現世の魔王と2匹の魔獣
海湖水
現代の魔王と2匹の魔獣
「貴様らにエサはやらんからな‼︎」
一ヶ月前、こいつらにエサをやったのは失敗だった。あの日から毎日、わらわの家にやってくる。いや、心を強く持て。こいつらに出すエサ代もバカにならん。今日こそは……。
「今日はやらんからな‼︎」
そう、
「そんな目で見つめても、今日はやらんからな‼︎……やらんからな。やらんと言っておろうが‼︎」
その真央の言葉を聞いたケモノたちは、茂みの方向へゆっくりと歩いていった。まるで人が中に入っているかのように、トボトボと歩いて行くその姿は、真央の心に後悔どう憐れみを生み出した。
「……やるか?でも、これ以上やると、今月の食費が……。魔王たるもの、しっかりとモノを食べんと……いけんから……」
その言葉とは裏腹に、真央は立ち上がると、2匹のネコの方へと向かっていった。右手には魚の刺身の乗った皿を持ち、ゆっくりと、しかし着実にネコたちの方へと歩んでいく。
「……くれてやる。魔王たるもの、臣下には恵んでやらねばならんと、じい様も言っておった」
またやってしまった。腐っても魔王なのだから、貧乏な生活はやめてほしいと、色々な魔族に言われたが、収入が絶望的な今、貧乏な生活は続けなければならない。というか、魔族自体、今の世の中では貧乏なものが多い。わらわの心配をする前に、自分たちの心配をしろというものだ。
「わらわ、魔王なのだがな……」
「いらっしゃいやせーー‼︎」
店内に、元気の良い声が響き渡る。次第に客が増えていく居酒屋の中、真央は駆け回っていた。
「魔王さま〜‼︎これも運んでくださ〜い」
「うん、わかったー‼︎はい、唐揚げを3つですね」
親もおらず、他の魔族からの支援も期待できない真央にとって、バイトでの収入は死活問題であった。国が魔族の支援を行っていると言っても、それが隅々まで行き渡るわけではない。何より、魔王としてのプライドが、他人から何かを恵んでもらうということを許さなかった。
「だからって魔王が働くことはないと思うけどねえ」
「魔王さまは優しいですから、こうやって私たち魔族の店のお手伝いをしてくださっているのです。特に、私たちは魔吹様との縁が深いですので」
「初めはあの子が魔王だなんて信じられなかったけど、魔吹家だって言われてピンときたよ。あの一族は特に封印が強いからなあ」
ちゃんと聞こえてるぞ、私の話。
注文をメモした真央が、話のする方向を向くと、二人の大人が喋っているのが見えた。
「ちょっと、店長!!仕事しましょうよ!!」
「魔王さま、私には敬語を使わなくても良いのですよ?私は配下なのですから、アシュタロスと呼べば」
「アシュタロスってかわいくないじゃない。あと、
「息抜きだよ、息抜き。この店に金を吐き出すことで経済を回して、魔王様に生活費を提供しているわけです」
「バカなこと言ってないで仕事行ってきてください」
大魔族アシュタロス。神話の時代から生きる、かつての人魔大戦という、人類と魔族の大戦争を生き残った魔王軍最高幹部にして、真央の教育係……という名の保護者だ。彼女には寿命がないらしく、その分蓄えている力も現代の魔族の中では最も高い。彼女が味方をしているから、真央が魔王の座に立てているのだった。
アシュタロスは人魔大戦終了後、人類と魔族の友好が決定してから人里離れた場所で過ごしていた。そんな日々の中、真央の祖父がそれを見つけたことで人里に降りてきたらしい。
アシュタロス自身は現在、居酒屋を経営している。彼女によると、料理が好きだったから、だそうだ。開いてから半世紀、今では船曳のような、たくさんの常連客のつく、地域では有名な店の一つとなっていた。
「魔王さまのおじいさまのお力添えがなければ、この居酒屋は開業することすらできなかったでしょう。その恩に報いるため魔王様のお手伝いをさせて頂いていますが、さすがに貧乏な暮らしは止めてもらいたいです」
「まあ、店長の言うこともわかりますけど、誰かの援助の上で自堕落な生活を
送るのはちょっと……」
「……本当に魔王かよ?」
そんなことを話していると、奥の席から店員を呼ぶ声が聞こえた。真央はすぐさま奥の席へと客の合間をすり抜けるように向かった。
「……魔吹家ってさ、魔王の血を引く一族の中だと最も弱いんだろ?あまりにも封印が多すぎて、力をまともに行使できないから、とかで」
「その通りです……。実際、魔王さまも私がいなければ殺されていたかもしれません。魔王の一族が少なくなっているから、魔吹家に継承権が回ってきましたが、あまりにも重荷です」
「まあ、この辺りはあの子の努力次第だろ。魔王なんて、もうほとんど魔族内での影響は持っていないわけだしさ」
電車の中、真央は独りため息をついた。学校が終わればすぐにバイト、バイト、バイト。アシュタロスに言えば休みくらい、いくつもくれるのだが、アシュタロスは真央のことを甘やかしすぎる。
「つかれた……。ああ、明日は単語テストか……家に帰ってから勉強か……」
駅のコンビニでおにぎりを二つ買うと、真央は古いながらも、一人で住むには大きい、自らの屋敷へと歩き出した。
履いているスニーカーが地面を踏みしめるたび、足に疲れが染み込んでいく。家へと向かうには坂道を通らねばならないのも、真央の体に疲れを付与する原因だった。
坂を上っていくにつれ、真央の息も切れ始める。寒風が真央を包み込み、ブルブルと体を震わせる。
坂を上り始めてから5分強。屋敷の前に着くと、真央はドアが開いていることに気づいた。今まで疲れと戦っていた真央の心に、違和感と恐怖が走った。
「ど、泥棒が入ってたりしないよな……?」
真央が警戒しながらドアを開けると、目の前にはひどい惨状が広がっていた。
散乱する真央の服に、ごみ箱の中のゴミ。そして、その中心には2匹のネコが座っていた。
「お前らかーーーーー!!」
そう叫ぶと、真央の心には再び疲れが戻ってきた。緊張していたからだろうか、先ほどよりも疲れがひどい。
「わらわはもう疲れた……。すまんが、お前らにかまっとる暇はないんじゃ……」
勉強は明日しよう。学校に行ってからでも間に合うだろう。
そんなことを考えながら、真央は着替えずに布団の上に倒れこんだ。その後、2匹のネコたちはその傍に駆け寄ると、心配そうに真央を見つめたのだった。
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