57.気持ちって複雑だから
次の日、ノエルはレイリーの姿を探していた。
教室にも秋の庭のいつものベンチにも姿がなく、探し回った結果、秋の庭の更に奥に、レイリーが立っていた。
ノエルの姿を見付けたレイリーが、ほっとした顔をした。
「探したよ、レイリー。見つかって、良かった」
「私を? そうか、一人にしないよう気遣ってくれたんだな」
気持ちをあっさり見透かされて、ちょっと照れ臭くなる。
「ウィリアムとロキには、私たち二人の前でしっかり謝罪させないとね。その為だよ」
我ながら可愛くない発言をしてしまった。ノアに聞かれたら苦い顔をされそうだ。
レイリーが小さな笑みを見せた。
「けど、ウィリアムの配慮もロキの気持ちも、ちゃんと理解しているんだろ? それに気が付かないノエルじゃない。昨日は、私のために怒ってくれたってことも、私は知っているよ」
二人の気持ちは、もちろん理解している。悪い気持ちでの発言ではなかったことも。
それでも、あの状況で誰もレイリーを庇う発言をしなかったのには、腹が立った。それが怒りの起源といってもいい。
「私はレイリー推し、えっと、レイリーのファンだから。レイリーをないがしろにする奴らが許せないだけだよ」
(ポジションが悪役令嬢だからなのか、皆、普段から配慮が足りない気がする)
それは原作者である自分が作った設定なので、仕方ないのかもしれない。誰もレイリーを守らないなら、自分が守ろうと心に決めた。
レイリーがノエルの手を取る。
「ありがとう、ノエル。私もノエルのように強くならなきゃ、いけないな」
(レイリーの方がよっぽど強い。あの状況で一番辛かったのはレイリーのはずなのに、皆の気持ちを汲んで、私の行動にまで感謝してくれてる)
その寛大な心は、聖女そのものだと思った。だからこそ、レイリーにはフレイヤの剣の後継者たる資質がある。
(アイザックルートでフレイヤの剣を手にするのはマリアだ。でも、やりようはある。原作者しか知らないイレギュラーを起こせば可能だ)
ここまで充分、シナリオから外れたイレギュラーが起こっている。今更、この程度で世界の崩壊はないだろう。
ノエルはレイリーの手を握り返した。
「レイリーは私みたいになっちゃダメだよ。ノア先生には可愛げがないって、散々言われていいるからね」
「兄様が? 重ね重ね申し訳ない。兄様は昔から、気が置けない相手には遠慮がないんだ」
「気が置けない? 私、ノア先生とそんなに仲良くないよ」
「いいや、プライドの高い兄様が、ノエルに最大級の礼を尽くした。兄様はノエルを認めているし、気に入っているよ」
レイリーに微笑まれて、複雑な気持ちになる。
(ユリウス絡みで牽制されているようにしか感じなかった)
「あー、いたいた。二人ともクラブ活動をサボってこんなところで逢引かな?」
ひょっこり顔を出したのは、ユリウスだ。指輪の魔力探知で探し当てたのだろう。
「そうです。今いいところなので、邪魔しないでください」
握ったレイリーの手を見せ付けるように持ち挙げる。
「んー、レイリーとの逢瀬なら許してあげてもいいんだけど。二人と話したいって子がいるから、ちょっと聞いてあげてくれる?」
ユリウスの後ろから、ロキとウィリアムが走ってくる姿が見えた。
「先生、早いよ。早すぎて追いつけない」
「この程度で根を上げるようじゃ、僕からノエルは奪えないよ。ほらほら、頑張って」
ロキがむっとして猛ダッシュする。ノエルとレイリーの前に立つと、勢いよく頭を下げた。
「昨日はごめん! 頭に血が上って、ノエルの事情もレイリーの気持ちもちゃんと考えられてなかった。二人のこと、すごく傷付けたと思う」
「私も、配慮が足りなかった。順を追って説明すれば、誤解は回避できた。ノエルに総てを言わせてしまった。本当に申し訳ない」
ロキに並び立ったウィリアムも同じように頭を下げる。
レイリーと顔を見合わせる。
「気にしていないよ。現実を受け止めて、前に進む勇気をもらった。むしろ、二人が揉めてくれたくれたおかげだ」
相変わらずレイリーは優しい。こんな時まで婚約者と友人に配慮している。
ならばここは、ノエルが愛の鞭をふるうしかあるまい。
「私は、がっかりしました。ロキは、まぁ良いとして、ウィリアム様のレイリーへの想いがあの程度だったことに、失望です。それならいっそ、私がレイリーを貰っていいですか?」
「まぁ良いって、ノエル。俺のことは、どうでもいいの?」
傷付いた顔のロキは、この際、無視する。
レイリーの顔に腕を回して顔を寄せた。
「この場でレイリーの唇、いただいても良いのですが」
「ノエル⁉ 話がおかしな方向に向かっているぞ。何故、そうなる」
レイリーがびくりと体を震わせて、ノエルから離れようとする。
「逃げちゃダメだよ、レイリー。この中でレイリーを一番愛しているのは、私なんだから。もう諦めて私のものになっちゃえばいいよ。ウィリアムなんか捨ててしまえ」
完全なるユリウスの受け売り口説き文句である。
戸惑うレイリーの唇にノエルの唇が迫る。
硬直して身動きが取れないレイリーの体を、ウィリアムが奪い取った。上半身の体制を崩したレイリーの体を受け止めて、そのままキスをした。
「!」
ウィリアムが唇を離す。真っ赤になっているレイリーを胸に抱いて、ノエルに向き合った。
「レイリーを一番に愛しているのは、私だ。たとえ相手がノエルでも、レイリーの初めては渡せない」
ウィリアムの表情は必至だ。本気でレイリーのファーストキスの危機を感じたらしい。レイリーを強く胸に抱くウィリアムの表情は、姫を守る騎士のようだった。
「本当に愛していますか? 私よりレイリーを幸せにできる自信があると? 私はウィリアム様よりレイリーを幸せに出来る自信がありますよ」
「生涯の妻はレイリー以外に考えられない。レイリーを幸せにできる自信は、まだない。だが、最善の努力を尽くすと約束する」
レイリーが、ウィリアムの服を掴んだ。
「リアム、もう、わかった、から。もう、やめてくれ」
ウィリアムの胸に抱かれるレイリーが弱弱しい声を上げる。耳まで真っ赤にしたその顔は、困惑しているが、目が潤んでいる。
「いや、その、すまない。ノエルが本当に奪いそうだったから、つい」
二人が慌てて体を離す。
いつの間にかユリウスの隣に立っていたアイザックが、吹き出した。
「二人とも、ノエルにしてやられたな」
ウィリアムとレイリーの視線がノエルに向く。
ノエルは不敵に笑って見せた。
「始めから、そう言えばいいんです。格好つけて万人を救おうなんて、好きな相手の前では愚策でしかありません。ウィリアム様はレイリーだけ見ていればいいんですよ」
「そうだよ、ノエルのことは僕が守るんだから。ウィリアムに入り込む余地なんか、ないよ」
ユリウスがノエルの肩を抱く。
「これからは俺がノエルを守るので。ユリウス先生も必要ないですよ」
ユリウスを牽制しつつ、ロキがノエルの手を握る。
「二人とも、変な茶々入れないでください。今、大事な話をしています」
キリっと二人を睨む。
ロキがしゅんと肩を落として手を離した。ユリウスは全く気にせず、ノエルの肩に腕を回したままだ。
「フレイヤの剣の後継者に選ばれるには、いくつか条件があります。光魔術師であること、膨大な魔力量を持っていること、もう一つは慈愛です」
「慈愛?」
レイリーの呟きに、ノエルが頷く。
「魔力を高めるために感情が大きく作用することは、知っていますよね。キーになる感情は、人により異なります。中でも慈愛の心で魔力量を増幅できる魔術師は、フレイヤの剣に一番近い、と言われています」
それはフレイヤの剣が結界という守りに特化した特性を持っているからだ。国を、民を守るための慈愛の心、それこそが、結界を維持する剣の原動力になる。
「レイリーには周囲の人を慈しむ心が備わっている。だから、後継者足り得ると、私は思うのです。それ以上に今は、自分を大切にしてくれる存在に守られる安心も、知っておいて欲しい」
レイリーの魔力を高めるキーになる感情は、設定上は、『誇り』だ。それはきっと、彼女の中に活きている。
ウィリアムに婚約破棄されたレイリーがフレイヤの剣に選ばれないのは、誇りを失ってしまうからだ。
(だったらウィリアムにガンガン愛されて、誇りと慈愛を両方育めばいい。これぞ作戦の第一段階。『愛されて強くなる作戦』だ)
ウィリアムとレイリーが目をまん丸にしてノエルを眺めている。
「つまり、ウィリアムがレイリーを愛していればいるほど、レイリーはフレイヤの剣の後継者に近付く訳だな」
アイザックが納得した顔で、相槌を打つ。
「そうです。ブレッブレのウィリアム様と違って、レイリーはウィリアム様が大好きです。ウィリアム様にしっかり愛情表現していただかないと、レイリー後継者大作戦は成功しません」
レイリーが真っ赤な顔で俯く。
「ブレブレ、ではないよ。ノエルは私に対して辛辣過ぎないか? そんなに私のことが嫌いか?」
ウィリアムが割と本気で傷付いた顔をしている。
「表面上のブレブレでしかないことは、わかっています。それがウィリアム様の優しさであることも。でも、為政者はそれではダメです。時に非常な決断を即座に下せる。それが有能な為政者です」
ウィリアムが真面目な面持ちに変わる。
「切り捨てることが正しい為政者だと、ノエルはそういうのか? 君と私の婚約は政略的な色が強い。それは為政者の判断ではないのかい?」
ウィリアムが視線を下げる。
ノエルの命を守るだけではない。中和術者の監視の側面を言っているのだろう。
「確かに、母上は強引なところがあるからな。俺とマリアの婚約についても似たような側面はあるだろう」
アイザックが苦々しい表情をする。母親には苦労しているのだろう。
「自分一人で抱え込むなってことだよ。ウィリアムの婚約者じゃなくたって、守る術も国に貢献する方法もある。そのあたりの守備は根回し済みだ。レイリーを贔屓しても、ウィリアムが心配する事態にはならないよ」
ユリウスがノエルの頬をすっと撫でる。
思わず後ろを振り向いた。
「根回し? 根回しって何ですか? 私は一つも聞いていませんが?」
焦るノエルの顎をくい、と前に向ける。ユリウスが耳元で呟いた。
「後でじっくり教えてあげる。今は、その話じゃないでしょ」
ユリウスがウィリアムに視線を向けた。
「根回しとは、いったい何をされたのですか」
表情が強張るウィリアムに、ユリウスが笑いかける。
「まだ根回し段階だから、内緒。時期にわかるよ。誰にとっても悪いようにはならない。シエナが関わってるって言ったら、安心できるかな?」
ウィリアムの表情が緩んだ。
一度は嫌な顔をしたロキも、シエナの名を聞いて安堵した様子だ。
(私はシエナに安心できないけど、皆は信頼しているらしい)
ノエルの中和術を試すためにノアを嗾けたシエナだ。ノエル的には信用ならない。
「だからさ、ウィリアムは安心してレイリーを愛してあげるといいよ。今はそれが、総てを丸く収める最善だ」
でしょ? と言わんばかりに、ユリウスがノエルに目を向けた。
「フレイヤの剣は、レイリーとウィリアム様、二人で勝ち取るんです。私ができるお手伝いなんて、きっかけを作る程度なんですよ」
見上げたレイリーに、ウィリアムが手を差し出す。
レイリーがウィリアムの手に手を重ねた。
その姿は、
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