第2話 事前説明
超能力社会である学園都市において、公共の場での能力は基本的に規制されている。超能力は低レベルでさえ人を殺せる代物であるからだ。
だが、犯罪者が能力禁止法なるものを守るはずがない。能力による犯罪は凶悪であり、これを防止、鎮圧するための武力組織が必要不可欠だ。そういうこともあり、能力の使用を公的に許可されている治安組織がある。
ミナが目指す場所は、その治安維持組織でも、対能力者に特化したS.S.R.F.だ。
「⋯⋯よし」
学校への能力犯罪者襲撃から二ヶ月後。あれからそういった能力犯罪は度々発生し、学園都市でもこの治安悪化は問題視されていた。
それでも、生徒たちにとっての重要イベントは中止にはされない。当然だ。これは一人の人生を決めかねない大切なものなのだから。
そう、ずばり入学試験である。
「筆記試験は⋯⋯問題なし。模試と同じ感覚。つまりは十分合格点は行ってるはず」
ミナが受ける高校はミース学園。宗教系の学校である。
学園都市でもトップの三つの学校を特に『三大学校』と呼ぶ。ミース学園はこの『三大学校』に数えられ、勿論、入学条件もそれ相応に厳しいものだ。
ミース学園での入学条件は、書類選考、筆記試験、最後に実技試験の全てに合格すること。合計点数ではなく、個別評価の上でだ。
トップ校だと能力の最低レベル条件が当たり前にある。ミース学園も書類選考でそれを見ているが、尚も実技試験を執り行うのは、『三大学校』だとここだけだ。理由は色々とある。大きな理由の一つを挙げると、ミース学園は他二校と比べ、インターンが多いからだ。つまり、ある程度の能力を実用できなくては、ミース学園のカリキュラムをこなせないのである。
他の理由もそれに類したもので、実質研究機関であり、レベル自体はそこまで関係がないファインド・スクール。能力も勿論だが、それ以上に工業、軍事、医療などの能力以外に、より精通しているエヴォ総合学園とは異なり、能力者の育成機関という側面が強いミース学園であるからこその試験体制である。
ミナは書類選考、筆記試験は突破している。筆記試験の結果はまだわからないものの、あの手応えだと合格は間違いないだろう。
つまり、あとは実技試験に合格するのみ。
「⋯⋯うん。頑張るぞ」
緊張はしている。能力者としてのレベルも、その技術力も、ミナは優れていると自覚している。が、ここに試験を受けに来るような人たちは、皆、そうだ。
いくらレベル5の頂点だと言われようとも、いくら出身中学で一位の成績を収めたと言っても、競う相手も同じだけの経歴を持つ。
レベルだけで決まる試験ではない。他の技量も見られる試験だ。
『──これから、実技試験を始めます。受験者の皆様には実技試験の説明を行います。十五分後に指定の場所に集合してください』
ミース学園の校舎にそういう放送が流れた。
ついに始まるのだ。最後の難関、実技試験が。
「⋯⋯あれ、ミナ? ミナ! 久しぶり!」
そんな緊張状態のミナに話しかける男子が居た。
青空のように澄んだ色をしたウルフヘア。輝くような金色の目。東洋人の爽やかで、整った容姿をしている。
「⋯⋯もしかして、リク?」
彼の名は空井璃久。訳あって学園都市から一時的に帰国していたらしいが、ミナの幼馴染である。子供の頃はよく遊んだものだ。
「そうそう。私だよ、私。いやー、あれから何年ぶりだろ?」
爽やかイケメンの満面の笑みは、何故か輝かしい。五年前とは外見の印象が大きく違うが、中身はあの時と同じだ。
「もう五年は経ってると思う。久しぶり、リク。元気にしてた?」
「モチのロンさ。ミナこそ、また変なことに頭突っ込んで怪我してない?」
ミナも昔からこんな性格をしていた。今はリエサ。昔はリクによく迷惑を掛けていたものだ。
図星だからか、ミナは思わずリクから目を逸らしつつ答えた。
「怪我はしてないよ、うん」
リクはそんな彼女の様子に苦笑いし、察しつつも、「ならよかった」と答えた。
それから昔話に花を咲かせたり、近況を話していた。幼馴染との久しぶりの会話はとても楽しくて、すぐに十五分など経ってしまった。
「おっと、もう時間だよ。リク、そろそろ行かなきゃ」
「そうだね。行こう。そういえば、ミナはどこの学科受けるの?」
「救助科」
「同じじゃん。一緒に頑張ろう」
二人が集合場所に向かうと、既にそこには多くの受験者が揃っていた。席に座り、すぐに実技試験の説明が始まった。
試験の注意事項、そして肝心の試験内容。注意事項は他の受験者に対して能力を使って妨害してはならないとか、よくあるものだったが問題は試験内容の方だ。
その内容は、試験監督との戦闘訓練だ。救助科はその名の通り救助活動のイロハを学ぶ。災害時の避難誘導から負傷者の救助活動等々。しかし、特に重視されるのは能力犯罪者の対応力であり、それを見るためか、救助科の実技試験は毎年このような戦闘試験である。
確か去年はロボットを相手にした試験、一昨年は受験者同士のバトルロワイヤル、更にその前はS.S.R.F.の隊員が犯罪者役となった疑似救助試験⋯⋯。兎に角、超能力を使った戦闘が主となる試験である。
受験者数は書類選考終了時点で、募集人数五十名の四倍、二百名。その平均レベルは3.9で、レベル5はミナ含めて三名。殆どの受験者がレベル4であり、残りがレベル3だ。
「──以上が、本試験の内容です。何か質問がある方は?」
登壇していた黒髪の草臥れたような男はそう言った。
「はい」
手を上げたのはとある女子の受験者。眼鏡をかけた真面目そうな人物である。片手に内容の説明資料を持っていた。
「本試験、試験官との擬似戦闘だと思われますが、この資料には終了条件だけでなく、試験時間や場所などが記載されておりません。これらについてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ふむ。良い質問です。お答えしましょう。⋯⋯書類選考により、我々はその人の超能力を把握しております。そこで把握した能力に応じ、本実技試験は人によって変わるため、です」
説明役兼試験監督者でもある男は、胸ポケットから手帳を取り出す。
「例えば、私の能力は『
男は先程質問してきた女の子に、逆に質問を返した。女の子は考える素振りも見せずに即答する。
「同じ重力操作系。もしくは物体操作系。操作系の能力は全て該当すると考えますが、特に挙げるとすればその辺りでしょうか」
「流石ですね。正解です。私の能力は重力系能力でもほぼ全てのモノに対する上位互換。それが重力の影響を受ける限り、何にでも通用する能力です」
男はミース学園能力学部の教師だ。高レベルの生徒の教師も、勿論高レベル能力者であった。
「察しが良い人はもう分かったと思います。⋯⋯本戦闘試験の相手となる試験監督者は、受験者からしてみれば相性最悪の能力者です。戦闘における一切合切はその試験監督の裁量にあります。ああ、勿論、ある程度のチェックリストや第三者からの審査もありますから、試験監督者によって合格基準が激変することはないのでご安心を」
これには受験者の顔が引き締まる。おそらく、過去最高クラスでの難易度となるだろう、今年の試験は。
能力戦における勝敗は、その人の実力も関係あるが相性の部分もかなり大きい。相性によっては、レベル差が開いていても低い方が勝利することは特段珍しいことではない。それが同レベルともなれば話す必要もない。
「以上。他に質問は? ⋯⋯⋯⋯ないようですね。それでは事前説明を終了いたします。これから皆様方には個別に試験会場をお伝えします。その試験会場に、三十分後に集まってください。⋯⋯ご健闘をお祈りしますよ」
◆◆◆
ミース学園、能力学部救助科、一年生担当教師の一人、イーライ・コリン。
暗めのベージュの長髪はセンターで分かれており、黒い目は常に半分しか開いていない。服装も黒一色で、あまり目立たない格好をしている。
彼は右手に持った生徒の資料を眺めていた。
「⋯⋯能力名『
資料に書かれていたことをそのまま読み上げた。
それから、表情も変えずに、しかし声色は変わる。
「レベルも、能力の性質も、筆記試験の結果も、そして経歴も、何もかもが優秀。救助科に入って、成績トップを取れる素質は十二分にある。天才だな。⋯⋯まあ、でもなけりゃ、俺が担当することもないか」
──イーライ・コリン。彼は元S.S.R.F.の隊員である。そして、ミース学園の教師でもトップクラスの実力を持つ超能力者。
そのレベルは5。詳細レベルで言えば5.8。ミナと同等である。だが、その実力は決してミナには劣らない。
そんな彼の超能力は、対能力の戦闘組織にはうってつけの、能力社会における最高の能力。能力犯罪者を取り締まるには最適の能力。
その名は、『
能力者である全ての受験者との相性は最悪そのもの。そもそも能力が使えなくなることもあり、故にまともな合格審査が非常に厳しく、彼が今回の実技試験の担当者になるとは、彼自身も思わなかった。そう、二ヶ月前までは。星華ミナが、ミース学園に願書を送るまでは。
「さてと」
イーライは立ち上がる。あと五分で試験が始まるからだ。彼は少し笑みを浮かべた。
「⋯⋯こいつは、どれだけやれるんだろうな。この俺相手に」
──イーライが担当したクラスは、極端に卒業率、進級率が低くなっている。毎年一割が退学し、三割が留年する。
普段の授業もそうだ。彼のテストの平均点数が赤点を下回ることはよくあること。授業スピードも、一年かけてやることを半年で終わらせ、残りはひたすらにテスト。追試はその度に内容が別物となり、範囲は全ページ。
実技試験も負傷は当たり前。軍隊さながら、下手をすればそれ以上の過酷さを極める。数少ない優しさは、死ぬことがないこと。あとは休息も十分にあるということ。
厳しいなんてものではない。生徒だろうと同じ教師だろうと、素質も実力も頭もない相手にはとことん厳しく、場合によっては除籍処分さえ行う。
「⋯⋯くく」
ポケットに手を突っ込み、彼は歩いていた。試験の直前に、受験者の情報を読んでいたのだ。そんな体たらく。しかし、彼にとってはそれで十分だった。
会場に向かい、しばらくして到着した。
そこは市街地を想定した訓練施設。小さめの町くらいの広さがあり、どんな能力でも全力で使えるだろう。ここを担当している能力者たちのおかげで、どれだけ破壊してもすぐに復旧できるから暴れても問題はない。
救助科の試験の殆どはここで行われる。今も、試験監督と受験者が挨拶や試験内容について話している頃だろう。
しかし、イーライとミナの間で行われる会話は非常に少なく、どこよりも早くから試験が始まるだろう。
「星華ミナ君、だね。俺が君の試験担当者のイーライ・コリン。よろしく。では始めよう。俺に一発でも攻撃を当てれば、合格だ」
「よろしくお願いします。⋯⋯あの、他の受験者は?」
受験者一人一人に個別の試験監督者がいるわけではない。複数名を一人が相手することが普通だ。
ミナは、自分だけしかここにいない事に不思議がっていた。
「居ない。俺の担当は君だけだ。逆に言えば、君から全力を引き出して合格を見極められるのは俺だけということでもある。君の他にもレベル5の受験者はいるんだが、俺が担当するまでもないからな」
あまりにも強い能力者は、技術がなくとも適当に能力を使うだけで、殆どの相手に圧勝できる。
ミナはそういう能力者だ。だから、技術を見ることができる人材は、今、イーライを除いて居なかった。
「ここに来てる時点で、既に能力の性能は合格している連中ばかり。あんなの実際に見ずとも、資料で分かる。なら次はその使い方の素養はあるかどうかを見極める。実技試験ってのはそのためにあるものだ。そうだろ?」
「ええ⋯⋯まあ⋯⋯」
「納得はしたな。じゃあさっさと始めよう。こんなのに時間を掛ける必要もない。少し相手すれば、君に素養があるか、有望であるかどうかなんてすぐ分かる」
イーライはナイフを取り出した。刃は安全のためにないが、それ以外は本物と同じ。
「俺は一発貰ったら負け。つまり君の合格。君は⋯⋯そうだな、優しく行こう。十回斬られたら、不合格だ。諦めても不合格。それ以外の条件はない。何やっても良い。あ、そうだ。俺を殺しても合格な。というか、それができたら卒業しても良いぞ。もう手続きはやってる」
「えっ⋯⋯?」
「さ、始めるぞ」
困惑しているミナ相手に、イーライは躊躇もそれ以上の警告もなく距離を詰め、ナイフを振りかぶった。
──ミナの実技試験は、その瞬間から始まった。
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