10.可愛い弟キャラ ロキ=オフィーリア=カーライル

 療養期間が明け、晴れて学院に復帰となった。

 入学式からはすでに二カ月以上経っているので、皆それぞれに仲良しグループのようなものが形成されている。


(学校って、嫌いだな。大して親しくもないクラスメイトと仲良しごっこするの、苦痛だった)


 休み時間はよく一人で本を読んでいた。

 作家になったのは、そのせいかもしれない。


(作家って一人で仕事できていいかもって思ったけど、案外、人と関わるんだよね。社交性も処世術も必要だし、結局、人間社会なんて、そんなもんだ)


 二十代で、そこそこの作品数を描かせて貰えていただけ、きっと恵まれていたのだろう。


(死ぬ直前は、忙しすぎてイライラしていたからなぁ。他に雑誌の連載も抱えていたし、主食はコーヒーとエナジードリンクだった)


 前世での自分を思い出す。悪態を吐きながらⅡのシナリオの直しをしていた。三徹くらいしていたので、エナジードリンクは何本飲んだかすら覚えていない。


(死因はきっと、カフェイン中毒だろうな)


 改めて、自分という人間のダメさ加減に苦笑いする。


(今の方が生活は真面だ。前と違ってゆっくり眠てる。きっと、なろうと思えばまた作家にもなれるよな。せっかく魔法ありきの世界なんだし、そういう仕事に就くのも良い)


 ふと、本物のノエル=ワーグナーを想う。彼女はどんな気持ちで死んだのだろう。彼女の心情を思うと、自分がここにいていいのか、不安と罪悪感に駆られる。


(望んで来たわけではないけど、体を貰っているのは事実だしね。最低限、ノエルに恥じぬ生き方をしないと)


 ノエルの本当の死因は、何だったのだろう。やはり、呪いだったのだろうか。まだ検討すらつかない。


(魔法で何とかならないか、ユリウスに相談してみるかな)


 ユリウスは、何か知っていそうな気がする。だが、「事故前のノエルは知らない」以上の言葉は、相変わらず言わない。頼りには出来ないかもしれない。

 それに、ユリウスは攻略対象だ。本音としては、あまり接触したくない。


(毎日毎日通ってきていたけどな。私より、マリアと仲良くなってほしいのに、上手くいかない)

 

 協力者としては頼りになるが、モルモットだと思われている節があるから、あまり歓迎する気にもなれない。


(能力の高いモブとかが協力者だったらよかったのに。せめて攻略対象じゃないサブキャラだったらなぁ)


 溜息を吐きながら学院の廊下を歩いていると、ひそひそと噂話が聞こえてきた。


「あの子でしょ? 呪いを解呪して生き残ったのって。どうやったのかしら」

「解呪なんてできる訳ないわよ。自作自演じゃないの?」

「でもユリウス先生が助けたらしいよ。嘘ではないんじゃない」


 噂にはなるだろうと思っていたので想定の範囲内だ。

 この千年、呪いを抱えたまま天寿を全うした人間は存在したが、解呪して生き残った者はいない、という設定だ。

 噂にならないほうが、世界観的にどうかしている。


(ノエルは、私が作った設定を思いっきりぶち壊したモブになってしまったな。自分のせいながら、大変遺憾だ)


「ねぇ、ねぇ~!」


 遠くで誰かを呼ぶ声がしたと思ったら、庭の方から犬が飛んできた。

 ひょい、と身軽に避けると、子犬が足元にじゃれてきた。


(トイプーかな? この世界の犬設定までは作っていないけど。てか、犬いるんだ)


 まぁ、いるだろうよな、と思い直して子犬を抱き上げる。

 人懐っこい小型犬は、ノエルの顔をペロンと舐めた。


「ごめん、ごめん。思ったより走るの速くてさ。摑まえてくれて、ありがと」


 これまた小型犬のように人懐こい笑顔が目の前に現れた。

 うっ、と顔を歪めそうになった。


(またかよ。攻略対象とは、もう三人会ってしまっているから、会うだろうとは思っていたけど)


 彼は、ロキ=オフィーリア=カーライル。

 王族であるウィリアムとアイザックの従兄弟だ。カーライル家は代々近衛兵の家柄だが、王室直下の間諜でもある。

 ロキは小柄だが武芸に長け、器用で魔法技術も高い。表裏がなく人懐っこい性格で誰にでも愛される、いわゆる弟キャラだ。


(一番やメインにはならないけど、一定以上需要のある外せないキャラ設定ではある)


 だが、それだけだと何かつまんないな、と思って加えた設定が『剣を持つと豹変する』だ。残酷なまでに無慈悲に敵を殲滅し、血に染まった顔で子犬のように屈託なく笑うロキは、猫又先生の神絵で拝むと最高過ぎて辛い。


(本物も見てみたいけど、実際見たら普通に引くから、やっぱり見たくない)


 実際に見る機会はありませんように、と心の中で神様に祈る。

 ぼんやりとロキを眺めていたら、不思議そうな顔をされてしまった。


「ああ、すみません。私に何か御用でしょうか?」


 ロキが、ノエルの腕の中の子犬を指さす。


「俺の友人の犬なんだ。逃げられて困っていたんだよ。君が抱き上げてくれたお陰で、こいつも走るのやめたし、良かった」


 にっこりと笑う顔は、何とも破壊力がある。


(推しって訳じゃないけど、ウィリアムの胡散臭い笑顔とかアイザックの儚い笑顔と違って、健全な笑顔というか。なんか眩しい)


 目を細めていると、ロキは子犬を片手で抱き上げて、ノエルの手を握った。


「学内は居心地悪くない? 庭で一緒にお茶会でもしようよ」


 耳元で囁くと、ノエルの手を引いて歩き出した。


(噂が広まっているのを知っていて、誘い出してくれたのか)


 関係上、ロキはウィリアム辺りに事情を聞いているのだろう。

 気遣ってくれているのかもしれない。


(情報提供のお礼のつもりかな。そういうのは、特に必要ないのに)


「私のこと、御存じなのですね」


 念のため、確認してみる。

 ロキが振り返って、不思議そうな顔をした。


「ノエルは有名人だよ。自力で呪いを解呪した魔術師がいるってさ」


 血の気が下がっていくのを感じた。この速さで噂が広がっているのなら、国中に広がるのも時間の問題だ。


(世界観が……二年前の私が寝ずに作った設定が、崩れてしまう。いや、それ以前に、世界の崩壊が)


 誰も成し得なかった『呪い』の解呪なんて栄誉は、モブノエルには要らない。

 ノエルの青い顔を察して、ロキが付け加えた。


「でも安心して。学内には広まっちゃったけど、緘口令が敷かれている。国王の命だから逆らえば死罪だし、学生も家族にすら話せないから」


 笑顔で怖いことを言ってくれる。

 しかし、少しだけ安心した。


(現国王は女性。ウィリアムとアイザックの母親だ。フレイヤの剣を手にした唯一無二の聖魔術師ジャンヌ)


 聡明で利発な彼女なら、そのあたりの守備は問題ないだろう。

 女神フレイヤに愛され、つるぎに選ばれた現代の継承者。剣の後継者は王族に入っても、必ずしも国王になる訳ではない。

 元々王族で婿取りだったこともあるが、彼女がそれだけ有能である証拠だ。


(アイザックルートなら確実に、次代後継者はマリアだ)


 物語の後半、フレイヤの剣は必須アイテムになる。前半の『呪い』の解呪は前哨戦のようなものだ。だからこそ、マリアには中和術を何としても習得してもらわねばならない。


(まぁ、あの主人公マリアは利発そうだし、問題ないかな。ジャンヌと性格が似ているし。それにしても……)


 学内に噂が広まったのは、何故だろうかと不思議に思う。事件が起きたのは夜で、ユリウスも関与していた。あのユリウスが王室に報告を怠るとは思えない。


(緘口令を敷くほどに厳しく情報を制限するくらいなら、学内に広まる前にどうにかできたんじゃないのかな)


「あの、ロキ様」

「ロキでいいよ。もっと気軽に話しかけてくれて、いいからさ」


(曲がりなりにも貴族相手なんだけどな。ノエルは平民だし、私はマリアと違ってモブなんだが)


 良いというのなら仕方がない。

 あまりに意固地にしても逆に気を遣わせてしまう。


「では、ロキ。どうしてここまで噂が広まってしまったのでしょうか? 事件があったのは夜で、人目に付く時間だったとも思えません。私の部屋は奥まっていて門からも遠いですし、秘匿できる範疇に思えます」


 ロキの纏う空気が変わった。

 少しぴりっとした雰囲気に、やはり戦士なのだと実感する。


「やっぱりノエルも変だと思うよね。俺も変だと思う。もっと変なのは、誰の意図で誰が動いているのか、わからないこと」


 ノエルは首を傾げた。


「滅多な話は学院内でもできないってこと。だからさ、場所を移そう。アイザックのためにもなるし、君のためにもなる話だよ。一緒に来てくれる?」


 振り返った顔は笑っているが、目が真剣だ。

 学内に不穏な動きがあると言いたいのだろう。


(設定上、間諜スパイがいるのは確かだ。存在に気が付いているのは流石だが、誰の間諜かまでは、さすがにわからないか。まだ序盤だもんな)


 俯くノエルを、ロキがじっと見詰めている。

 ノエルが顔を上げると、ロキの顔が華やかに笑った。


「ノエルって、小さいね。俺は男の割に小柄だからさ。俺より小さい女の子見ると、可愛いなって思う」


 迂闊にも、その笑顔にときめいてしまった。

 確かにロキは小柄設定だが、他の攻略キャラの身長が高すぎるだけで、低身長という訳ではない。


(君も一七〇以上あるでしょうが。ノエルが、やけに小さいだけだよ。君より小さい女の子なんか山ほどいるわ)


 測っていないが、マリアと比べてみるに、おそらくノエルの身長は一五〇そこそこといったところだろう。


「私はもう少し、大きくなりたかったです」


 ぼそっと答える。

 ロキが、ノエルの顔を自分の胸に押し当てた。


「うん、ちょうど良いよ」


(何が???)


 あんぐりと口を開けて佇むノエルの手を、ロキが握り直す。


「早く行こう。皆、待ってる」


 笑顔が眩しい。ノエルは素直にロキに連行された。

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