第25話 最後の戦い

 最後の決戦がはじまった。

「よいよ決戦のときが来た! エジプトの命運はこの一戦に懸かっている! 我々にはバステト神がついている! エジプトは必ず勝つ!」

 覚悟を決めたプサムテク三世はエジプト軍とエジプト兵、市民に檄を飛ばした。

「ファラオ!」

 市民も兵士達も繰り返し拳を天につきあげた。


「出撃だ! エジプトに勝利あれ!」

 プサムテク王が馬上から檄を飛ばした。

 最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

「エイ! エイ! オウ!」

 プサムテク三世率いるエジプト軍は城の正門を一気に開けると、城内に乱入してくるペルシア兵をメッタ切りにしながら城外に出た。

 エジプト軍は神業とも言える素早さでペルシア軍本隊の正面に布陣した。

 アキレスとギリシア傭兵部隊がエジプト軍の先頭に立った。


 砂漠に対峙する両軍のあいだに緊張の火花が散る。

 エジプトの生存を賭けた戦いが今はじまった。


「やっと出てきたか」

 カンビュセスは立ち上がり鋭い目でアキレスとプサムテク三世を睨みつけた。

「ペルシアの悪魔め、返り討ちにしてやる」

 プサムテク王も大王さながらの勇者ぶり。

「ファラオ! ファラオ!」

 王の神々しく勇ましい姿にエジプト軍は狂喜した。


「全軍出撃! エジプト軍を皆殺しにしろ!」

 カンビュセスは激しく怒り激を飛ばした。

「ウォー」

 五万人ともいわれるペルシアの大軍が怒涛のごとく総攻撃を開始した。

「エジプトに栄光あれ!」

 プサムテク三世も激しく叫び出撃した。

 ファラオに続きエジプト軍も進撃。

 アキレスも剣を片手に愛馬クサントスに跨がり、群がるペルシア兵士目がけ突進した。

 ペルシア軍は突撃してくるアキレスに無数の矢を放ったが、アキレスにかすり傷一つ負わすことができない。

 全ての矢がアキレスを避けて通る。

 鬼神のごとき形相でアキレスがペルシア軍に迫った。

 ペルシア軍兵士達は戦慄した。

 その時カンビュセスの前で胸を張って豪語したペルシア軍将校が大きく弓を引き、馬上のアキレス目がけて矢を射ようとしていた。

「ふふ、猛毒の矢で踵を射貫けば奴も終わりだ」

「アキレスが本陣に向かっています!」

「わかってる。もう少し引きつけるんだ」

 ペルシア将校は射程にアキレスが入るのを待ち構えた。

 アキレスは毒矢で狙われているとは思いもせず、ペルシア本陣のカンビュセス目がけまっしぐらに駆けた。

「死ね!」

 ペルシア将校はニタリと笑い、思いっきり弓を引いた。

 シュ!

 その瞬間アキレスの姿が馬上から消えた。

「やったぞ!」

 ペルシア将校が高笑いをした。

「うっ……」

 次の瞬間ペルシア将校の左の胸を長槍が貫いていた。

 ペルシア将校の目には落馬したはずのアキレスが立っているのが見えた。

「な、なぜだ……」

 アキレスは落馬したと見せかけ、長槍を投げてペルシア将校の心臓を貫いたのだ。

「撃て! 撃て!」

 目の前で上官を殺害されたペルシア軍兵士らは、狂ったように矢を射たが、誰一人アキレスを射る事は出来ない。

「おれはご先祖アキレスの弱点を補うため、ステュクスの川でアキレス腱を清めたんだ!」

 アキレスがニタリと笑った。

「奴は神か悪魔か」

 ペルシア兵は恐れ慄き逃げ惑った。

 アキレスは剣を高く掲げ鬼神のごとくペルシア軍本陣を目がけ突進した。

「カンビュセス!」

 アキレスが凄まじい形相で吼えた。

 戦場の張り詰めた空気が引き裂けた。

「アキレス!」

 カンビュセスは馬に跨がり剣を構えアキレスを睨んだ。

 遂にアキレスとカンビュセスの一騎打ちがはじまった。

「カンビュセス! 天に代わって貴様を成敗してやる!」

 アキレスが剣を大きく振りかざし激しく襲い掛かる!

「母なるギリシアを捨てた貴様に神は味方しない!」

 カンビュセスは叫びアキレスと剣を交えた。

 激しく火花を散らす剣と剣。

 アキレスの鋭い剣がカンビュセスを斜めに斬りおろした。

 カンビュセスは返す剣でアキレスを鎧ごとたたき切ろうとした。

 まさに二人の死闘は神と悪魔の激突だ。

 

 アキレスがカンビュセスと一騎打ちをしている間に、エジプト軍は圧倒的に数に勝るペルシア軍に徐々に制圧されはじめた。

「大王様を守るんだ! 急げ! 急げ!」

 体勢を整えたペルシア軍はカンビュセスの陣地を守るため大挙してきた。

「クソ」

 瞬く間にアキレスとカンビュセスの間にペルシア軍が割って入り、背後から来たディオ、アイアス、ネストル率いるギリシア傭兵軍やエジプト軍と激しい戦闘が繰り広げられた。

「アキレス! ペルシア軍が城内に火を放ちはじめた」

 アイアスがアキレスの肩を掴んで「このままでは女子供まで皆殺しにされる」燃え上がる城を指さした。

「王はご無事か」

「王は無事だ。ここは俺たちに任せ、おまえは城に残った市民を逃がしてくれ」

「ネストル!」

「行くんだ! 早く!」

「ディオ!」

「ここは俺たち三人で十分だ」

「アイアス!」

 だがアキレスは三人の盟友と最後の別れを交わすと、すぐには城に向かわず迫り来るペルシア軍に突進した。

「アキレス!」

 三人の盟友と十数名のギリシア傭兵軍もアキレスを追う。

「奴は悪魔か」

 カンビュセスは初めて恐怖を感じ青ざめた。

「大王様、アキレスはアテナ神に守護されております。勝てる相手ではございません」

 髭濃く髪を後ろで束ねた老将軍が驚愕して、ただ呆然とアキレスの猛攻を見つめた。

「なぜだ。アテナはギリシアの神ではないか。ギリシアを捨てエジプトのために戦うアキレスをなぜアテナは守護するのだ」

 冷酷で残虐な暴君とまで言われたカンビュセスも、五万の大軍をものともせず、まるでペルシア軍を紙屑でも引きちぎるよう、めった切りするアキレスに身体が凍り付いた。

 アキレスを先頭にギリシア傭兵軍はペルシアの大軍を縦横無尽に攪乱し、恐怖に怯えたペルシア軍は総崩れとなった。

「逃げるな! 踏みとどまれ!」

 カンビュセスが恐怖に錯乱して暴れる馬の手綱をグイとひき、あらん限りの声で命じた。

 アキレスはギリシアの戦いの神アテナとエジプトの戦いの神セトが自分の身体を使って戦いを挑ませているのを感じていた。

 エジプトに勝利をもたらすため。ギリシアの名誉を挽回するため。神々はアキレスに全てを託したのだ。

「落ち着け! 落ち着くんだ!」

 髭の老将軍が我先に逃げようとする兵達を怒鳴りつけた。

「アキレスを殺せ!」

 司令官が叫ぶ。

「皆怯えて逃げ惑うばかりです」

 前線から逃げ帰ってきた副官が老将軍に跪いた。

「黙れ!」

 その時老将軍の足下に這いつくばる副官の首をカンビュセスが切り落とした。

「大王様……」

 老将軍はあまりのことに絶句した。

「下がるな! アキレスを殺せ!」

 カンビュセスは怒り狂い剣を片手に戦車に乗り前戦目がけて突撃した。

「大王様を守るのだ!」

 老将軍も本陣を出て戦車に乗り後に続いた。

 アキレスは襲いかかるペルシア兵をバッサバッサと斬り倒した。

 乗り手を失った敵の馬は暴走し岩場に衝突して砕け散り、沼地に突っ込んで山のように折り重なった。

「アキレス! 奴だ!」

 ディオが叫んだ。

「カンビュセスか」

 ペルシア軍の精鋭部隊を引き連れカンビュセスの姿が現れた。

「アキレス」

 黄金の戦車からカンビュセスは彼の名を呼んだ。

「とうとう降参する気になったか」

 アキレスは剣を振り上げて威嚇した。

「おまえは自分の状況が見えておらんようだな」

 カンビュセスは嘲笑った。

「貴様こそ此処がどこだか知らないようだな」

「もはやエジプトは我が領土だ」

「おまえは頭が可笑しいんじゃないか」

「ギリシアも我が同盟軍だ」

「おれはエジプトの兵だ」

「おまえは何のために戦っている。お前が守ろうとしているのはエジプトか? それとも一般市民を平気で巻き添えにする卑怯者の王か?」

「貴様! 王を侮辱するとは赦せん!」

「今からでも遅くない。我がペルシア軍に味方せよ。そなたなら手厚く歓迎する」

 カンビュセスはそこまで言うと腰の剣の柄を握りしめアキレスの返事を待った。

 ペルシャの大軍とアキレス率いるギリシア傭兵軍は凍り付いたように対峙した。

「これが俺の返事だ!」

 アキレスが声を上げると長槍がカンビュセスの戦車の側面を貫通した。

「バカな奴め! アキレスを殺せ!」

 カンビュセスは怒鳴り、全軍をアキレスに突撃させた。

「死ぬのは貴様だ!」

 アキレスのギリシア傭兵軍もペルシア軍を目がけ突進した。

 ギリシア傭兵軍はアキレスを先頭にまるで鋭い槍のように、カンビュセス目がけて一直線に突き進んだ。

 ペルシア軍は至近距離過ぎるのと、見方が多すぎて思うように矢や槍を使うことができず、まして戦車隊はアキレス達の騎馬隊のように自由に動きがとれず、次々と御者がアキレス達に斬り捨てられていった。

「おれはカンビュセスの首を獲る。援護を頼んだぞ」

 アキレスは後に続くディオ、アイアス、ネストルに言うと、大王の戦車目がけて突っ込んでいった。

「承知した!」

 ディオたちはカンビュセスの親衛隊を集中攻撃しアキレスが戦いやすいようにした。

 ギリシア傭兵軍の援護でカンビュセスの守りに隙が出来ると、アキレスが素早く飛び込んで剣を振りかざした。

「くたばれ!」

 アキレスの一撃がカンビュセスの右腕を微かに刻んだ」

「うっ」

 血しぶきが上がりカンビュセスは剣を落とした。

「大王様!」

 駆けつけた将兵がアキレスに斬りかかる。

「どけ邪魔だ!」

 アキレスは右手の剣で将兵の剣をかわし、左手の短剣で兵の脇腹を切り裂いた。

 右腕に重傷を負ったカンビュセスは大量の血を流しながらもアキレスに襲いかかろうとしたが、将校達に遮られ命からがら逃げ出した。

「逃げるのか! 卑怯者!」

 アキレスは執拗にカンビュセスを挑発した。

「放せ!」

 猛り狂ったカンビュセスをペルシアの将軍達は後方の陣地へと連れ帰った。大王の出血が酷くこれ以上の戦闘は無理だった。

「ペルシアの大王様が逃げ帰ったぞ」

 アキレス達は皮肉り歓喜した。

 だが数に勝るペルシア軍の別働隊はアキレス達の戦闘を尻目に、メンフィス城に乱入し破壊と殺戮の限りを尽くしていた。籠城していた市民は民兵だけでなく女も子供も斬り捨てられ、槍で突き刺され、火をかけられ丸焼きにされた。さらに城のいたるところに火が投げ込まれ城内は瞬く間に火炎地獄となった。

「しまった!」

 アキレスは炎上する城に気づくと、カンビュセスを追うのを止めた。

「その首、今日のところはおまえに預けておこう!」

 アキレスはそう吐き捨て、踵を返して炎上する城に急いだ。

 ペルシア軍は城に走るアキレス目がけ後方から何万本もの矢を放ったが、絶対に射抜く事はできなかった。


 激しく燃え上がる城の中に駆け込んだアキレスはクサントスから素早く飛び降り、レイラを救うために燃えさかる王宮の中に飛び込んだ。

「レイラ! ネジム! タミット!」

 王宮の中には無数のペルシア兵がいて略奪の限りを尽くしていた。

 アキレスはペルシアの兵達を撫で斬りにしながら、ひたすらレイラ達が隠れている秘密の部屋へ急いだ。

 その頃、ペルシア軍本陣のカンビュセスの元に兵が駆けつけ、

「大王様! エジプト王プサムテク三世と王子を捕らえました!」

 ペルシア軍の勝利を伝えた。

「でかしたぞ! エジプトは滅んだ」

「アキレスがまだ城内にいますが」

「王宮ごと丸焼きにするんだ!」

 カンビュセスは深く息をすって吐いた。だが、からだの震えは静まらなかった。

「ディオ、アイアス、ネストル達、ギリシア傭兵の姿が見えません」

「捨て置け、ギリシア兵に帰るところはあるまい」

「籠城していたエジプト市民はいかがされますか?」

「生き残ったエジプト人は全て捕らえよ」

「はっ!」

 こうして猫王朝ともいわれたエジプト第二十六王朝はアキレス達ギリシア傭兵団の死に物狂いの戦いも虚しく、数に勝るペルシア連合軍の前に滅び去った。しかも籠城した市民二千人とファラオの子イアフメス王子は公開処刑されたという。

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