世界の始め方はどうすればいいの? 番外編

キクジロー

第1話 忘却の放浪者 一

「お願い。お願いレガン。生きて。生きていつか私たちを助けてね……」


 この言葉が頭の中を常によぎる。女の声で。必死な声で。まるで赤子を取られた母が死に物狂いで取り返そうとするかのように。飯を食おうと、昼寝をしようと、風呂に入ろうと。ふとした時に常によぎる。しかし、俺は誰を、何を助ければよいのか全くわからない。――――なぜなら、この言葉以外何も記憶に入っていないのだから。




 ―――日差しが痛い。木々の隙間から差し込む日の光が肌を刺激する。汗が額からふつふつと湧き出ていて目をあけることすら困難だが、汗を拭かない。汗をぬぐう余裕はない。


「しゃぁぁぁ!!!!」


 鋭利な石を木のツタで物干しざおのような木の先に括り付けて、ちょっとした山ぐらいの大きさをしている恐竜の鋭い目を刺す。恐竜は水面が大きく揺れるほどの悲鳴を上げて体制を崩す。そこにいまこそといわんばかりの勢いで唱える。




「――――ファイアメテオ!!!」




 レガンがそう唱えた瞬間に足元には赤色の魔法陣、そして掌から火の玉が5,6発発射される。その玉は恐竜の頭、腹、尻尾、背中をとらえて恐竜の丸焼きが完成した。


「今日の飯はこいつの丸焼きかと木の実か。」


 レガンは恐竜を持ち上げ、森を抜け、いまにも崩れそうな洞穴に入る。気づけば夜だ。壁には大量の文字が書かれており、多くの恐竜の名前が書かれていた。


「そーだなー、こいつの名前はスピルにしよう。」


 レガンはまた壁に名を刻む。毎日毎日飽きることもなく恐竜を狩り、喰らい、名を考えそれを刻む。何度日が沈んだであろうか。しかし、わかっている。自分はこんなことをしている場合では無いと。でもわからない。何をすればよいのか。


「お願いってなんだよ。こいつらの名前を刻んでいけばいいのか?」


 焚火をしながらもんもんと考えるが、相も変わらずなにも思い浮かばない。彼はぼーっとしながら肉を焼こうとしたその時。


 ズドン!!


 洞穴の前に大きな隕石らしきものが降ってきた。地面はえぐれ、洞穴ごと、いやそんなものではない。木々や湖がすべて吹き飛んだ。当然レガンも吹き飛ばされ、来たこともない森まで吹き飛ばされた。


「いや、なに?」


 いきなりここまでくるともはや身の心配より疑問が勝つ。しかしその疑問もすぐに晴れた。なぜなら、彼は見たのだ。聞いたのだ。隕石らしきものが落ちてくる瞬間にわずかになにかの声が聞こえたのだ。しかしなにを言っていたのかはよくわからない。


「っていうか俺んち消えたじゃねか―――――――!!!」


 怒るのも無理はない。シンプルに考えれば家が消されたのだから。レガンは怒り狂い、殺気を体中にまといながら全力で起き上がる。その時、首に冷たい刃物が触れる。なにが起こったのかわからないままレガンは静止する。


「誰だ。」


「私は、サーベラス連合軍だ。貴様、いつまでもなにをやっている。」


 彼女は淀みない黒色のマントをまとい、その下には月の光が反射するほどにぴかぴかに磨かれた銀色の 鎧を着ている。顔には深紅の眼。さらには真珠のような銀髪。腰まで隠れている。そして手には剣。この世界のものとは思えないほどの素材で作られている。しかしレガンは思う。


「なんで……なんでおれはこの剣だの鎧だのを認知できる?」


 いまさらながらに彼は思う。なぜ言葉という概念があるのか。なぜ肉を焼いて食えば腹がたまるのか。なぜ肉は焼くものだと知っているのか。頭の中にはあらゆることが駆け巡っている。


「質問に答えろ!なぜ……見つけていないのだ」


「……え? 見つける? なんのことだ?」


 この瞬間彼女の顔は曇った。


「は? なにを言っているのだ。とぼけるな!貴様!貴様の使命は我らサーベラス連合軍の希望なのだぞ!それを忘れたなどとごまかすことは許されんぞ!!!」


 本当になにをいっているのかわからない。しかしこれだけは理解できる。彼女は本気で殺しにきていると。


「くそったれが!まさか本気で記憶をうしなっているのか!レガン!いや、レガン・エドワード!」


「待て待て。レガン・えどわーど?なにを言ってるんだ?たしかに俺はレガンだがえどわーどってなんだ?そもそもなぜ俺を知っている?さーべらすってなんだ?」


「ほんとになにも知らないのか」


 彼女は剣を収め、顔を整える。


「私は、クロエル・イーサン。貴様の……故郷の人間だ。」


 故郷?初めて聞く言葉だがやはりなぜか意味は分かる。という彼女の言っている言葉はすべてわかる。


「わかった。」


「そうか。それでは行くぞ。」


「は?」


「行くと言っているのだ。過去の時代に。」


 時代。故郷。色々な言葉が出てきたが、なんとなく理解はした。自分は……


 


 この時代の人間ではないと。




 こう考えればすべての物事に納得がいく。しかし、ぶっちゃけ彼女のことを信用していないのもまた事実。


「お前は、俺の味方なのか?」


 ただこれだけが疑問であった。百歩譲って自分がこの時代の生き物ではないと無理やり納得してもやはりいきなり現れてさーべらすなど、えどわーどなど、世界をつくるだの、帰るだの言われたところで信じられない。だが味方であるか敵であるかこれだけははっきりとさせておきたかった。


「味方だ。」


「そうか。ではなぜさっき俺を殺そうとした?」


「貴様があまりにも使命を果たしていないからだ。情けない。と言っても貴様は何も覚えていないであろうから、何を言っても一緒か。」 


「とりあえず、0から説明してくれないか?たぶん理解はできないだろうが。」


「いいだろう。しかし交換条件がある。」


「なんだ?」


 クロエルは口をもごもごさせながら小さい声でこう言った。


「…が…った」


「は?なんて?」


 クロエルの顔がしだいに赤くなっていった。


「はらが…」


「腹がなんて?」


 レガンはよく聞き取れず、再度クロエルに問いかけるが、その瞬間、先ほどの隕石落下の音以上の声で


「腹が減ったと言っているのだ!!!なにかご飯をよこせ!!!!!」


 レガンの耳ははじけ飛んだ。今日は色々飛んでばかりだ。


 






 ザッザッザッザッザッ


 大地を踏みつぶし、草原を駆け巡るレガンの姿があった。レガンは本日二度目の狩りをしていた。何個か下に見える甲冑女のために。その女は岩の上で横になりながらぼーっとこちらを見ている。


「そんな輝かしい鎧を着ているならすこしは手伝ってくれない?」


「私は、戦う専門ではないの」


「ならその鎧よこせよ」


「これは我らサーベラスのものだ。お前なんかに着せると汚れてしまう」


「俺はあんたの仲間じゃないのか?」


「そんなことは記憶を取り戻して言え」


 自分から飯が食いたいといいながらなにもしない女に腹が立ってしまうが、その怒りを目の前の恐竜にぶつけた。


「ファイアメテオ!」


 大きな悲鳴を上げながら恐竜は崩れるように倒れる。


「よくやった。さあ作れ」


 レガンはしぶしぶ焼かれた恐竜の肉をちぎり、クロエルに渡す。


「こんなものしかないのか。まあよい」


 こいつはまた偉そうな言葉を発する。しかしレガンはぐっとこらえて、クロエルに問う。


「それじゃ、話してくれ」


 クロエルは一瞬顔が沈んだがすぐに話した。


「簡単に言うぞ。我らはサーベラス連合軍。私もお前も。そして今より遥か500年前、この地球では魔法や魔法を用いた科学が発展しており多くの人間が生活していた。しかし、発展しすぎていたのだ。当然魔法を使い悪事を働く輩も出てきており、最初の頃はそれぞれの国家が国を管理して処罰していた。だがそれも限界がきていた。多くの国で国家が抑制できないほど人殺し、盗み、人身売買。さらには国ごと悪に染められるとこもでてきた。」


 クロエルは先ほどの偉そうな態度とはうってかわって、小さな声で、わずかに抑えきれない怒りが込められた声で淡々と喋った。


「それを終わらせるために、ある国家が全てをゼロに戻そうと、一度すべての人間を消してしまおうと考えた」


「だいぶすごいとこに話が飛んだな」


「ああ、だが正直分からない話でもない。実際にすべての人間が消えてしまえばこの問題はすべて解決する。屍に悲しいも楽しいも苦痛などもないのだから。」


 続けてクロエルはさらに沈んだトーンで話す。


「しかし、そんな国家の暴挙に反対する国民も当然現れ、その集団組織がサーベラス連合軍だ。我らサーベラスの目的は過去に行く魔法を持つ人を見つけることだ」


「過去に行く魔法?」


「ああ、我らの時代では過去に行く魔法を持つ人のことをタイムトリッパーと呼んでいる。その人の力を使い、過去に行き、悪事を働く組織がそもそも生まれないように悪い種をつもうとしている。そうすればみなが何者にも脅かされず平和に生きることができる」


「へー、そのタイムトリッパーとやらはそもそも本当に存在しているのか?」


 レガンの何気ない「へー」に少々いらだちを顔に出すクロエルはぐっとこらえて続けた。


「わからない。もしかすると存在していないのかもしれない。だがこれしか我らの希望は無いのだ……」


「もしかするともうすでに国家とやらがタイムトリッパーを手に入れてるかもな」


「確かにそうかもしれない。国家はタイムトリッパーを既にみつけて処刑しているかもな……。国家は同じことを繰り返さないために二度と人類がこの地球に生まれないことほ望んでいるから……」


 しかし、レガンはあるひとつの疑問が生じる。


「すまん。待ってくれ。ここから全く俺がこの時代に飛ばされたという話につながりそうもないんだが」


「いや、繋がる。繋げたのだ。」


 少しの間があったが、クロエルの口は動いた。


「ある時、国家が本格的に人類を消し始めた。その方向は当然我らサーベラスにも向いて、我らの基地に攻め込んできたのだ。それはもう……血がはじけ飛び、悲鳴が飛び交い、銃声、爆発の音。幼い子供の声も聞こえてきた。この世の地獄だった…」


 彼女の話している姿はカタカタと体を震わせ、顔にはじんわりとした汗をかいており、悪夢にうなされている子供のようだった。


「そんな戦争の真っ只中。お前のリーダー…、私の母、ドロシーによりお前を未来に送り込んだ」


「母……?」


 彼女はこらえていた涙があふれてしまい、声により感情を込めながら続けた。


「私の母はお前を戦争から逃がすため!いつか過去に戻れる魔法を見つけると信じて!いつか自分たちを救ってくれると信じて!お前を命がけで別の時代へと逃がした!!!なのにお前は…、そんな…母の想いを忘れ……」


 レガンの心は急に紐で締め付けられるような気分になった。正直まだ話があまり理解できていない。だがそれでも自分がだれかの命の上に立っていると考えるといままでの自分をぼこぼこにしたいと思った。


「すまない…、そんなことがあったとは……」


 レガンは誠心誠意心を込めて謝罪したつもりだったが、それが裏目に出て、クロエルの気持ちの高ぶりをさらにかきたてた。


「ふざけるな!」


 クロエルはとうとう堪忍袋の緒が切れてしまいレガンの首をはねようと剣を抜き、水平線を描いた。しかしその刃は空を舞い、剣が持ち主を嫌うようにクロエルの手から吹き飛んだ。


「今日はもう休め。体が限界だろう?続きはまた明日でもいい」


 レガンは優しく声をかけるがクロエルのこころには届かない。


「くそ。私はなんて無力なんだ……。母を救うこともできず。剣をふるうこともできない。なんて、なんて情けないんだ」


 体は正直だ。クロエルの目は徐々にかすんでいき、暗闇が広がる。








 朝日が瞼を通り越して差し込んでいる。


「うーん、むにゅむにゅ……ほえ?」


「おはよう」


「あ…おはようございます……」


「うん、おはよう」


「……」


「……」


 沈黙が続く。周りの音がスピーカーで流れているかのようだ。しかし、一秒もたたないうちにそれ以上の音が、声が流れてきた。


「きゃああああああ―――!!!!!!!!」


 水面が揺れる。


「お前はスピルか?」


 俺は爆音に慣れているのでなんとも思わない。そんな中クロエルは腕を体に巻き付け身を守っていた。しかし守るとしても遅いだろ。今はもしかしたら事後なのかもしれないとか鎧プレイも想像しているのかもしれない。


「こうみると、お前って女なんだな」


 言葉を間違えた。もっとデリカシーについて学ぶべきだな。それにしても顔を青くしすぎじゃないか?普通ここは顔を赤くして「エッチなことしてないでしょうね?」と少し恥じらいながら言う場面ではないのか? おれのことがそんなに信用ならないのか。恥じらうことはいいことだ。それによって多くの男性の本能を刺激する。こんな感覚はどことなく久しぶりだ。


「クロエルはいったい何を期待してんの?」


「にやにやしながら変なことを聞くな。飛ばされたいのか?」


 彼女の眼は本気だ。剣の鞘を握り潰しそうな勢いだ。 


「まあまあ落ち着けよ。悪かったって。そんなことより昨日の続きを・・・。過去に行く目的があるなら早く行動するにこしたことはないだろ?な?」


「くっ……。は……?いまなんと言った?」


「いやだから行動するには早いにこしたことはないだろ?」


「そんなことは聞こえている!それよりも……私の話を信じるのか?」


「ぶっちゃけ完全に信じたわけではない。もしかしたら嘘かもしれない。けど普通に考えてわざわざ嘘をつく必要もないしな。それに本当だとしたらお前の母の命を無駄にするわけにはいかない」


「―――――協力感謝する。それでは私が乗っていたポットに戻るとするか。」


「なんで?」


「そこにお前の装備がある」


 先ほどとはうってかわって堂々と俺の前を歩く。その姿は鎧が太陽に照らされていてとても美しい。しかしそんな逞しい背中には多くの悲しみを、命を背負っているのだろう。そんな彼女の姿に少し憧れてしまう。だが―――、しかし―――、俺の本心は―――――








 ―――国家が正しいと思う。 






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