第8話 騎士団長
「エクトル~」
「アパタイト!」
アパタイトのおかげで素性のしれない私まで、部屋の奥まで止められることなく入って来た。
エクトルさんはベッドから上半身を起こすと、擦り寄せたアパタイトの頭を撫でた。
「あれ……貴女は……、そうか私の願いを聞き届けてくれたんだな。ありがとう」
私に気付いたエクトルさんが穏やかに笑みを向けた。
優しそうなホリゾンブルーの瞳は美しく、少しどきりとしてしまう。
あの時は必死だったけど、改めて見る彼の整った美貌に圧倒されてしまう。アパタイトと並ぶと余計に絵になる。
「違うよ。リーナ、僕の魔力で治癒の奇跡、使える。それでエクトル治したよ」
「ちょ……アパタイト」
アパタイトがデリケートなことをさらっと言ってしまい、私は焦る。
「……! 君は聖女なのか? ならばここにいてはいけない」
エクトルさんは私を糾弾するどころか、心配をしてくれた。
(なんて優しい人なんだろう)
彼の人柄に、アパタイトが大切に想う理由が納得できた。
「大丈夫ですよ」
私は彼ににっこりと笑ってみせた。
お母様からは、オルレアンに力を使っていることは隠すように言われていた。
昔、両国で戦争になった際、ラヴァルは聖女を独り占めにして他国に渡らないようにしたのだとか。
その血が途絶えたオルレアンに聖女はいなくなったが、代々の帝王の手腕により今の強大な国になったのだとか。
国境沿いの惨状を見て来た私は、オルレアンや近隣諸国にも聖女を派遣すべきだと提言していた。
国王陛下は、私が王妃に就く頃には体制を整えると仰ってくださった。私にその指揮を任せるとも。
実際に少しずつ他国に聖女が派遣されるようになったと聞いていた。オルレアンとの関係は難しく、そこが最後になりそうだとも。
私はあのバカ王子が王になり、立后する頃には理想を実現出来ると信じていた。……数日前までは。
国外追放されたのだから、ここにいても咎められない。もう表立って理想を実現することは叶わないけど、オルレアンをこっそり浄化することは出来る。
「私の力は、アパタイトから聖魔法を受け取らないと発動しないみたいです。実際私は聖女ではなく、ただの商家の娘でしたので」
浄化は出来るが、実際、治癒の奇跡はアパタイトから力を貰わないと使えない。嘘は言っていない。
「そうか…。そんなことが……あ、まだお礼を言っていなかったな」
エクトルさんは私の話に驚きつつも、ベッドから降りた。
「私はエクトル。この度は私の命を救ってくれて、ありがとう……ええと」
すらっと伸びた身体が私の目の前で綺麗に弧を描いた。顔だけ上げ、上目遣いに私を見るホリゾンブルーの瞳に、思わず見惚れた。
「あ……ええと……リーナです」
名前を問うその瞳に吸い込まれそうになりながら私は答えた。
「リーナ殿。この御恩は必ず。一応、私は騎士団団長の任に着いている。もし自国に帰られるのなら国境まで護衛しよう。この地は魔物が出やすいから」
国境の駐屯地なので、ラヴァルはまだ目と鼻の先。それなのに送り届けると言ってくれる彼は、真面目でやっぱり良い人だ。
「いえ……あの、私はオルレアンに移住したくて来ました。それで、騎士団で働けないかと……」
「リーナ、騎士団に来る~! 僕、口利きする!」
団長のエクトルさんに話を通すのが早そうだと説明を始めると、アパタイトも約束通り加勢してくれた。
「……聖女がこの国に来るのは大歓迎だが……アパタイトも懐いているようだし……」
エクトルさんは困惑した表情で、「でも」と続けた。
「ラヴァルは魔物も出ない平和で裕福な国。なぜわざわざ魔物が出る我が国に?」
そうなりますよね、と私はさっき考えたばかりの設定を説明する。
「ええと、結婚を反対された相手と駆け落ちをしてきまして……」
我ながら考えた設定に恥ずかしくなり、私はごにょごにょと言う。
「そう……か……。貴女には決まった相手がいるんだな」
エクトルさんはなぜか目を大きく見開くと、眉尻を下げて静かに微笑んだ。
「なら、仕事の斡旋は私に任せて欲しい。アパタイトも貴女と別れがたいみたいだし」
「本当ですか?!」
エクトルさんの言葉に私は顔を輝かせた。
「リーナ、やった! 僕とまた一緒だね~。オーウェンも一緒~?」
アパタイトがもふっと私に頬を寄せた。
「オーウェンも入団試験を受けるって言ってたよ。ふふ、オーウェンは強いから大丈夫でしょうね」
ふわふわの毛並みに思わず笑みがこぼれる。
「……そのオーウェンというのが貴女のお相手ですか?」
「はい」
何故か元気のないエクトルさん。病み上がりだからかな。
「騎士団は実力があれば上にいける。それでも最初は苦労するだろう。苦労してでも一緒になりたい相手なんてうらやましいな」
「エクトルさんにはそんな相手がいないんですか?」
寂しそうに言うエクトルさんについ聞いてしまった。
綺麗な顔立ちで、とってもモテそうなのに。婚約者がいてもおかしくない。
「私は……この身体だからね」
苦笑して、私の側まで歩いてみせたエクトルさんは、足を少し引きずっていた。
「怪我を……?! 痛むんですか?」
私は慌ててエクトルさんを支えるように駆け寄った。
「いや、大丈夫だ。ありがとう。これは魔物から受けた瘴気で左足が思うように動かなくなっただけで、痛くはないんだ」
「あ……ごめんなさい!」
大丈夫だとわかり、見上げた彼の顔が近くて、私は慌てて謝罪して離れた。
「それに、私にはアパタイトがいるから」
「僕がエクトルを助けるから~!」
エクトルさんを支えるようにアパタイトが彼の後ろでふんす、と言った。
治癒の奇跡は怪我を治せる。でも魔物の瘴気による病気や怪我は治せないとお母様から聞いた。だからこそ、ラヴァルに魔物を入れるわけにはいかないと。
「ねえ、アパタイト……」
そこまで考えて、私はある仮説を思いついてしまった。
「なあに~?」
私に呼ばれたアパタイトが、にこにこと顔を近づける。
「アパタイトに聖魔法の力を貰えば、エクトルさんの足を治せないかな?」
「え~? 治癒の奇跡で瘴気を浴びた病は治らないよ?」
首を傾げるアパタイトに私は目で訴える。
「そうか! リーナの浄化……むぐっ」
閃いたアパタイトがうっかり口を滑らせようとしたので私は慌てて彼の口を塞いだ。
「リーナ殿?」
私たちのやり取りを不審に思ったエクトルさんがアパタイトの後ろから覗き込む。
(今の、聞かれてないよね……?)
私はエクトルさんに向き直ると、意を決して言った。
「アパタイトの力があれば、エクトルさんのその足、治せるかもしれません」
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