第30話 その頃ラヴァル王国は

「バカ者!! どうしてアデリーナを国外追放なんてした!」


 ラヴァル王国の王は最近寝込みがちで、表に出ることは無かった。


「でも父上……ハンナのことは許すと……」


 久しぶりに起きて来た父に、ヘンリーは驚きながらも言い訳をする。


「側室としてだと言っただろう! まったく、伯爵令嬢などに手を出しおって! このバカ息子!」

「しかし父上、ハンナは治癒の奇跡を使う聖女です。何もしていないアデリーナより、よっぽどこの国に貢献しているではないですか! 俺もあんな気味悪い女より、ハンナの方が……」

「愚か者!!」


 自分の言い分だけを述べるヘンリーを王は一喝した。


「アデリーナの力が無いと、この国は魔物に襲われる。そんなこともわからんのか!」

「しかし……」

「失礼します!」


 ヘンリーが言い返そうとしたところで、騎士が慌てて入って来た。


「どうした」

「はっ! |我が国の≪・・・・≫国境沿いに、魔物が出現しました!」

「はあ?」


 騎士の報告に、ヘンリーは信じられない、といった顔をしたが、王は溜息を吐いて言った。


「やはりか……。何としてもアデリーナを連れ戻さないと……う……」

「父上!」


 久しぶりに起き上がった王は、疲労からか、倒れそうになった。その場にいた騎士に支えられる。


「……ヘンリー、丁度今年はオルレアンで調印式がある。アデリーナをなんとしてでも連れ戻すのだ」


 そう言い残し、王は自室へと下がって行った。


「……どうしよう……」


 オルレアンには、アデリーナが犯罪者だと書状を送ってしまった。いまさら自国へ戻したいなどと言えない。


「ごきげんよう、ヘンリー様」


 頭を抱えていると、ハンナがヘンリーの部屋を訪ねて来た。


「ハンナ! 君の言う通り、オルレアンに書状を出したんだが、父上が! どうしよう!?」

「ヘンリー様、落ち着いて。一から説明してください?」


 慌てるヘンリーの胸を撫でるように、ハンナが至近距離で言った。


「うん」


 ヘンリーは口元をだらしなく緩めると、ハンナに説明した。



「まあ、アデリーナ様にそんな力があったなんて!」


 ヘンリーの話を聞いたハンナは驚いた。しかし、魔物の出現は貴族間ですでに通達されており、ハンナも知っていた。


「どうしよう、ハンナ? 俺は君しか愛していないし、アデリーナだってもう死んでいるかもしれない」

「落ち着いて、ヘンリー様」


 ハンナがヘンリーの頬にちゅ、とキスをすれば、彼はでれっとした顔をする。


「まず、アデリーナ様にそんな力があったのなら、オルレアンで魔物に殺されることはまずありません。次に、オルレアンは移民も受け入れる良心的な国です。いくら犯罪者だからといえ、いきなり死刑にはしないでしょう。せいぜい強制労働です」


 説明するハンナの顔を、ヘンリーがうんうんと頷きながら見つめている。


「調印式の時に、恩赦だとか言って、アデリーナ様を引き渡してもらいましょう」

「さすがハンナ……! しかし、父上はあいつを王太子妃にしようと」


 顔を輝かせたヘンリーは、すぐにしゅんとしてみせた。


「ヘンリー様。陛下はご病気で、実質、実権を握っているのはあなたです。アデリーナ様は神殿に監禁でもして、力だけ使わせればいいのです」


 ヘンリーの耳元でハンナは囁き、彼の首筋を指でなぞった。


「はあ、ハンナ……君はなんて頭が良いんだ。最高だよ」


 興奮したヘンリーはそのままハンナをソファーに押し倒した。



「……ほんと、顔だけの能無し王子ね」


 二人はその後、ベッドに場所を移していた。


 幸せそうに眠るヘンリーを眺め、ハンナは口元を歪めた。


「私が国母になり、フルニエ伯爵家がこのラヴァル王国の頂点に立つのよ」


 ハンナはこれまでの道のりを思い返し、ほくそ笑んだ。


 ヘンリーの女遊びは王によって秘匿されていたが、部屋付きのメイドがフルニエ伯爵家にも出入りしており、運よくその情報を手に入れた。


 デビュタントを控える娘がいたフルニエ伯爵家は、ヘンリーの好みを徹底的に調べさせ、娘のハンナに叩きこんだ。


 思惑通り、ヘンリーはハンナにメロメロになった。伯爵家を無視できない国王だったが、それでも認められたのは側室としてだった。


 無能なヘンリーに入れ知恵をして、ハンナは大聖女になった。アデリーナとの婚約破棄も実行させ、順調だった。


 国王が体調を崩していることも、フルニエ伯爵家で情報を入手しており、ヘンリーが好き勝手できる隙を突いて進めてきたのだ。


「まさか、魔物が本当に出るなんて……」


 アデリーナの力は都市伝説だった。ハンナもこればかりは計算外だった。


「まあ、罪人として仕立て上げたのだから、神殿で一生飼い殺しにするくらい、わけないわ」


 ハンナは改めて、全てが順調にいくことにほくそ笑んだ。


「あとはあの子ね……」


 ヘンリーがメイドと関係を持っていたことは、国王すら知らない。

 もちろん、ヘンリーは避妊をしていた。


 しかし一人だけ、酔っていたとはいえ、心を許し、関係を持ったメイドがいたと、ヘンリーとお酒を交わした時にハンナは彼から聞いた。


 アデリーナに婚約破棄を言い渡そうと計画していた前日に、そのメイドが目の前に現れた。


 お腹を見れば、一目瞭然だった。


 ハンナはミアに、ヘンリーはメイド全員とそういう関係を持ったと嘘を伝えた。ヘンリーには、「王太子妃を狙うため、他の男との子供を偽るつもりです」と、これまた調べたかのように嘘をついた。

 

 実際、ミアの子供が誰の子かなんて、ハンナにはわからなかった。


 ヘンリーを唆し、騎士団を差し向けさせた。神殿で追い詰めた、というのは報告にあがっている。


 しかしミアはこつぜんと姿を消した。それがアデリーナと同時期であることが、ハンナの心をざわつかせていた。


「ここまで来て、誰にも邪魔なんてさせない……」


 眠るヘンリーに視線を落とすと、ハンナは爪をぎりりと噛みしめた。


 


 

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