13 変化への恐怖!

「……はあ」


 家に帰ってきてため息が漏れる。

 志月が女になってから1週間。英気を養おうとデパートに誘われ数日ぶりに再開した友人は、率直に言って女の子そのもの、といった感じだった。

 服は星奈と一緒に買ったワンピースを着て、目をキラキラさせながら甘い物を美味しそうに頬張る姿を着て見て男と答える人がどこに居るだろうか。これじゃ、端からみればデートみたいに見えてもおかしくないだろう。星奈の冗談が笑えない。

 ゲームの中で敬語を使っている時はますますだ。


 しかも、本人の反応を見る限り自覚がほぼ無い。

 まだ1週間でこれとなると、もっと時間が経ったら志月はどうなるのか。それは本当に志月なのか。あまり良い想像が出来ない。けど……


「……何があっても志月は志月だよな」


 だってそうじゃないか。あんな姿になっても信じたじゃないか。だから心配する事はないと、自分に言い聞かせる。

 それなのに、少しの胸騒ぎがするのは何故だろうか。


 ◇


 家に帰って、疲れがドッと湧いてきた。何のために出かけたのか……仕方なく軽い仮眠を取る事にした。


 ◇


 目を覚ますと、学校の女子制服を着て通学路を歩いていた。理由は分からないが、体が勝手に動く。


「志月ちゃん、おはよう」

「おはよう」


 星奈に挨拶する。


「そう言えば、最近教えてもらった化粧が上手くなったよ。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 ……は? 何を言っているんだ俺は。そんな事してないぞ。そんな俺の意思に反して勝手に口が開く。


「段々俺も女の子らしくなってきたかな?」

「志月ちゃん、また俺って言っちゃってるよ」

「あっ、しまった。私だよね。どうしても癖が抜けなくてさ」


 そんな癖は抜かなくていい。自分が自分で無いようで酷く気持ち悪い。これじゃまるで女の子になろうとしているみたいじゃないか。そんなのは嫌だ。


「おはよう、志月」

「ああ、和希……くん。おはよう」

「最近のお前が女の子みたいになろうと努力しようとしてるのは知ってるけどな、無理はしなくて良いんだぞ?」

「別にしてないから大丈夫だよ」


 和希くん? そんな距離感のある呼び方をするのはやめろ!


「そうか。そうだよな、女の子になりたいんだもんな……」


 やめろ。やめてくれ。そんな淋しそうな声を出さないでくれ。なんで和希と距離が開いてしまうような事をするんだ、この俺は。自分で自分の行動が理解し難い。


「いつか、普通の女の子になりたいなあ。それで……」

「それで?」

「……ううん、何でもない! 忘れて!」


 そこまでしてやりたい事なんてないだろ。なあ。お前は何を考えているんだ? 聞かせてくれ、頼むから。教えてくれよ……


 ◇


 目が覚めると、全身が汗まみれだった。内容は覚えていないが、酷く嫌な夢だった気がする。

 そんな悪夢を見る原因になったのは、きっと和希のあの発言だろう。


「女の子にしか見えない、かあ」


 正直少しショックだ。俺は男という自覚があるし、今の身体の違和感も取れていない。けど甘い物が好きになったという指摘は確かに正しい。女の子に寄っていっているのは本当じゃないかと思う。


「しかも、それだけじゃないよな」


 これは和希が指摘しなかった点。確かに甘い物が美味しかったのは事実だが、そもそも甘い物では無かっただけで男の頃も同じくらい美味しい物を口にした事は当然ある。にも関わらず、あれほどテンションが上がるのは元の自分を考えれば異常だ。女の子になって好きな物が変わったからとか、そういう問題じゃない。


 リビングの鏡を覗き込む。そこに映るのはここ数日で見慣れた中学生くらいの少女の姿。


「もしかして、体に感情が引っ張られてる?」


 だとしたら納得すると同時に、少し恐ろしい未来が想像出来てしまう。このまま体に引っ張られていくという事はつまり、どんどんメンタルが中学生になり、更に女の子らしくもなっていくかもしれないという事だ。そうしたら今の自分はどうなるんだろうか。どんどん女の子らしくなる事に抵抗が無くなるんじゃないか。最悪、男としての自分が消えてしまうんじゃないか。そんな考えが頭を過る。


「……大丈夫」


 根拠が無くてもそう思い込み、シャワーを浴びてからさっさとPPOに入る事にした。そうでもしないと、この一度見つけてしまった恐ろしい可能性から目を背ける事が出来ない気がしたから。


 ◇


「あ、ムーンだ」

「カリン、お待たせ。他のみんなは?」

「まだだよ」


 まだ集合時間までは結構ある。むしろ星奈が早い。


「この時間まで何してたんだ?」

「弓のスキル上げ。あと遠距離射撃の練習」

「これ以上に上達するつもりかよ」


 うーん、ただでさえ現在のPPOプレイヤーの中では上位の実力なのにこの先どうなるのか。末恐ろしい。


「で、ヤマトとのデートはどうだったの?」

「うるさい」

「痛い! ビンタしなくても良いじゃん!」


 ニヤニヤしながら言うので引っ叩いた。こっちの悩みも知らないで……


「時間まだあるし、どっかの店で個室入るか」

「良いよー」


 基本的に俺、和希、星奈の3人のメンバーだけで入る時は専ら個室にしている。理由は俺が遠慮なく素を出せるからだ。敬語を使えば違和感は無いとはいえ、やはり知っているメンバーの中では気楽に話したい。


「はあ、疲れた」

「大丈夫? これから攻略なんだけど。英気を養うんじゃなかったの?」

「いや、そのつもりだったんだけどさ。嫌な事に気づいて」

「良ければ聞くよ」


 そう言って星奈が気遣ってくれる。


「なあ、星奈。俺が女の子になったらどう思う?」

「どう思うって、そもそも実際なってるし」

「……言い方が悪かった。立ち振舞いとか価値観とか考え方とか、そういう所が女の子になったら、って話」

「なるほど。そうだね、それは考え方にもよると思う」


 星奈が言葉を選びながら続ける。


「同じ女の子や男の子って言っても1人ずつ考え方が違う訳でしょ? それに、普通に生きていても価値観が変わることはあるし、それを考えたらどうなっても志月は志月だと思う」

「そうか……」

「それとも、女の子に変わるのが怖いんじゃなくて、女の子になった結果で周りが変わっちゃうのが怖い?」


 周りが変わる。確かに、意識はしていなかった。


「例えばさ、志月が本当に女の子みたいになっちゃったら、私の志月に対する態度は多分それに合わせて変わっちゃうよね。そういうのが怖いんじゃないかな?」


 ……言われてみれば、図星だった。そして、関係が壊れると怖い人は、1人しか思い浮かばない。


「人って不思議だよね。お互いに大切な人であればあるほど、大きな変化があると怖くて踏み出せなくなっちゃう。だから和希との関係で悩んじゃうんでしょ?」

「人の心を読むんじゃない」

「私じゃなくても2人を知ってれば誰でも分かるよ。顔に書いてあるしね」


 そんなに顔に出てるかな、ポーカーフェイスは得意な方なんだけど。これもやっぱり、体に引っ張られてるのかなあ……


「ま、安心して。私も出来る限りのサポートするからさ! なんなら恋のお手伝いもするよ!」

「いくら女の子になったとしてもそれは絶対無いから安心しろ」

「えーっ!?」


 確かに和希は大切な親友だけどまかり間違っても恋人とかの対象にはならない。同性とか抜きにしてもだ。


「ま、いざという時は頼らせてもらうよ。気遣いありがとな」

「気にしなくて良いよ、友達だもん。その代わり、私が困った時も助けてね」

「はいはい」


 星奈の思いやりに感謝しながら、丁度のタイミングで届いた集合通知を見て俺達は個室を後にするのだった。

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