第40話 マルコはセディークと目が合った
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「他国では転生勇者が強い武具や防具を身につけて強くなりすぎ国内の軍事バランスが崩れる事態があるやに聞いております。与える物を縛ることで転生勇者様を管理しようとなさっているのだと理解しておりました」
そう、ラウンデルが言葉を続けた。
「親衛隊からは?」
セディークはセーブルの顔を見た。
ぶんぶん、と、セーブルは顔を振る。
「いくら何でもどこからも誰からもまったく払っていないということはないだろう。金が無けば生きていけぬ。転生勇者様だって、さすがに言ってくるはずだ。オフィーリアが、うまく工面しているのではないか?」
「であるならばそれこそ、ちゃんとしろ、と私が叱られているはずです」
ダンの言葉に王国の重鎮たちは困った顔を見合わせた。
「シレン、奥ゆかしいから自分では絶対に言いだせないと思う。少なくとも衣食住は揃ってるし」
マルコは断言した。
儀礼用につくられた衣服と、戦士団食堂での食事、女戦士団寮の三点セットだ。
贅沢さえ言わなければ十分に生きていける。命の危険も無い。
それにシレンは転生者なのだ。異世界で贅沢など言えるわけもない。
「儂、ブラックじゃん」と、セディークが頭を抱えた。
「転生勇者様にどう説明したものか」
別に今更説明などしなくても良いと思うが詐欺まがいではない良心的な商売を旨としてきたセディークにとって一方的な搾取は自身の美学にそぐわないのだろう。ウイン・ウインな関係の構築が目指すべき商売の道である。
そのうえ転生してきたばかりのシレンに対して『転生先が、このアスラハン王国であったことを決して後悔はさせませぬ』と大見得を切った過去がある。
「誰か」と、セディーク一世が誰か頼りになる者はおらぬかと重臣たちを見回した。
皆、素早く目をそらす。
自分は無関係のつもりのマルコは王たちのやりとりを眺めているだけだ。
マルコはセディークと目が合った。
「ではマルコ」
白羽の矢はマルコにぐさりと突き刺さった。
「おぬしから転生勇者様にうまく伝えられぬものか」
「ぼく!」
マルコは白い目で王を見た。
「そういう難しい話は、ぼくじゃなくてオフィーリアさんにしてください」
「いや、オフィーリアにばれると叱られる」
どれだけオフィーリアが怖いのか!
ダンやラウンデルと同じくオフィーリアも若い頃からセディークを支えてきた一人である。
セディークには現王妃カチェリーナとの仲をオフィーリアに取り持ってもらった恩があるのでオフィーリアに頭が上がらない。
「シレンに謝るだけ? 握手会とか大会参加の説得もするの?」
「うむ」
「オフィーリアさんにばれないように?」
「もし、ばれても、せめて叱られないようにしてもらえんか。儂はダンみたいにメンタルが強くない」
「王妃の怖さも似たようなもんです」
ダンが唸った。
「そうだったか?」と、セディークは受け流す。
「待った待った。ハードルが高すぎるよ。ぼくが話さなきゃいけないことを整理するよ」
マルコは大人たちの軽口に割り込んだ。
「まず、シレンにお給料を払い忘れててごめんなさい」
「うむ」
「それから武闘大会に出席してください」
「うむ」
「握手会にも出席してください」
「ま、それはサプライズでみんなに手を振ってくれれば、それでも良いが」
「そうして、オフィーリアには王様を叱らないであげてください」
「それ一番大事。オフィーリアに伝わるとカチェリーナの耳にもすぐ入ってダブルで叱られる羽目になる」
マルコはセディークの顔を責めるように見つめて沈黙した。
何も言わない。
非難の視線で見つめられたままのセディークが不安を覚えて口を開くまで黙っている。
「どうじゃろう?」
はたして、セディークは、おずおずとマルコに問いかけた。
「説得できそうかな?」
「四つ目は、ぼくよりもスラゼントスさんが適任なんじゃない?」
「それでは俺が叱られるだろう」とダン。
マルコは呆れたように息を吐いた。
「じゃあ四つ目はオフィーリアに王様とスラゼントスさんを叱らないであげてください、ってこと?」
「うむ。二人とも叱られないようにオフィーリアと、うまく話をつけてくれ」
ダンが両手を合わせてマルコを拝んだ。
「そんなの簡単にいくわけないじゃん」
と、怒った口調でマルコは切り捨てる。
マルコはセディーク一世に向き直った。
「今後、シレンのお給料は、毎月、前月分の転生勇者親衛隊の
「高いわ!」と、反射的にセディークが言った。
「でも、もうシレンの転生経費の元はとったでしょ?」
「だからといって、そんな国家財政レベルの金を払えるか! せいぜい親衛隊の
だとしても本当は破格の大金なのだが、そもそもの分母をマルコは知らない。
「じゃあ、毎月、前月の親衛隊
「ダメだ。毎月の親衛隊の
「毎月、前月の親衛隊
マルコは、それきり貝のように固く口をつぐんでセディークを見つめた。
このまま家に帰ったらオフィーリアに全部ぶちまけるという脅しである。
だから、セディークは今すぐ決断をしなければならない状況に追い込まれた。
重要な決断を即答する羽目になった時点で交渉は敗北だ。
マルコは計算の分母を親衛隊の収入にしたがりセディークは儲けにしたがった。
一言で言えば収入から必要経費を差し引いた金額が儲けである。
当然、分母を収入にした方がシレンの給料は多くなる。
しかも収入は儲けが赤字でも黒字でも関係なく発生する。
「毎月、前月の親衛隊
セディーク一世は額に汗を浮かべて目玉を白黒させながら、ようやく口にした。
まさか安易にやっかいごとを押しつけようとしたマルコに追い詰められるような事態になるなんて想像もしていなかったに違いない。
倍にふっかけて半分譲って、もともとほしかった分だけは確実に手に入れるという厳しい商談の世界で生き抜いてきた男である。最後に半分に値切った分は意地だった。
そもそも、なぜ急に、こんなハードな交渉の場面になってしまったのだろう? 完全な負け戦だ。
「わかった」とマルコは快諾した。「それ、書面にして明日下さい。この場にいる赤マントの人たち、みんなが証人ね」
マルコは何も言えずに呆然と後ろで推移を見守っているだけだったペペロに振り向いた。
「にいちゃん、帰ろ」と、マルコは意気揚々と被告人席を後にした。
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