第17話 水脈
「お嬢、こっちです」
皆が寝静まった頃、私は宿を抜け出した。
一足早く外で待っていたオーウェンがランタンを手に合図をする。
「この町の水源である川は、あそこのローアン山からの雪解け水が川になって流れているようですね」
オーウェンが指さした方角は暗くて遠くまでは見えない。
このオルレアン帝国は山々が連なる国。隣接するラヴァルと逆方向に連なる山脈は鉄壁の要塞とも言える。
私は前もってこの町を調べて回ってくれたオーウェンの案内で川へと歩き出す。
帝都近くのこの町は、小さいながらも商店が立ち並び、活気があった。
「深夜になるとさすがにシンとしてるわね」
明かりが消えた町は静まり返り、到着したときの賑わいが嘘のよう。
「……この国は深夜に外へ出る人はいないんですよ」
「……魔物が原因?」
オーウェンの言葉に私はこの国の現状に胸を痛めた。
私がこの国に来て、六日。この国の瘴気を浄化するには、中心地である帝都でひと月くらいかけないとダメだと肌で感じた。
「師匠に聞いたんですが、騎士団による討伐で安定していたこの国は、八年前に魔物が活発化しだしたらしいです。騎士団長もその頃に足をやられたみたいですね」
8年前といえば、国境のエルノー領で私と母が力を使っていた頃。そして、オーウェンが家族になった年だ。
(手が回っていなかったんじゃなくて、魔物が活発していたからなんだわ)
「さらに二年前、国境沿いに大量の魔物が現れるようになったらしいです」
「二年前……」
両親が亡くなった頃。やはり、お母様の浄化が届かなくなったのが原因だろうか。
「それで団長は調査のためラヴァルに潜入していたようですね」
「なんでラヴァル?」
(何で国境沿いの調査じゃなくて、ラヴァルに潜入なんて危険な真似をしたんだろう)
私の疑問に、いつも飄々としているオーウェンの表情が硬くなるのがわかった。
私たちはいつの間にか川に到着していた。でもオーウェンは浄化を促すことは無く、淡々と話し始めた。
「……お嬢、どうやらラヴァルが意図的にオルレアンに魔物を差し向けているようです」
「え?! そんなのどうやって……」
オーウェンの言葉にぎょっとした。
ラヴァルは私の浄化の加護で魔物が寄り付かない国。どうやって魔物に接触するのだろうか。
私の疑問に、オーウェンは固い表情を変えないまま言った。
「……それはわかりません。団長は何か掴んだのかもしれませんが、よそ者の俺たちには教えてくれないでしょう」
「ラヴァルが……」
私が守っていた国が隣国を害していたことにショックを受けた。
(国王陛下も聖女の派遣計画に賛成してくださっていたのに……)
もしかしたら、ラヴァルにも王家を簒奪しようとする不穏な動きがあったのかもしれない。貴族の中には昔の戦争を引きずり、オルレアンと友好を結ぶことをよく思っていない者もいると聞いた。
「お嬢……、その魔物を差し向けた奴とエルノー夫妻を暗殺した奴が同一の可能性が高いです」
「え……」
この国で静かに生きていこうと思っていたのに、奥に押し込めた憎しみの感情が足裏から体中に駆け巡っていく気がした。
「俺は騎士団に入って、手柄を立てて出世します。そうしたら真実に辿り着けると思うから」
「オーウェン……ダメ……ダメだよ。あなたはこれから自分の人生を生きないと」
オーウェンの言葉に私はドロドロした感情から我に返った。
「いえ、お嬢。俺はオルレアンに来たのも導きだと思っています。ラヴァルで膠着状態だった情報が、今こうして俺の元で動き出した」
「だからって危険な真似は……」
「大丈夫ですよ。ラヴァルで探る方が危険なんで」
さらっと答えるオーウェン。
オーウェンはずっと一人で危ない目に合いながら両親のために探ってくれていたのだろうか。
「お嬢、俺はエルノー家が大好きでした。こんな俺を引き取ってくれて、従僕になったはずの俺にも分け隔てなく育ててくれて……。貴族のくせに少ない使用人たちとも家族のように暮らして温かいエルノー家が」
「オーウェン……」
オーウェンが恩義を感じてくれているのは知っていた。でも、彼の真剣なこんな想いを聞くのは初めてだった。
「俺は、真実に辿り着いて、絶対にそいつを殺します」
「オーウェン……」
復讐になんて生きて欲しくない。そう言いたいのに、いつもと違うオーウェンの空気に私は何も言えなくなってしまった。
「お嬢はこの国で幸せに生きてください」
「……ずっとついてきてくれるんじゃなかったの?」
急に突き放すような言い方に、私は不安になって聞き返した。
「……いますよ、ずっと。……お嬢の側に」
オーウェンは静かな笑みを湛えると、いつもの表情に戻った。
「さ、ちゃっちゃっと浄化しちゃってください。抜け出したのは逢引きだって誤魔化せますけど、こんな所を見られたら言い訳出来ないですからね」
「あいびっ……」
とんでもないワードが飛び出し、私の頬が染まる。
オーウェンは「慣れてください」と言葉に出さなくともわかるくらい意地悪な顔をしていた。
(大丈夫だよね?)
彼がいなくなってしまうんじゃないかと心配した私は、いつものオーウェンに安心する。
「じゃあオーウェンは見張ってて」
「了解です」
オーウェンにそう言うと、私は川に手を浸した。
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