42.主人公マリアの覚醒

 突然、周囲に結界が張り巡らされた。

 アイザックに向かって飛んでいた黒い霧が止まる。

 振り返ると、シエナとアーロの姿があった。

 アーロがウィリアムの傷口に手を翳し、魔力の流失を止めている。

 シエナがノエルに歩み寄った。


「マリアは間に合わない。君が中和術を使え。結界が視界を遮断する。この場にいる者以外に、漏洩の心配はない」


 言葉が返せず、口を噤んだ。


「このままでは、皇子殿下二人が命を落とす。それだけは、何としても避けねばならん」

 

(やっぱり、シエナは私の中和術を知っていた。禁忌は見逃すってことか。でも)


 後ろのマリアを振り返る。ノエルの目から見ても、状況は厳しい。


(本当は、マリアでないと。マリアが解呪しないと、意味がない)


「迷う暇はないぞ。アイザック皇子の魔力はつきかけている」

「ユリウスは、何処ですか?」


 ふと感じた疑問が、口を付いて出た。

 シエナとアーロが来ているのに、ユリウスがいないのは不自然だ。


「保護者がいないと中和術は使えんか?」


 シエナがノエルを見下ろす。


「いいえ。この場にユリウスがいないのは、ノア様の足止め、ですか?」

「わかっているなら、急げ。あっちも只では済まないぞ」


 隠すことなくあっさりと、シエナが認めた。


(これだけ大掛かりな真似をしたんだ。この場に来ていなければおかしいよな)


 ノエルは立ち上がり、風魔法でアイザックの頭上に飛んだ。

 感電が弱まり、アイザックからまた氷の矢が飛び始める。


(シエナとロキが攻撃を防いでくれている。今のうちに、上から中和術を落とし入れる)


 胸の前で、すでに練り上げた白い光を大きくしていく。


「ノエル、危ない!」

「しまっ……」


 目の前に大きな氷の矢が迫る。

 横から飛んできたロキが、ノエルに体当たりした。

 ロキの腹に氷の矢が突き刺さる。


「ロキ、ロキ!」


 地面に落ちるロキをシエナが受け止める。


「ノエル、前を見ろ!」


 アイザックから放たれる総ての矢が、ノエルに向かって飛んできた。


(この矢、魔力に引き寄せられて飛んでいるのか。だから、やたらに的中率が良いんだ)


 咄嗟に防御結界を張ったが、総てを遮ることができなかった。

 腕や足を矢が掠めて血が噴き出す。頭部に当たった矢のせいで、出血が視界を遮る。


「やば……見えな……」


 背中に強い衝撃を受けて、体が前に仰け反った。

 足下の魔法陣が消えて、体が落下する。

 一瞬、意識が飛んだ。


「……エル、ノエル! 目を開けろ!」


 シエナに頬を叩かれて、飛び起きた。


(どれくらい寝てた。今、どうなってる?)


 周囲を見回す。アイザックは相変わらずだ。

 近くにシエナがいて、そのすぐ傍にロキが倒れている。


(状況的に、やばいかもしれない)


 マリアの姿を探す。

 防御結界の中に、姿はなかった。


「マリアは? どこに……」

「あそこだ」


 シエナか指さした先は、アイザックが佇む場所だ。

 アイザックに向き合って、マリアが立っていた。


「もうやめて、アイザック。大事な人たちを、これ以上、傷つけないで」


 マリアの全身から白い炎が揺らいでいる。


「自分も辛いのに、止まれないのよね。だから、私が、止めてあげる」


 マリアが魔力の塊に手を伸ばす。腕から伸びた白い炎が、闇色の魔力を掻き消した。


「マリア!」


 立ち上がろうとするノエルを、シエナが制した。


「見ていろ、ノエル。あれが光魔法単一の、治癒系魔法を極めた中和術だ」


 マリアの腕がアイザックの首に回される。全身から吹き出す炎が、闇を焼き消して、アイザックの姿が顕わになった。


「まり、あ……?」


 意識が混濁しているのか、アイザックがぼんやりした目でマリアを見下ろす。ぐらつく体をマリアが支えた。


「大丈夫、アイザックの呪いは私が全部、焼き尽くしてあげるから。だから、戻ってきて」


 マリアがアイザックに口付けた。

 アイザックの中にマリアの白い炎が流れ込む。炎が徐々に全身に回ると、黒い霧が一斉に払われた。後には淡い光の粒子が残り、浄化するようにキラキラと降り注いだ。


 アイザックが、マリアに向かって微笑んだ。頬に手を添え、唇を重ねる。


「マリア……愛して、る」


 倒れ込んだアイザックをマリアが抱きとめて、二人はその場に座り込んだ。しっかりと抱き合い、肩に頭を預け合いながら、気を失っているようだった。


(なんて綺麗な中和術。実際のシナリオの、マリアがアイザックの呪いを解呪するシーンより綺麗だった)


「覚醒したな」


 シエナが呟き、後ろを振り返る。


「アーロ、ウィリアム皇子は、どうだ」

「魔力の流失は止まったが、呪いはそのままだ。状態は、安定しているぜ」

「わかった。では、アイザック皇子とマリアを運ぶのを手伝ってくれ」


 シエナがノエルの肩に手を置いた。


「よく頑張ったな。君の中和術が見られなかったのは残念だが、僥倖だろう」


 シエナの表情が安堵している。

 

(安心していいのかな。まだ、何か残っているような気がする)


 ぼんやりして、頭がうまく働かない。

 シエナが結界を解くと、いつもの夏の庭の景色が鮮明になった。

 休日で人が少なくて良かった、などと考えていたら、後ろから強い殺気が飛んできた。

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