31.推しの胸に誓う
中世ヨーロッパ風が主な世界観であるこのゲームだが、色々な国の要素がちょっとずつ、ちりばめられている。
その中で、四季の庭園、秋の庭は、少しだけ和テイストが加えられていた。紅葉が散る枯山水の庭の前には小さな休憩所が設けられ、美しい庭を愛でることができた。
庭の奥の離れた場所に、ぽつりとベンチが置いてある。
落ち込んだ時、レイリーが好んで使う場所だ。
案の定、彼女はそこにいた。
ノエルは自分を奮い立たせるため、無遠慮にレイリーの隣に腰掛けた。
「ノエル……。こんなところに一人で、どうしたんだ?」
「えっと、ですね。レイリーと話がしたくて、その……、謝ったほうが良いかなぁと、思いまして……ですね」
何とも言葉にしづらくて、言い淀む。
怖くてレイリーの顔が見られない。
(んんんん! 嫌われたら、どうしようっ。この後の計画が詰むんだけど。てか、推しに嫌われたくない! 折角、妹ポジションで可愛がってもらっていたのにっ)
「ノエルが謝ることは、何もないだろう。むしろ謝るのは私の方だ。兄の所業は、もはや謝って済む問題では、ないがな」
(あれ? 違う話に取られてしまったかな? 確かに今は、そっちの方が大問題だけど)
「それこそ、レイリーが謝ることではないでしょう。いくら兄とはいえ、レイリーとノア様は別の人間です。ノア様の罪はレイリーの罪ではありません」
とはいえ、こんな言葉は、貴族意識の強いファーバイル家の御令嬢にとっては慰めにもなるまい。
「温情は有難いが、知らなかったで済む話ではないよ。ファーバイル家は罪を償わなくてはならない。だから私は、ノエルの計画に乗るか、悩んでいた」
(正義感が強いレイリーが逃げるはずはないと思っていたけど、そういうことか)
ノエルの計画は、あくまで秘密裏にノアに後始末を付けさせるための策だ。教会もファーバイル家も、ノア自身すらも、表向きには罰を受けない。
ノアに至っては、呪いを消し去ったスーパーヒーローになってもらう。国民に称賛されながら、表舞台から身を引いてもらう計画だ。
(この結末そのものが、レイリーは納得できないんだろうなぁ)
真面目で気位の高い彼女にとって、罪を隠匿しながら栄光のファーバイルを名乗り続ける未来は、さぞ辛いだろう。
(気持ちは、わかる。だがしかし、受け入れてもらわなければ。何とか、レイリーを説得する言葉を考えないと)
中途半端な慰めは意味がない。自分が思う最善を話すしかない。
ノエルは、すん、と心を落ち着かせた。
「公衆の面前で断罪されることだけが、償いでしょうか? それで罪は消えますか? 禊を終えて、楽になりたいだけではないですか?」
なるべく淡々と、言葉を並べた。
ベンチから立ち上がり、レイリーに正面から向き合う。
片膝をついて、レイリーを見上げた。レイリーへの最大限の敬意のつもりだ。
「罪を背負いながら生きるのも、償いではないでしょうか。もし、レイリーが、ノア様の罪を共に償う気があるのなら、私の計画に乗ってください。それが、貴女の贖罪です」
ノエルはレイリーから目を逸らさない。
レイリーもまた、目を逸らそうとしなかった。
「ノエルは私に、辛い選択を迫るんだな。極刑に値する罪を隠匿するのは、国を欺く重罪だ」
「命あっての物種です。ですが、レイリーへの強要は、私の罪です。恨んでもらって、構いません」
ノエルは、ごくりと生唾を飲んだ。
(どうだ、どうだ! 何とか納得してくれたり、しないか)
強い眼差しで、訴える。
レイリーが、悲しそうに微笑んだ。
「恨むなんてことは、ないよ。むしろ私は、君に感謝すべきだろう。ウィリアムから話を聞いて、ずっと悩んでいた。だがきっと、私は逃げるべきではない。兄様と正面から話をするべきなんだ」
レイリーが笑ってみせる。こんなに辛い笑顔は、見ていられない。
(ただ文章に起こすだけなら、これがただの物語で、私がただの作者なら、こんな気持ちにはならないのにな)
ノエルはまた、ベンチに座った。
「ウィリアムに、婚約解消を申し出たら、叱られてしまってね。彼もまた、君と同じように、私に辛い選択を迫る。私にはもう、ウィリアムの隣にいる資格はないというのに」
(喧嘩の原因は、もしかして婚約の話か? よく考えたら、私の
あの時のノエルの状態を知っていたら、ウィリアムが抱えて部屋に運ぶ程度、何とも思うまい。
(ロキめ、わざと
とは思うが、レイリーの心境を慮って誰かを差し向けようとしたと考えると、責める気にもならない。
「私も婚約を解消する必要はないと思います。ウィリアム様も、同罪ですから」
「同罪? リアムが、私と?」
レイリーがノエルを振り返る。
ノエルは頷いた。
「私の計画に乗った時点で皆、国を欺き罪を隠匿しようとする共犯者です。ウィリアム様は協力を約束してくれましたからね。今後もご実家を欺き続けていただきます。だからこそ、事情を知る協力者が傍にいることは、とても心強いと思いますよ」
したり顔で、レイリーに目配せする。
レイリーが眉を下げて笑った。
「君は悪知恵が働くな。確かに策士だね。その発想はなかったよ」
「私の話はあくまで提案です。レイリーはレイリーの判断で、正しいと思う道を選んでください。未来をどれだけ思い悩んでも、結局は、なるようにしかなりません」
「これだけ色々話しておいて、最終的に身も蓋もない結論をつけるのかい」
「私は、人生ってそんなものだと思っています。それでも、流されて辿り着いた未来と、自分で選んで進んだ未来は、きっと感じ方が違うはずです」
レイリーの腕が伸びてきて、ノエルの肩を抱いた。
ノエルの頭に、レイリーの額がこつりと当たる。
「全く、君って子は。ノエルは本当に、悪い子だね。甘言で私を
流れた涙がノエルの頬に落ちた。
覗いたレイリーの顔は同じ笑みでも、少しすっきりして見えた。
レイリーの腕がノエルを抱き寄せる。程よく張りがあるレイリーの胸が、ノエルの未熟な胸にあたる。
(おおおおお! 推しの胸が! 胸がぁ! 絶対、守る! レイリーが幸せになる
ノエルは強く胸に誓った。
後ろの木陰で、紅葉を踏む音がした。
(あれはもしや、ウィリアムかな。気になって付けてきたのか。今とても良いところなのに、仕方ない)
ウィリアムも可愛い
ここは原作者として、ウィリアムとレイリーの逢瀬の場を提供せねばなるまい。
名残惜しい気持ちでレイリーから離れる。こっそり木陰を指さした。
レイリーの視線が後方の影を捉えて、顔が真っ赤になった。
「私は、そろそろ戻ります。ノア様を呼び出すまでの間にやっておいてほしいことが各々にありますので、詳細はウィリアム様に確認してください」
ベンチから立ち上がり、木の向こう側に回り込む。
ウィリアムが驚いた顔でノエルを凝視した。
「ステルス魔法、下手ですね。ウィリアム様」
「ノエル……。今日の君は、私にだけ意地悪だね。私は君に、何かしたかい?」
ウィリアムが困ったように片手で顔を覆う。
「私は元々、意地悪なんです。だから、ウィリアム様に丸投げして帰ります。後は、お願いします」
ウィリアムの表情に、大変満足な気持ちになる。
ちょっと優越感に浸りながら歩き出した。
「ノエル、ありがとう」
振り返ると、ウィリアムが木の向こうのベンチに向かっていた。
耳が赤く見えるのは、紅葉のせいにしておこうと思いながら、ノエルは庭を後にした。
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