第三章 幸福論の四季

第14話 怪猫、梅雨に現る!

 僕は、まだ小学校に上がる前に父を亡くしている。


 母は中学しか出ておらず、あまり条件のいい仕事に就くことはできなかった。


 だから、家は極貧で、学校では僕はいつでも仲間外れ。


 心の支えは合氣道だけ。


 合氣道の達人だった父の弟子である今の館長が、「中原先生にはお世話になったから」と言って、他の道場生には内緒で、僕だけ無料で教えてくれたのだ。


 僕は、乗馬クラブのインストラクターになりたくて、中学を出たら、すぐに見習いで働き始めるつもりだったが。


 学歴で苦労した母は「大学だけは行け。その後は好きにしていい」と言って譲らず、大学は行かせてもらうことに。


 極貧の中、どうやって貯めたのか、僕の大学進学の為に、母はかなりの金額を貯金していた。


 中学時代のこと。


 担任の40代男性教諭は、次期教頭の座を狙っていると噂された野心家だった。


 コイツは自分の出世目的で、生徒の親を見る奴。


 親が県の大物だったりする生徒は露骨に贔屓し、貧しい家庭の生徒は差別し、虐げる。


 クラスで何か問題が起きると、決まってこの男は、立場の弱い母子家庭の生徒である僕のせいにしたものだ。


 イジメの現場に鉢合わせた僕は、イジメ犯を合氣道の技で投げ飛ばし、被害者の生徒を救出したことがある。


 しかし、この時も担任によって、僕がイジメの犯人にされた。


 母は氣が弱く、学校に怒鳴り込むようなキャラではないから、やり易かったのだろう。


 こんな状態が続いたもので、中学を出る頃には、僕はすっかり人間不信に陥り、「先生」と聞いただけで、拒否反応を起こすようになってしまっていたのである。


 そう、佑夏に出会うまでは。


 彼女と初めて出会ったのは、大学に入ってまだ二ヶ月の梅雨の時期だ。


 既に気温は高く、ムシムシする暑さ、レストランのメニューには、ご当地料理である、冷やし中華が載る季節。


 庭には、ガーデニングが趣味である母が、挿し木で増やしたアジサイが花を咲かせている。


 その三日前のこと。

 同じ十流学院大学ジューガクの同級生である女子大生、神野翠かんのみどりからLINEが来たのが始まりである。


 翠とは高三で同じクラス、大学も同じ十流学院大学ジューガクに進学している。

 ただ、学部は別だ。


 翠からのLINEは

「おい、中原!すまねー、頼みがある。」の一言。


 すぐに僕は察しがついてしまう。


 お嬢系のルックスなのに、翠は男言葉を使い、ざっくばらんな性格である。


 しかし、高三の時はクラスの女子で一番カワイイと言われており、周りの面倒見もいい氣のいい奴で、男子には結構な人気があった。


 僕もLINEを返す

「犬猫どっちだ?」


「さすが、話が早いな。猫だ!それもムチャクチャでけー!」


「性別と状態は?」


「雄だ。鼻水垂らして風邪ひいてる。だが、病院に連れて行って治療はしてるぞ。」


「神野が看てるのか?」


「違う。アタシの友達だ。だけど、アパートでホントは猫はダメなんだ。何とかしてくれないか?」


「分かった。預かるよ。」


「ありがたい、恩に着る。言っとくが、アタシの友達は最高にカワイーぞ!お前も喜ぶ!」


「そんなことは、どうでもいい!」


 三日後、小雨の降る中、待ち合わせ場所に。


 翠ともう一人、(猫の保護主だろう)が立っている。

 ショッピングモールの一角だが、キャリーケースに入った猫を抱いているから、店内には入れない。


 保護主の人は翠と同年代の女性、グリーンのサマードレスのロングスカートに、ロングヘアー。

 子供の世話が似合いそうな優しそうな人だ。

 保育系の短大生か?


「中原ーー!」

 翠が手を振っている。


「ありがとうございます!」

 保護主の子が、そう言って頭を下げる。


 確かに、大変な美少女だ。

 高校時代、クラス1カワイイと言われた翠が霞んで見えてしまう。


 なんだ?この子の髪に付いている、白い巻貝の貝殻が目につく。

 すると、ほんの一瞬だが、僕に何かを訴えるように、キラリと光った氣がしたのである。


「中原、コイツだ!佑夏っていう。もう~お前にメッチャ会いたがってたぞ!」

 翠は、そのロングヘアーの子の背中をバンバン叩く。


「翠ちゃん、変なこと言わないで.......。」


 翠に”ゆうか”と紹介されたその美少女は、僕を見据える。

「白沢といいます。中原さん、本当にありがとうございます。」


 なんて優しく澄んだ瞳だ。

 あまりの美しさに、思わずゾクっとしてしまう。

 こんな綺麗な目を持った人間が、この世にいるのか?


 これが、僕と佑夏の出会いである。


 保護主の美少女ぶり以上に驚いたのは、当の猫である。


「この子です。ぽん太って言います。」

 そう言って、彼女はキャリーケースの入れ口を僕に向ける。


 覗き込んでみると................。


 こんなブサイクな猫は初めて見た!!!というくらいの不気味な生命体が、僕を睨んでいて驚愕してしまう。

 猫というより、太った狸の妖怪にしか見えない、化け物じゃないのか!?


 まさに「美女と野獣」な組み合わせだ。


 しかし、キャリーケースを持った本人はニコニコ笑顔で

「かわいいでしょう?♡中原さん?」


 かわいい!?これが!?

 一体、この人の美的感覚はどうなってるんだ!?


「コイツよ~!子供ン時からブサイクが好みなんだ!自分は美人のくせしてよ!!アハハ!!!」

 ゲラゲラ大笑いする翠。


「何言ってるの?翠ちゃん?」

 不思議そうに、“ゆうか゛と呼ばれた美少女は、キョトンとしている。


 どうやら、シャレや冗談ではなく、この妖怪猫を、本当にこの子は、可愛いと思っているようだ。


(よう!よろしく頼むぜ、ジンスケ!)


 何だ!?今の男の声は?

 僕は周囲をキョロキョロ見渡してみたが、誰もいない。


「どうした?中原?お前まで、頭おかしくなったか?」

 翠は笑い続けている。


「い、いや、何でもない............。」

 何だったんだ?今の声は?


 あらためて、この「ぽん太」とやらを、僕はまじまじと見てみての感想。


 デカイ!本当に猫か!?別の生物じゃないのか?

 しかも、凄いデブだ!10キロ近くあるんじゃないだろうか?


 こんな巨大な猫を、女の細腕で持っていて、この子は重くないのか?

 おまけに、小雨まで降っていて、ここまで連れて来たのも、大変だったろう。


 よほど、深い愛情が無くてはできないことだよ。


「ぽん太」は極端な寄目でじっと僕を見ている。

 寄目の猫なんているんだな。


 鼻水が垂れてはいるが、翠の言った通り、確かに治療の跡がある。


 体毛は黄色に、オレンジ色の縞々。

 昭和に流行った有名な猫マンガのカラー。


 毛づやは良くないが、丁寧にブラッシングしてもらっているようだ。

 無駄毛のバサつきが無い。


 この“ゆうか“ちゃんがやっているのか?


「あの.......?中原さん?」

 あまり僕が、このデブ猫をジロジロ見るからか、翠の友達は不安げな顔をする。


「心配すんなって、佑夏!中原は猫を見捨てたりしねーよ!」


 翠にそう言われたからではないが、僕は冷静さを取り戻し

「分かりました、白沢さん。ぽん太君はウチで預かります。」


「ありがとうございますー!!♡」

 美少女の目が輝く。


「一応、保護団体と協力して、飼ってくれる人を探してみます。

 でも、正直、大人の猫でこのサイズだと難しいでしょう。」

(さすがに、“これだけブサイクだと“とは言えない。)


「え~?」

 ”それじゃ。この子はどうなるの?”といった表情の”ゆうか”ちゃん。


 こんな優しそうな子をガッカリさせる訳にはいかないよ。


「大丈夫ですよ。ダメなら、俺の家にいてもらいます。キャパ的に、もう一匹なら、何とか飼えますから。」


「キャー!ありがとうございます!!!」

 再び、お礼を言う美少女。


「だから、言ったろ?中原なら何とかしてくれるって。」

 翠は、こうなることが分かっていたようだ。


 こうして、僕と佑夏と、怪猫ぽん太の大学生活は幕を開けたのである。

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