9話 少女が来る、狼煙を上げて5
「私は
神柱は、
「それは、そうですが」
既知の知識を指摘され、晶の声も肩透かしの感情が混じる。
だが、
「嘘って、言葉だけじゃないよ。性格、行動。――そして、奇跡も。
嘘を自在に操れるなら、
――特に本質に近い奇跡とか、絶対に偽れないと思うけど」
だが易占は本来、
だが、
――神柱は偽りを口にできぬ。そして易占には必ず、応えを返さねばならぬ。
明確に言及すれば、どれほど不都合であっても、正当な問いかけには必ず応じる義務を神柱は背負っている、という事である。
事程左様に、神柱は正当な手順には誠実な結果として返す。
陰陽術や呪術。
「
西巴大陸を由来とするならば、
「
――
「はい。
――
「お、おい、待て。未だ疾走っている途中――!」
「「あ」」
行動に移そうと勢い込む咲が腰を浮かした途端、蒸気自動車が大きく揺れて狭い車内で少女の姿勢が崩れる。
迅の警告も空しく立て直すことも叶わないままに、吐息も触れ合う距離で咲は華奢な体を崩れるように晶の胸元へと預けた。
「ご、ごめんなさい、晶くん。
――
「大路の真ん中だぞ。簡単に止められたら、苦労は無ぇよ」
「さ、咲。余り
年嵩の少年たちが繰り広げる他愛ない騒動は、彼女にとって愛おしい戯れの一つと映ったか。
姦しさが支配した車内。終ぞ体験したことのない賑やかさを眺めるだけの
「ずるいです、兄さま。
私も遊びたいな」
「いえ、遊んでいる訳では無いので、」
「晶、動かないで! 当たるから」
微妙に力の入らない限られた空間で、四者四様の悲喜交々が飛び交う。
暫くの後、路肩に足を止めた自動車の中、体勢を立て直した咲と晶が座席に深く座り直した。
猫の戯れに似た騒動の気恥ずかしさからか、微妙に2人の視線が明後日の方向を見て交わろうとしない。
狭い座席で精一杯に両端へと寄る晶と咲を交互に見て、
「面白かった。
――兄さま、私もお膝に乗って良いですか?」
「「駄目です」」
こんな稚気た騒動で
……それ以前に、
流石に断られると理解はしていたのだろう。然して残念そうな表情も浮かべずに、
「残念。父さまも、最近はお膝に乗せてくれなくなったので寂しいです」
「男女七歳にして席を同じゅうせず。
――
その言葉に、咲と晶を交互に見遣る。
今でこそ微妙な空間が両者の間に生まれているが、その直前まで晶と咲の身体は意識しないまま触れ合っていた。
咲の論理をそのまま当て嵌めれば、触れ合う事を意識していない両者は夫婦の間柄という事になる。
「兄さまは
「「いえ、違います」」
跳ねる勢いで、重なる否定が
それが如何にも怪しく見えて、
「……私は晶くんの教導なので、関係が
その、姉弟子と云いますか、同じ武門を志す仲と云いますか」
咲の両手が二人の関係を表すように、絡んで解ける。
その様を面白そうに眺めながら、
「――そうなのですか?」
「はい。咲お嬢さまの守り役をされていた
……その縁が巡って、
晶の声音に動揺が浮かんでいない。妙な敗北感から、咲は横目で少年を睨んだ。
――少女の視界に、晶の首筋が映る。
であった当初よりも僅かに成長したと思えるそこが、やけに強張って見えた。
肩肘張ったその首元が赤く染まっている光景に、咲は何とも言えない安心感から微笑みを浮かべる。
咲の気配が変わった事に気付いたのだろうか、晶が咲へと視線を移した。
「お嬢さま、どうかされましたか」
「ううん、何でもないわ」
――精一杯に張った虚勢が気付かれたのだろうか。
内心で緊張する晶の問い掛けに、大輪と花咲く咲の笑顔だけが迎え撃った。
♢
南東に
だが、五行結界に
人の目もそうだが、陰陽師が張り巡らす結界が並みの化生を圧し潰すほどの強度を以て御山全体を守護しているのだ。
「――咲さんは大丈夫かしら」
「問題は無いでしょう。傍から見る限り、彼女は順調に晶さまとの関係を深めています」
夕刻。山頂付近に構える
彼女のための白衣を準備していた側役の少女は、動揺を残さないように宥めながら柔絹仕立てのそれを桐の箱に仕舞う。
そうね。そう応える
奥の祭壇手前に座り、置かれた香炉に火を入れる。
準備された道具を手に、伏せた双眸の翳る狭間から呟きが漏れた。
「
「央都に戻る時間が遅れています。
どうにも
――最新の予定では、三日後を目途に
「何とか間に合いそうね」
側役の応えに、返る声も思慮へと沈んでいる。
それに問題は、央都を襲う百鬼夜行だ。
この問題を抑えきった功を、央都は決して無視ができない。
この後に起こる晶を挟んでの協議で、百鬼夜行の戦功は大きな説得力を孕むようになるからだ。
「雨月との関係は?」
「……表向きは変化が無いように取り繕っていますが、左府舎からの報告で前学期よりも関係性が離れていると。
向こうは現在、
より正確に言及するなら、雨月郎党が孤立しかかっていると評するのが適当な状況だ。
ただ歴史の長さは、それまで培ってきた信頼の大きさも相応にある。
何が起きているのか把握すらできていないものたちの中には、上意下達に起因する一過性の衝突と気楽に構えているものも少なくなかった。
――
四院に比肩する歴史の重みに加え、
「百鬼夜行の前に学院から去ってくれると思っていたのに、下手に才能が有るのも考え物ね。
――晶さんとの距離は?」
「紙一重ですが、上手く離れています。
晶さまは避けていますし、精霊が代行している隠形は充全に機能しているかと。
……夜劔の姓も上手い一手でした。晶という響きが雨月の記憶を刺激すれば、隠形も効果が無いですし」
――雨月
ただでさえ戦力の頭数が足りていない。
真新しい松の薫りを立てる板を手に、
一抓み、二摘み。熱を帯びる香炉に放り込むと、僅かな煙が薫風に乗った。
霊力の溶け込んだ閼伽水に指先を浸して、祭壇と自身の前に一筋の線を引く。
隔離結界。移ろう
「
――現在、五行結界の要には、鐘楼山に座す
要の総てに三宮四院が座すこと。それが五行結界強化の最低条件である以上、現時点での術式開始は負担が高いだけで効果は薄いはずだ。
だが、
「大丈夫よ。本格的な行使には入らないし、何時でも行使できるように準備するだけ。
――誉さまは?」
「……
隠す用事でも無いようで、学院経由で連絡は簡単についたと訊いています。
――どうも、
その報告に、
視察自体に疑問は浮かばないが、
運営実態や知識を欲するならば、
「
「いえ。伝聞ですが、北部の
……探りますか?」
「そうね。……いえ、良いわ。
下手に刺激して、痛くも無い懐を探られたくないし。
――央都帰還が延びて貰っても困るから」
「畏まりました」
しかし、その本音は返るまでの僅かに開いた間に秘められている事に、
学院に入学してから何かと論卓を囲んだ仲であるが、兎角、僅かな情報の断片を繋ぎ合わせる事を得意としていたからだ。
晶との不意の接触を赦してしまった際にも、身の仕草や返る表情から口にしていない事実を言い当てたと聞いている。
直後に
理想を語るならば、百鬼夜行を無事に終息させて状況を落ち着かせた後、出来るだけ間を与えずに
「……おかしいわね」
「どうかなさいましたか?」
そこまで思考してから、
突如に上げられた
「到着が最も遅れると思われていた
――あまりにも都合が良過ぎると思わない?」
「我々にとって、ですか?」
本来ならば
そうかと思えば、二院ともほぼ同時に央都へと帰還する格好だ。
――おまけに
晶の行使する隠形は四院への利きが悪い上、半神半人は必ず晶に興味を抱く。
畢竟、晶が在学している間の四院不在は、
その上で晶の実力は、既に隠形では無理も利かないほどに注目を集めてしまっているのだ。
誉の優秀さを別としても、四院が晶の周囲から離されているのは偶然とも思えない。
――否。
「
「偶然ではないでしょうか?賽の出目を絶対にすれば、策として立つのも不可能と存じますが」
首を傾げて、
晶に都合が良いのは確かだろうが、
誰かが策を弄したとしても、他人頼みが過ぎるのだ。
「……そうよね。それは確かなんだけど。
「流石に身分差が過ぎます。
叶ったとしても、
――何か、気掛かりでも?」
「
「五行結界を信頼しているのでは?」
「信頼と放置は違うわよ。……
高御座の媛君が、
だが、膝元に危険が忍び寄ってきても沈黙を堅持するのは、明瞭な異常であった。
「誰かが独走をしている? 何のために?」
ちりちりと松明が音を立てる。僅かな風の騒めきに誘われて、
何時の間にか日も沈み、暗闇が本殿の外を塗り潰す。
未だ、月明かりも昇り切っていない。視界に忍び寄るような夜の闇に僅かな不安を覚え、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます