちらの情報を持っていると見て良いだろう。

 いや、最初から考えられたはずだ。相手は財団。少なくとも学園都市に住まう人間のデータなら、いつでも悪用できる。声帯を模倣することくらいわけないだろう。


(白石とも連絡が付かない。彼女ならすぐに気づきそうなものだが、未だにこちらに来ないということは、何かあったか?)


 そうやられるような能力者ではないだろうが、現にアルゼスが怪我を負うような相手だ。もし敵がルイズ並みの実力者なら、ユウカでも命に危険がある。


(優先すべきは、まず白石との合流。次に例の子供の保護。最後にVellと財団の関係、覚醒剤についての情報)


 状況としては、イーライたちの侵入は察知されている。既に三人を撃退しているが、敵の総戦力は不明。この地下施設にはまだまだ敵はいると仮定して良い。

 施設内の構造も不明。目的である子供の居場所も、データの在り処も分からない。探索しなければ何もできない。

 時間を掛けていては敵は増援を呼ぶだろう。ゆっくりしていられない。


「⋯⋯三手に別れる。俺と星華で白石と子供を捜索する。ソマーズと暁郷は覚醒剤について調べてくれ。スミスは、ベーカーを連れて撤退。機関長たちの護衛に付け」


「コリン先生、オレもこっちにつくべきじゃ? ベーカーを連れて行ったあと、すぐに合流できます」


「いや、状況が変わった。機関長たちと通信が途絶されている。偽装報告もあった。何があるかも分からない」


 戦力が確保できたなら、アレンたちの護衛に回したい。ルイズレベルの化物がもう一度来ないとは限らない。もしそうなら、ライナーでは対処できないだろう。


「分かりました。お気をつけて」


 アルゼスは眠っているエドワードを抱えて、瞬間移動でもしたかのようにその場から去る。


「⋯⋯⋯⋯。俺たちも──」


 別れるぞ、とイーライが言おうとした瞬間。

 ──突如として、天井が崩落する。

 いち早く反応できたミナが能力を用いて、落ちてくる瓦礫を破壊し、被害は最小限に抑えられた。が、油断はできない。

 何の予兆もなく、突然天井が崩落すなど、どんな絡繰があるのか。


「その程度で死ぬわけないね⋯⋯。あの人たちの襲撃を受けて、生きているんだから」


 幼い女の子の声がした。抑揚のない美声がした。

 その声の元に目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。

 歳は十代前半ほどか。背丈と同じ長さの白髪がよく目立つ。青色の目をしているが、顔つきは東洋人。ミナたちと同郷だろう。

 ダボダボの白のシャツを羽織った女の子。

 外見だけなら庇護欲を抱かせかねないが、得体のしれない威圧感を覚える。


「⋯⋯何者?」


 ミナは三人より前に出て、白髪の少女と相対する。

 答えてくれはしないだろうと思っていたが、少女は僅かに微笑んだあと、口を開いた。


「ワタシは宵本明織よいもとめいり。キミたちのことはよく知っているよ。よろしくね。⋯⋯そして」


 メイリは能力を発動させようとした。

 イーライは即座に彼女を見る。能力を封じようとした。

 しかし、それは起こった。今度は床を崩落させた。地下施設は何層もの構造になっている。一気に彼らは最下層まで落とされそうになったのだが。


「あっぶな⋯⋯どんな破壊力だ、あの能力者⋯⋯」


 レオンが風を操り、イーライたちを浮かせて崩落していない床に着地させた。少々荒くたかったが、怪我はなかった。

 何とか落下死は免れたが、状況は一切好転していない。


「⋯⋯何だ。俺の能力が、効かない? 一日で二度もあるかよ⋯⋯」


 だが今度のは違う感覚だ。ルイズのように、使われる前に封じられた感じではない。イーライは能力を発動できた。条件も満たした。そしてメイリは、その上で能力を使うことができた。


「コリン先生。アナタの能力はワタシには通じない。なぜなら致命的にワタシたちの能力は相性が悪いからね。まあだから、ワタシがここに出てきたのだけれども」


 メイリの超能力は、少なくとも二つの現象を起こしている。

 一つ、天井や床などを崩落させること。物理的に破壊しているのか、あるいは高レベルにありがちな概念操作の結果か。おそらく後者である確率が高い。

 二つ、イーライの超能力を無効化している。が、能力の発動を抑えられているというよりは、能力の影響を防いでいるのだろう。

 規模、出力、性質を総計すると、メイリの能力者としてのレベルは5を下らない。レベル6相当と考えて然るべきだ。


「ワタシの能力について考察しているようだけど、意味ないよ。知ったところで何もできないだろうから」


「そうか。なら話してみろ。何もできないかどうかは俺が決めることだ」


「⋯⋯安い挑発ね」


「怖いのか? 余裕綽々、とは言い難いな」


 メイリの能力には絡繰がある。そしてそれは、解明したところでどうしようもないかもしれない。

 ただ、全くの無意味ではないのかもしれない。それは彼女の態度が示している。

 絶対無敵の超能力ではないはずだ。


「先生、皆。ここはわたしに任せて、先に行って」


 さてどうしようか、とイーライが考えていた所に、ミナがそう言ってきた。

 つい先程、レオンが居なければ全員落下死するような規模の破壊力を見せてきた相手に、ミナは一人で挑もうとしている。


「星華、あんた一人だと危険過ぎるぜ⋯⋯あいつ、さっき、オレの能力も⋯⋯」


 レオンがイーライたちを風で救った時、彼の能力は妨害を受けていた。イーライのように無効化までは行かなかったが、もう少しで助けられずに落としていたかもしれなかった。


「分かってる。でも、多分全員で戦うよりはずっとマシ」


「⋯⋯え?」


「レオン君、わたしが合図したら先生とヒナタを飛ばして」


「わ、わかった」


 ミナが能力を用いて飛行する。後ろ、イーライが彼女に声を掛けた。


「必ず追いつけ、星華」


「分かっています、先生」


 振り返らずに答えた。

 ミナの判断に、イーライは何も言わなかった。先生としては止めたがったが、この場の最善であることには変わりないからだ。

 ミナが能力を行使する。メイリは少し驚きつつも、防御すべく能力を使った。

 施設を吹き飛ばすつもりかと思うほどの爆裂が生じた。

 刹那、ミナが叫ぶ。


「今ッ!」


 それを合図だと認識したレオンは、自分が引き出せる最大出力で風を発生させ、イーライとヒナタを吹き飛ばした。

 あっという間にミナの視界から、三人が消える。


「⋯⋯ふふ。凄い爆発」


 メイリは三人を追いかける素振りを見せなかった。逃しても問題ないと判断したのか、あるいは追いかける事を諦めたのか。

 どちらにせよ、ミナの仕事は決まった。


「綺麗で⋯⋯それでいて、とんでもない破壊力」


 星が爆発したら、そしてそれがもしも綺麗なものなら。きっとこんな景色が見られるだろう。

 淡いピンク色、神々しい黄色の光が混ざりあう。

 それは美しく、神秘的かつ、壮大で、凶悪な破壊能力だ。


「わかってはいたけど。これは予想外。⋯⋯本当、どんな能力しているの」


 メイリは傷一つ、塵一つ被っていないどころか。彼女が崩落させた天井も床も、ミナが爆破した場所も、


「てっきり『状態を拡散させる能力』ってところだと思っていたけど、もしかして違う?」


 天井や床が崩落したのは、それらを構成する原子を。イーライの能力を無効化したのも、レオン、ミナの能力を防いだのも、現実改変⋯⋯即ち干渉そのものを拡散させたから。

 だが、そうなると、元に戻るという現象を説明できない。


「おお。当たらずとも遠からず⋯⋯かなり近いとこ言い当てたね。流石はミース学園の生徒なだけはあるね」


 メイリは素直に驚きを見せた。まさかこんなにも早く能力を言い当てられるとは思っていなかったからだ。それが例え、不十分であっても。


「それ、どういうこと?」


「お勉強が活きた、ってこと」


 ミナはそのヒントを聞いて、ある一つの予想を立てた。同時に、乾いた笑いが出る。

 ああ、そうか。確かにこれは分かったところでどうしようもないかもしれない。

 ミナが自分の能力について気がついたと察するやいなや、メイリは嫣然と微笑んだ。


「状態の煩雑さ⋯⋯秩序から無秩序への変化。⋯⋯普通、不可逆的な状態量⋯⋯その、操作」


 これが真実であるのならば、宵本メイリは正に無敵の能力者だ。彼女を上回るものがあるとすれば、同じく概念を操る能力者であるか、あるいはレベル6相当の彼女を超える能力出力を持つ者である。


「正解。ワタシの超能力は『混沌操作コントロール・エントロピー』。その名の通り、あらゆるモノの煩雑さを操作することができる」


 あらゆる自然現象はエントロピーの増加によるものだ。

 例えば熱湯を水に入れると、それは混ざり合い、やがて一定の温度に留まる。

 このような当たり前の話を説明するために、エントロピーという言葉はある。

 そしてその『当たり前』を、メイリは操作できる。


「形あるモノはやがて壊れるし、能力の現実改変も、熱とか圧力の移動と似たような理屈の現象。それらは等しく、ワタシの能力の影響下にあるの」


 変化には時間が必要だ。水の中に黒のインクを一滴入れたら水は黒く染まるだろうが、一瞬では変わらない。

 物質も時間が経てば風化し、崩れるが、建てた家が翌日に朽ち果てることはない。

 それをメイリは、時間を無視して起こすことができる。

 エントロピーの増加は一方通行だ。散らかった部屋は何もされずに整理整頓された状態になることはない。

 珈琲の中に入れたミルクや砂糖が、突然、分離されてブラックの珈琲になることはない。

 それをメイリは、不可逆性を無視して起こすことができる。


「⋯⋯それで、まだ、キミはワタシを何とかできると思ってるの?」


 少なくとも能力の性能で、ミナはメイリに遠く及ばない。

 概念操作そのものである彼女の能力に対して、ミナのそれは物理現象に留まっている。


「⋯⋯でも、あなただって超能力者だよ。超能力はあくまで身体機能の一つ。限度があるもの」


 もし限度がないのなら、どうしてミナの肉体を拡散させない。そのエントロピーの増加──身体の崩壊を促さない。

 できないからだ。直接能力を発動できないからだ。そしてそれは、明らかに手で触れていない無機物を無秩序な状態へと変化させていることが証明している。能力発動に特別な条件はない。


「つまり、キミはワタシを出力差で押しつぶそう、と考えているわけだね」


 あらゆる攻撃を無力化し、あらゆる無機物を崩すことができる能力。小手先の技術、騙し討では到底叶わない。なればこそ、能力の出力差という単純な性能差で勝利する他ない。


「それだけで突破できる程度の能力だと、どれほど楽なんだろうね」


 しかし、メイリの能力は応用力もある。そもそもがレベル6相当の能力者。仮にミナの方が出力が高くとも、歴然とした差はない。

 出力5%。ミナは身体能力を強化する。

 ここにはミナとメイリ以外、誰も居ない。彼女以外、ミナの能力で巻き込む可能性はない。

 殺しはしたくないが、それで自分が死ぬようなら意味がない。

 相手はミナの格上だ。そんな手加減していられるような余裕は無い。


「⋯⋯本気でいかなくちゃ」


 考えることは、この地下施設全体を崩壊させないことだけ。それまでなら、何をしたって良い。


「⋯⋯⋯⋯っ」


 ミナは容赦なく、星屑を全体に撒き散らした。

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