12.二人の聖女感が堪らない

 ウィリアムが皆を見回して、ノエルに視線を止めた。


「ここに集った面々は皆、兄上の病について知っている。先日、君にも話したね、ノエル」


(病、呪いの隠語か。学院内の間諜を危惧しているのかな)


 ノエルの事件の噂があれだけ早く広まった理由も間諜の仕業なのだろう。学院内にあえて噂を広めた人物がいる。事実、ゲーム内でのノエルの死もそういう存在が広めている。


 ノエルは指を鳴らした。

 四阿を薄いヴェールが覆う。


「音を遮断する結界魔法を使いました。音漏れの心配はないですよ。姿は見えていますから、無人と思って近付く人もいないでしょう」

「音だけを消せるのか? そんな結界魔法があるとは、知らなかった」


 レイリーが感心した声を上げる。


「光魔法の結界とは違いますよ。私は闇属性適応者なので、闇魔法です」


 皆が感心の眼差しでノエルを眺めている。


(え? なんで? そんなに難しくもない魔術書レベルの魔法なのに)


 療養期間中、ノエルは魔術書を読み漁っていた。いくら自分が設定した世界観とはいえ、細部までは作れない。知らない魔法も魔術も山ほどある。できるだけ覚えて使えるようになっておきたかった。


「ノエルは優秀なんだな。入学二カ月足らずで自分の属性魔法を自在に操っている」


 ウィリアムが、にこやかにノエルを褒めた。 

 やばい、と思った。顔が引き攣る。


「別に優秀とかではないです。普通です」


 首を、ぶんぶん振る。


(どうやら、やり過ぎたらしい。モブが優秀アピールしてどうする。自重しよう)


「いいや、物事の着眼点も斬新だ。確かな知識があるからこそ、気付くことだろう? 話し方も簡潔でわかりやすい。聡明な証拠だよ」


 ウィリアムの褒め口上が恐ろしく聞こえてくる。


(何、この人。何でこんなに私のこと褒めるの。まだ一回しか会ったことないのに。怖い)


 プルプル小刻みに震えながら、ノエルはマリアに助けを求めた。

 袖を引っ張るノエルにマリアが微笑み掛ける。


「療養中もノエルはずっと本を読んでいたわよね。図書室の本、読破しちゃうかと思った」

「読破なんかできるわけないよ。図書室って広いんでしょ?」


 図書室にはまだ立ち入っていない。

 療養中は寮から出られなかったので、マリアに借りてきてもらっていた。


「広いけど、あの勢いで読んでいたら、卒業までには読み終わるかもしれないわよ? 精霊国神話だって、二日で読み終わったじゃない」

「え⁉ あの分厚くて細かい文字の本を二日で読んだの? それは、すごいね……」


 ロキが感心しながら引いている。


(違う、違う! 作家ってのは神話とか歴史書とかが好きな生き物なんだよ! 斜め読みなんだよ!)


「……ただ、好きなだけです。それだけです」


 前の世界での職業を言う訳にもいかない。

 小さな声で、小さな反論をした。


「あぁ、それで、オーフェンの神話から中和術に辿り着いた訳か。あの斬新な発想は、療養中の読書がきっかけだったんだね」


 タイミングを待っていましたと言わんばかりに、ウィリアムが手を打った。


(なんか、言い回しが、わざとらしい。何か狙いでも……? そういえば、私は何故ここに連れてこられたのか)


 ウィリアムがノエルの手を両手で握った。

 逃がさないと言わんばかりの行動に、反射的に仰け反った。


「私たちはね、本格的に兄上の呪いの解呪法を探そうと思っているんだ。呪いを受けた君が生きている事実は、私たちには希望だ」


 ノエルは、呆然とした。


(そうか、そんな風に考えるか、考えるよな。致死率百パーセントの毒から生還しているんだもんな)


 この展開は、正直、予想していなかった。


「それに君は、聡明で知識も豊富だ。魔術師としても優秀だと思っている。君の力を貸してはくれないだろうか」


 それに関しては、大変な誤解である。

 自分はただの原作者だ。自分が作った世界を知っているだけで、より知ろうとしているだけだ。


(力を貸すって、何をどこまで? 私が関わったら、意味がないじゃないか。キャラたちが自分たちの力で何とかしないと)


 手を引っ込めるも、ウィリアムが強い力で握り返す。

 全然、離してくれない。


「いやでも、私如きがお役に立てることなど、ないと思いますが……」

「いいや、この前の茶会でも、充分な話が聞けた。ノエルに協力してもらえたら、俺も心強い」


 アイザックが力強く前のめりになっている。


(後ろ向きな引きこもりのはずのアイザックがやる気になってる。嬉しいようで困る)


 つい、原作者的なキャラ愛が出そうになるが、ぐっと堪える。

 手を引きすぎて、ウィリアムと綱引き状態になっている。


「それでね、活動しやすいように、クラブを立ち上げたいと思っている。学院内には、誰かの耳がいるようだし、内密な活動をするなら、その方が都合がいいだろう?」


 ウィリアムの顔は笑顔だが、手の力が半端ない。

 ノエルも負けずに離れようと引っ張る。


「それは大変良いお考えだと思います。応援いたします。頑張ってください」

「君を謂れのない噂からも守ってあげられる。ノエルにも利があると思うんだ」

「そういうの、あまり気にならない質なので。折角ですが、お気遣いは必要ありません」

「ノエルは、私が嫌いなのかい?」

「滅相もない。好き嫌いの問題ではありませんので」


 引き合う二人の手を止めたのは、レイリーだった。


「リアム、一端、ノエルの手を離せ。赤くなっている」


 婚約者に窘められて、ウィリアムが仕方なく手を引いた。

 ほっと息を吐く。

 ノエルの赤くなった手にレイリーが治癒魔法をかけてくれた。


「この程度なら、放っておいて平気です。魔法は勿体ないですよ」


 魔力は無限ではない。無駄遣いするべきではない。

 レイリーが、ノエルの手を両手で包んだ。


「やはり、呪いに関わるのは、嫌だよな。ノエルは怖い目に遭ったばかりだというのに。私たちの都合ばかり押し付けて、すまない」


 レイリーの目は優しく慈愛に満ちている。


(なにこの聖女感。マリアに負けてない。さすが、フレイヤの剣の後継者候補と噂される御令嬢)


 レイリーが纏う優しいオーラに、気持ち的な意味で目が眩みそうになる。


「ノエルの傷が癒えてからで構わないんだ。もし、その気になったら、私たちに力を貸してほしい。私たちもノエルの役に立てることが、あると思う」


 にっこりと笑いかけられて、こくりと頷いてしまった。


(まずい、レイリーの抱擁力に飲まれて思わず……。ああ、でもこんな優しいレイリーが見られるとは。スチル独り占めした気分なんだけど!)


「俺は多分、すぐにでもノエルの役に立てると思うよ。不当な暴力から守ったりね。怖ければ、護衛しようか?」


 ロキの言葉には頷かなかった。


(その辺は自分で何とかできる範囲かなぁ。護衛が必要なほど誰かに命とか狙われている訳でもないし)


 ぼんやり考えていると、ロキが顔を顰めた。


「ねぇ、断る口実、考えていない?」

「考えて、いません」


 無表情で首を横に振る。


「ノエル、私もレイリーと同じよ。無理しないで、今は自分を癒すことを考えてね」


 マリアが微笑み掛ける。

 聖女二人の背中に後光が差して見えた。


(この二人にそんな風に言われてしまうと、協力したくなっちゃうけど。けどでも、これ以上、メインキャラたちに関わるのはよろしくない。モブらしく陰で見守ろう)


「二人とも、ありがとう。今より元気になったら、考えてみるね」


 当たり障りなく曖昧に断って、何となく無かったことにしようと思った。

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