18.主人公マリア=テレシアの罠
久しぶりに会うマリアは元気そうだが、表情がやや硬い。
「ノエル、何だか、とても久しぶりに顔を見る気がするわ」
「そうだね。久しぶり、マリア。アイザック様は? 今日は一緒じゃないの?」
最近の傾向としては、ユリウスの名前を出すべきなのかもしれないが。
「アイザックは、ユリウス先生の所に行っていてね。その……、魔力量を増やすために最適な訓練法を知りたいって。最近、行き詰っているみたい、でね」
ゲームの中ではマリアと仲を深めるたびにアイザックの魔力量が増える。魔力量の増幅や強化には各々キーとなる感情があり、それが刺激されるからだ。例えば、マリアは慈愛であり、アイザックは信頼なのだが。
(なんだか、たどたどしい。やっぱり、アイザックルートからユリウスルートに移行したのか)
ノエルは慎重に言葉を選び、聞いてみる。
「もしかして、アイザック様と喧嘩でもしたりした? 他に好きな人ができちゃったり、とか? なのかな?」
気持ちがしょげれば、魔力も萎える。魔法はそれくらい、感情に左右される能力だ。
マリアがぷくっと両頬を膨らませた。
「喧嘩していないし、他に好きな人もできていません」
「じゃぁ、アイザック様一筋的な感じで? 良いのかな?」
マリアの顔が見る間に赤く染まる。
「そういうの、よく、わからない。でも、とても大切な人だって、感じているわ」
伏し目がちに語るマリアは、ノエルでも抱き締めたくなるくらい可愛らしい。
(さすが、私の
マリアがキリっと表情を変えてノエルに向き合った。
「それより! ノエルの方こそ、ユリウス先生を避けているでしょ? 研究日も放課後も研究室に来ないじゃない」
(マリアとユリウスの親密度を上げるために避けてました、とは言えない)
ノエルは、あからさまにマリアから目を逸らした。
「それはさ……、ほら。マリア最近、ユリウス先生と一緒にいること、多かったから、ね? 一緒にいるの、邪魔しちゃ悪いと、ね?」
「それって、どういう意味? もしかして、私がユリウス先生のこと好きになったって勘違いしてる?」
「そこまでは、さすがに。でも、仲良くなったらいいなぁって思ったりは、したかなぁ」
ユリウスルートに移行したかもと考えていたので、思っていなかったわけではない。だが、今のマリアにそれは言えない。
マリアが怒りとも呆れともとれない色の息を吐いた。
「ユリウス先生の話通りね。私は別に、ユリウス先生と険悪でも何でもないわ。なのに、どうしてノエルは、私とユリウス先生を、仲良くさせようとするの?」
「ユリウス先生に、何か言われたの?」
びくびくしながら、問う。
『どうやらノエルは僕とマリアに仲良しになってほしいみたいなんだ。だから、マリアと話してみることにしたんだよ。マリアも僕の話を聞いてくれるかい?』
「って言われて、研究室に通っていたのよ。でも、その前からユリウス先生とはお話する機会も多かったわ。私のこと、最初に褒めてくれた先生だもの」
「そう、なんだ」
ユリウスルートのシナリオでは、ユリウスは最初に主人公の才覚を見抜く。主人公が折れないように支え指導して、最終的に中和術を習得する。
(シナリオの初期イベントは、すでにクリアしていたのか。待てよ、まさか、二ルート同時進行しているのでは⁉)
最近の親密っぷりを考えると、アイザックルートとユリウスルートが同時進行している可能性もある。
(そんなの、不幸しか生まないじゃないかっ。どうしよう、良かれと思って嗾けたのに。親密度上がり過ぎたんじゃないの?)
「それで、他には?」
「他って、何?」
「だから、その。仲良くなって、一緒にいる時間が増えて、抱き締められちゃったりとか、したかなぁ、とか」
ダン、と音を立てて、マリアが立ち上がった。
「ノエル、本気で怒るわよ」
マリアの顔は、すでに怒っている。
「……ごめんなさい」
(
「ノエルが何を考えて、ユリウス先生と私を仲良くさせたっかたのか、私にはわからない。けど、ユリウス先生、言っていたわ。きっと意味があるって」
「ユリウス、先生が?」
マリアが頷く。
「ノエルはきっと、私たちのためになるから勧めるんだって。確かに、ユリウス先生のこと苦手だったアイザックも、態度が変わったの。意味はあったって、私も思う」
マリアが一歩前に出て、ノエルの両腕を掴んだ。
「だったら私にも、もっと色々相談してくれたっていいじゃない。私が嫌ならクラブの他のメンバーだって、ユリウス先生だっていい。一人で抱え込まないで、もっと話してよ!」
「マリア、待って、落ち着いて」
おおよそマリアらしくない強引な怒り方に戸惑いが先に立って言葉が出ない。
「魔石のことだって、一人で抱え込んでいたんでしょう。ノエルが一人で苦しんでいる時に何もできないなんて、私は嫌よ!」
(え? なんで魔石のこと、マリアが知って……。ユリウスか? 何で、マリアにそんな話を)
状況が整理できずに混乱する。
突然、扉が開き、何かが飛んできた。
「えぇ⁉」
腹に巻き付いた拘束魔法が、ノエルを壁に縫い付けた。
「え? えぇ? 何? 何しているんですか、アイザック様」
魔法を放ったのはアイザックだった。
いつの間にか現れたアイザックが、マリアに並ぶ。
(まずい、よくわからないが、なんかまずい。マリアを傷付けたとか、俺に隠れてマリアをユリウスに近づけさせたとか、感情論的不敬罪に問われんのか、これは!)
近づいてくるアイザックを見上げる。
「ノエル、すまない。俺とマリアはユリウス先生に協力することにした。俺たちなりに、君を案じた結果だ。君の意には、そぐわないかもしれない。嫌われても仕方ないと思っている」
(ユリウスに協力って、何? アイザック、そんなに怒ってたの? そりゃぁ、好きな子、寝取られかけた的な状況だもんな。怒るよな。ひぃぃ)
「アイザック様、私は別に、そういう意図でユリウス先生にマリアを推したのではなくて、ですね。あくまで才能がある子だよと言いたかっただけで」
アイザックの後ろから、ユリウスがひょっこり顔を出した。
「やぁ、ノエル、久しぶり。まだ生きていて良かったよ。全然、姿を見せないから、魔石に飲まれて死んじゃったかと思った」
身動きが取れないノエルを見下ろして、ユリウスが楽しそうに微笑んだ。
「お、お久しぶりです。こんな形の再会になるとは、思いませんでしたよ。ははは」
にっこりと笑むユリウスの顔は、明らかに怒気を含んでいる。
(アイザックより、怖い! 目がめっちゃ怒ってる。何で?)
床に座り込み、拘束魔法で壁に固定されているノエルの前に、ユリウスが屈んだ。
「僕は君のお願いを聞いてあげたよ。マリアともアイザックとも仲良くなれた」
「それは、何よりだと、思います」
ユリウスの指がノエルの顎を上向ける。
「だから今度は、僕のお願いを、ノエルに聞いてもらおうと思ってね。二人に協力してもらったんだ。君を捕縛してってね」
「捕縛? 何で?」
「ノエルが、逃げるから。逃げられないように、印を付けておかないとね」
「印って……っ!」
ユリウスがノエルの左手を取り、薬指に指輪をはめた。
ノエルの足下に魔法陣が浮かび上がる。ユリウスが、指輪の上に手を翳した。
『汝、災いから逃れる糧となれ。主を守る盾となれ。傷を癒す闇となれ』
(魔法陣に、詠唱。魔道具にユリウスの魔力を込めているんだ)
魔法や魔術は陣や詠唱がなくても使えるが、魔道具を含め、それらを重ね合わせることでより強力で複雑な術となる。
魔法陣から流れ出る気が魔力の柱となって立ち上る。
(なんて魔力量。指が、熱い。息が、できない)
最後は風になってノエルの髪をさらった。
「では、仕上げに」
ユリウスの唇がノエルの唇を塞ぐ。久しぶりの感触に、肩がびくりと震えた。
術式の終了を告げるように、風が収まり陣が消えた。
(今の、ユリウスの魔力が流れ込んでこなかった。口移しの、意味は?)
体の力が抜けて、ノエルはその場にぐったりとへたり込んだ。ユリウスの膨大な魔力量に圧倒されて動けなかった。
(文字で書くなら数行。ゲームをプレイするなら読むだけ。けど、実際に触れると、こんなにも力強い。守りの魔法なのに、怖ささえ感じる。さすが、チート設定)
ユリウスの化物じみた強さを初めて実感して、体が動かなかった。
後ろに立つアイザックも息を飲んでいる。きっとノエルと同じように感じているのだろう。
マリアがノエルの前にしゃがみこんだ。
「ノエル、ごめん。でも私、ノエルを守るためなら、どんな行動も厭わないわ」
(ユリウスに何を吹き込まれたんだろう。ユリウスに近付けさせたの、失敗だったかなぁ)
想像以上に強い主人公に成長してしまったマリアに、戸惑いを隠せない。
ぼんやりと考えるノエルの手を、マリアが握る。
「だって、今の私がいるのは、ノエルのお陰だもの。光魔法しか適性がない平民ってバカにされていた私を、悪意から守ってくれたのはノエルだった」
何種類かの属性が現れるのが普通であるこの世界の魔法適性において、マリアは一点特化型だ。今のノエルとは違った意味でのレアケースであり、だからこそフレイヤの剣に一番近い存在でもある。
だが、偉業とは結果が出て初めて認識される。現時点で属性が一つだけという事実は才能がないと受け取られ、嘲笑の的になる。
(主人公設定は確かに逆境スタートにしてたなぁ。マリアとノエルの間に、そんなエピソードがあったとは)
どうやら、事故前のノエルは自分が考えているよりずっと、準レギュラーな行動をとっていたらしい。
(前のノエル=ワーグナーも全然モブじゃない行動していたみたいだ。もしかして、均衡が崩れた原因て、ノエルなんじゃないの?)
どうやらこの世界では今、自分が考えている以上のイレギュラーが発生しているらしい。
「私もう、ノエルを失いたくない。不当な暴力でノエルに死んでほしくない。だから私も、ノエルを守れるくらい、強くなるわ」
マリアの潤んだ瞳に強い光が宿る。
(
モブのノエルにどんなに強い思いを抱いても、この世界は救われない。
「じゃぁ、私も、マリアを守れるくらい強くならないとね。あと、死なないようにしないと、だね」
マリアの手を握り返し、額をこつんと合わせた。
マリアにとってノエルは他の友人より特別な存在なのだろう。これ以上、マリアからノエルを奪ってはいけない。自然とそう、思った。
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