7.原作者ネタは小出しにしたい

 ウィリアムの顔は笑っていなかった。

 それもそのはず、王族が呪い持ちなど、あってはならない。アイザックが呪い持ちである事実は、国家機密級の秘匿案件だ。


(とんでもないやり口で先手を取りやがった。なんて真似してくれる、この腹黒皇子!)


 ウィリアムがノエルをここに呼んだ理由は一つ、『呪い』の解呪法を聞くためだ。『呪い』を受けて生きている以上、誰もが解呪に成功したと思うだろう。

 ウィリアムは、王族の秘密を先んじて明かすことで、ノエルを逃げられない立場に追い込んだのだ。


(強引なやり口はウィリアムらしい。これがシナリオなら悪くない手だ。シナリオなら、な! これじゃぁ、何か話さないと逃げられないじゃないか)


 原作者なので解呪法なら知っている。しかし、ここで総て明かしては意味がない。

 アイザックルートは主人公マリア攻略対象アイザックが紆余曲折を経て『呪い』を解呪することで仲を深めていくストーリー展開だ。呪いは何よりのキーになっている。


(待てよ。ノエルが呪いから生還したことで、マリアがやる気を出しているわけだから。今の状況は私的に、良い方向なんじゃないのか)


 やる気を出しているのはウィリアムに見えなくもないが、マリアもここに同席しているので、良しとしよう。

 ならば、現時点で話せる話だけして、この場を離れるのがベターである。


(マリアがやる気になってくれれば、原作者の仕事は終わりだ。あとはシナリオ展開通り、アイザックルートが始まってくれる)


 ノエルは表情を整え、あくまで冷静にウィリアムに向き合った。


「驚愕の事実に動揺を隠しきれません。私の経験をお伝えしたいのですが、生憎、私は事件より前の記憶がありません。心苦しいですが、現時点では、お役に立てそうもありません」


 如何にも申し訳なさそうに、ノエルは俯いた。

 アイザックとマリアが、落胆の表情になる。


「やっぱり、そうよね。ノエルにも、きっと精神的に強い負荷が掛かっているんだわ。記憶をなくすだけじゃなく、性格まで変わってしまっているんだもの」


 マリアがノエルの手を握る。


(性格変わったというか、別人だからなー)


 と思いつつ、ノエルは悲しい表情でマリアの手を握り返した。

 しかし、ウィリアムの表情は変わらなかった。


「現時点では無理、だが、将来的には役に立てる。とも聞こえる言い回しだね」


 ウィリアムが、にっこりと笑みを向ける。

 笑顔はいかにも無害な優しいそれなのに、言葉には隠れた圧がある。


(しまった、言い回しが。揚げ足取りやがって。この感じは、何か答えるまで、付き纏われるかな。ここで話して終わりにした方がいいか)


 ノエルは頭を捻った。 

 入学して二カ月弱、マリアとアイザックが二人で呪いについて調べている。つまり、王族の自分が呪い持ちだとアイザックから告白された、ということだ。

 アイザックとの親密度がそれなりに上がっていないと起きないイベントであり、本来なら、もう少し先の展開のはずだ。

 

(シナリオ通りなら、まだ出せないネタだけど。展開が早まっているなら、伝えられる小ネタは、幾つかあるな)


 いっそ情報を与えて、ノエルは用済みだと思ってもらった方が、動きやすくなる気がする。


「ウィリアム様は、呪いの構成要素をご存じですか?」

「古代の闇魔法だと記憶している。あまりに古すぎるので、人体に巣食った呪いの解析は難しいと聞いているが」

「それが、今の『呪い』に対する常識です。でも実は、解析できない本当の理由があります」

「本当の理由?」


 ウィリアムが息を飲んだ。 


「人の意識を蝕むから。つまりは、意識操作です。それに抗えば人は魔力を消費します。やがて魔力が一定以下に減れば、『呪い』が魔力を封じる。魔力封印です。この二つが、『呪い』の正体です」


 アイザックが表情を強張らせて絶句した。


「長い間、呪いの解明が困難だった理由は、罹患者本人が他者の介入を『呪い』により拒否させられていたから、か。精神操作と魔力封印。つまり呪いの正体は、闇魔術、なのかい?」


 半信半疑のウィリアムに対し、ノエルは頷いた。

 青褪めた顔のマリアが、ノエルに問う。


「どうして、そんな大事なことを、ノエルが知っているの? 記憶は、ないのよね?」


 もちろん、原作者だからである。呪いの原理を考えたのは、自分だ。

 千年以上、誰も解析しえなかった魔法原理、という設定だ。三人の懐疑的な視線は当然だろう。


「事件のあと、ユリウス先生に色々と調べられたの。それで私も、初めて知ったんだよ」


 ハンカチで口元を覆って、「辛かった……」みたいな顔をしてみる。


 この療養期間中に、『呪い』について、ユリウスには今のウィリアム以上に尋問されていた。半ば脅し状態で口を割らされたし、体に残る『呪い』の残影も隅々まで調べられた。


(実際、辛かったけどな。危うく嫁にいけない体になるところだった)


 『呪い』の生き残りともなれば、誰かは必ずウィリアムと同じ質問を投げてくる。ユリウスとは既に口裏合わせをしていた。


『呪いの詳細について、易々と他人に話したりしないように。僕が手を下すまでもなく、殺されちゃうかもしれないからね』


 何ともユリウスらしい口止めだ。


(あの人こそ、何を何処まで知っているのかな。この国の人は呪いの出所をまだ知らないはずなのに)

 

 呪いの詳細を知れば、或いは調べるだけでも、命を取られかねないという事実は、この時点で誰も知らないはずなのだ。


(私の考えすぎ、なのかな。意味のないブラフとか投げてくる人だし。考えすぎるのは時間の無駄な気もする)


「本当は、ユリウス先生に、きつく口止めされているんです。でも、アイザック様のお話を聞いて、何もお返しができないのは心苦しいから」


 ちらり、とウィリアムに視線を送る。


「ですので、ウィリアム皇子殿下、今のお話はくれぐれも内密にしてくださいね」


 ウィリアムが感心して笑った。


「やり返されてしまったな。お相子というわけだね。ノエルは、なかなかに策士だね。マリアに聞いていた印象と違うな」


(あくまで自然に振舞ったつもりだったのに。でも、こっちの意図を見透かしてくるあたりは、流石ウィリアムだ)


「確かに、事故前のノエルとはちょっと違うけど、変わっていない所もあるんですよ。優しくて強いところは、同じだもの」


 「ね?」と笑いかけるマリアが意外だった。


 療養期間中、何度も通ってくれているマリアは、ノエルの性格の変化に一度も触れてこなかった。


(本当は一番感じているだろうに。違和感だって、一番持っているはずだ)


 それがマリアの優しさなのか、他に思うところがあるからなのか。聞くのは、少し怖い気がした。

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