第6話 オルレアンへ
「お嬢って、何で次から次に人を拾って来るんですかね?」
戻って来たオーウェンと落ち合うと、彼は呆れながらも笑って言った。
エクトルさんはアパタイトの背に乗せ、ゆっくりと森の中を進む。
「いや、でも、まだ三人じゃない……」
「俺、フェンリルって初めてみましたよ~! いや~お嬢といると人生、刺激的ですね~」
私の言葉を無視してオーウェンが笑う。
「オーウェンも良い人~」
「ん? こいつ、何か言いました?」
アパタイトが鼻を鳴らして言ったが、オーウェンには通じない。
(やっぱり他の人には言葉がわからないんだ……)
「ねえねえ、オーウェンも騎士団、来る?」
「うーん、どうだろう?」
アパタイトが嬉しそうに聞いてきたけど、この先は彼の人生だ。逃げ切れたら自由にしてあげたい。
ふと彼を見る。アパタイトの言葉がわからないオーウェンはこちらを見て、頬を膨らませていた。
私は謝罪をして、これからのことを話す。
「オーウェン、ここから先私は、リーナと名乗るわ。アパタイトが口利きしてくれるらしいから、騎士団で仕事を探そうと思う」
「ふーん、じゃあ俺も騎士団に入ろうかな?」
私の話を聞いて、オーウェンが腕を頭の後ろに回して言った。
「うん。オーウェンほどの人なら入れるんじゃないかな? しっかりね」
「何別れみたいなこと言ってんですか? お嬢が行くから俺も行くんですよ」
「へっ?!」
オーウェンが半目でこちらを見ていた。
「お嬢、あのミアって子を最後まで面倒見る気ですよね? それなら俺の稼ぎも足しにしてください」
「でも……祖国に帰ってきたのよ? 私はもう侯爵家の人間でも大聖女でもないのに……」
私の言葉を聞いて、オーウェンがにかっと笑った。
「お嬢に助けられたあの日から俺の故郷は、お嬢がいる所です。まだ恩返しさせてください」
「オーウェン……」
義理堅いオーウェンに胸が熱くなる。
私たちは姉弟のように育ってきた。別れるのは私も寂しかった。
「ありがとう、オーウェン」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。
そうこうするうちに国境線に明かりを見つける。オルレアンの駐屯地だ。
「ミアは保護してもらってますよ」
オーウェンの言葉に安堵し、私たちは国境を越えて駐屯地に辿り着いた。
「おい! アパタイト様が戻られたぞ!」
「何?! 団長もご一緒か?」
アパタイトの姿を見つけた騎士たちがざわめき、一斉に集まって来る。
「アパタイト……様?!」
「ふふん、僕、偉いみたいだよー?」
アパタイトの周りの反応に驚愕する。話し方が子供のようなので、思わずラフに話してしまっていたが、彼は幻の聖獣、フェンリルなのだった。
「あ、アデ…………リーナは様付けないでね? 僕たち聖魔法を受け渡しする仲なんだから!」
「ははは……」
今更ながら恐縮する私。誰に聞こえずとも約束通り名前を隠そうとしてくれるアパタイト。
私は思わず乾いた笑いをする。
「団長!」
駆け寄って来た騎士たちによってエクトルさんがアパタイトの背中から降ろされる。
「貴女が助けてくれたんですか」
駐屯所の中へと運ばれていくエクトルさんを見送っていると、そこに留まっていた浅緑色の髪の騎士が私に言った。
「そうだよー、ユリス」
私が答える前にアパタイトが私の身体に鼻をすり寄せながら言った。
「ちょ、アパタイト……」
じゃれるアパタイトにくすぐったくて思わず名前を呼べば、目の前のユリスさんが固まる。
「……どうしてアパタイト様の名前を……?! しかもそんなに懐かれて……」
「エクトルさんを助けたから……でしょうか? ええと、ユリスさん?」
「…………! 私と団長の名前まで……! もしかしてアパタイト様の言葉がわかるのですか?」
目を瞬くユリスさんに怪しまれないよう説明をすれば、余計に驚かせてしまった。
「ええと……」
「お嬢!」
どう説明したものかと悩んでいると、ミアの様子を見に行っていたオーウェンが走って戻って来た。
「師匠……?」
オーウェンは足を止めるとユリスさんを見て目を見開いた。
「オーウェン、どうしたの?」
「オーウェン? オーウェンだって?!」
今度はユリスさんがオーウェンの名前に反応して驚いている。
二人は信じられない、といった顔をすると、わっと抱き合った。
「オーウェン! まさかまた会えるなんて! 大きくなったなあ!」
「師匠こそ! まさか国境沿いにいるなんて思いませんでした!」
「二人、仲良し~?」
嬉しそうに話す二人にポカンとしている私の後ろでアパタイトが言った。気付いたオーウェンが顔をこちらに向けて言った。
「お嬢、ユリスさんは俺に剣を教えてくれた師匠ですよ」
オーウェンの説明に、当時、国境沿いにいた騎士たちから彼が色々教わっていたことを思い出す。
「ユリス・ハーニーです。オルレアン帝国騎士団の副団長を任されています」
「リーナです」
優しそうな緑色の目を細め、ユリスさんが手を差し出したので、私も差し出し、握手をした。
(副団長……。こんなに若いのに、やっぱりオルレアンは凄いわね)
国王陛下に疑問をもったことは無いが、ラヴァルはどこか保守的で古い考えに固執している所がある。
オルレアンのように若い人たちが国を引っ張っていけたら良いのだろうと思ったけど、あのバカ王子を思い浮かべ、すぐに無理だと悟った。
「しかしオーウェン、お前は確かアデリーナちゃんに付いて王都に行ったんじゃなかったか?」
ユリスさんの言葉に私はぎょっとした。
まさか私を覚えている人がいるなんて。
「お嬢って、お前今はその子に仕えてるのか? アデリーナちゃんは?」
「お嬢は――」
オーウェンが私をお嬢と呼び始めたのは、両親が死んでから。それまでは「アデリーナ様」と呼んでいた。
「アリー」と愛称で呼ぶ両親がいなくなり、寂しくて泣いていた私を元気づけるために呼んでくれたんだと思う。
何で「お嬢」なのよ、と私はむくれたが、彼らしくて笑ってしまったのを覚えている。
「お嬢?」
名前以外、オーウェンと打ち合わせしていなかったことに今更気付く。
首を傾げるユリスさんに慌てた私はとんでもないことを口走った。
「オ、オーウェンは商家の娘だった私との結婚を反対されて、ラヴァルから駆け落ちして来たんです!!」
「「えっ」」
ユリスさんとオーウェンの驚きの声が重なった。
「お嬢……?」
オーウェンがゆらりと半目でこちらを見ていたのがわかったけど、私は思わず目を逸らした。
(ご、ごめん、オーウェン!)
「駆け落ち~? リーナとオーウェンも仲良し~?」
ずっとわたしの後ろにいるアパタイトの嬉しそうな鳴き声だけがその場に響いた。
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