核心

 いかん明日菜のことはイイんだ。結城君に確認しておきたいのは花屋敷さんとの関係だ。


「・・・璃子の話は堪忍して欲しい」


 当然だけど名前呼びか。つうか花屋敷さんの事を名前で呼ぶ人を初めて見た気がする。元カノの話は嫌だろうけど、今日はどうしても聞いて帰らないと来た意味がない。ここはずるいと思うけど、結城君の明日菜への不思議な好意を利用しよう。


「そんなものをどうして聞きたいのか理解できなけど、風吹さんがそこまで言うなら・・・」


 結城君と花屋敷さんが付き合い始めたのは高三の時だ。そりゃ、良く知っている。高三の時は高校生でもあり、お互いに受験生だったから、さすがに清い交際だったで良さそうだ。せいぜいハグからキスぐらいまでで良いと思う。


 交際が深くなったのは大学に入ってから。そりゃ、深くなるだろ。深くなれば出てくるのは同棲だ。へぇ、花屋敷さんも下宿だったのか。それも賃貸マンションだったとはさすがお嬢様だ。


「ボクはアパート暮らしだったから、通い妻ならぬ通い夫状態だった」


 交際の流れとして花屋敷さんのマンションに結城君が転がり込んでの同棲になりそうだったのか。


「既に半同棲ぐらいで、後はボクのアパートを引き払うかどうかの話になっていた」


 そこまで行ってたのか。愛し合う男女であればそうなっても不思議無いけど、すべてのカップルがそうなれるわけでもない。やはり同棲まで進むとなると、そこまで相手を近づけるのを許すと言うか、認めるというか、一緒にいたいの思いが強くないと出来ないものね。


 ただ距離が近づき、一緒にいる時間が長くなれば諍いも起きやすくなる。恋人関係と言うより結婚状態に近くなるからね。だから同棲まで進んでも喧嘩別れしてしまうカップルも珍しいとは言えないぐらい。


 だけど結城君と花屋敷さんの場合は、通い夫、半同棲から、さらに完全同棲に進もうとしてた事になる。これはどう見たってラブラブ関係が結ばれることによって深まって行ってるにしか見えないよ。


「笑っても良いけど、そう思い込んでて舞い上がってたよ。そして地面に叩き墜とされ、ボロ雑巾のように捨てられた」


 花屋敷さんがそうしたのは聞いている。結城君によると、


『あんたはキープの一人に過ぎない。腐っても医学生なのに値打ちがあるだけ。そうじゃなければ、何を好きこのんで陰キャの地味男なんかと付き合うものか。はい、今日で用済み。二度とその貧相な顔を見せるな』


 こんな感じの内容で罵り倒されたのか。


「それだけじゃない、マンションを引き払い、大学にも来なくなった」


 花屋敷さんはそこまで徹底していたのか。そりゃ、結城君も恨むだろうし、合コンで顔すら向けなかったのはわかる気がする。だけどさぁ、だけどさぁ、不自然だと思わない。もし結城君がキープ扱いだったら他に男の影があったの。


「そこは上手くやってたのじゃないのかな」


 出来るか! そりゃ、通い夫状態ぐらいなら可能だ。明日菜もやられたからね。だけど半同棲とは言え、ほとんど完全同棲状態じゃないの。そりゃ、昼間は学部もキャンパスも違うから目が届かないだろうけど、夜は一緒になる。


 それにそこまで一緒に暮らしていたら、花屋敷さんの部屋に結城君のものが増えてるはず。それこそ、結城君のパンツだって干してあるでしょうが。いくら花屋敷さんが片付けても、部屋に男の影があるのを隠せるものか。


 結城君がキープで、本命が出てきて叩き出されたとしたら、本命は花屋敷さんの部屋で他の男の影を見たことになる。そんなものいくら本命だって許すものか。本命にしたら二股かけられていることになるじゃない。


 そもそもだよ、夜も休日も結城君が花屋敷さんをほとんど独占してたんでしょ。そりゃ、キープ君にだって体を許したりもあるかもしれないけど、それはキープを保つための最低限の接触とか回数にするはずよ。ほぼ同棲状態を許している時点で本命以外に考えられないよ。


「言いたい事はわかるけど、どこかで心変わりしたって不思議ないじゃないか」


 同棲まで進んでも破局する事はある。破局の訪れは唐突に思えても、必ず前兆とか、予兆があるはず。それも無しに突然の破局なんかあり得るものか。そこはどうだったのよ。


「後から思えばになるけど、璃子が塞ぎ込むことが多くなってたかな」


 そ、それは子宮頚癌の発覚のためだ。まだ言えないけど、他は、


「夜も避けられるようになっていた」


 あのね、結城君も医学生なんだから気が付かなかったの。そこまではさすがに無理か。聞いていると花屋敷さんは本気なんてものじゃなかったのは良くわかる。結城君が見栄えが良くなったのも花屋敷さんのアドバイスと協力のお蔭じゃない。同棲での家事だって花屋敷さんが主にご飯を作ってるんだもの。それもだよ、


「璃子の作ったご飯を初めて食べた時なんて、あれこそ耐えがたきを耐え、忍び難きを忍びだったよ」


 それが、


「経験と努力は感心した」


 まともレベルを越えてたそう。同棲と言う共同生活で女が家事をすべて担当する必要なんかない。結婚生活だってそうだけど、花屋敷さんは家事を出来るようにひたすら努力していたで良いと思う。


「服を畳んでも下手だったし、アイロンもロクロク使えなかったからな」


 それぐらいのお嬢様だものね。そこまで家事を頑張った理由なんて一つしかないじゃない。結城君に喜んでもらうため以外にないじゃないの。それだけじゃない、結婚しても立派な奥様になるためだったはず。


 聞けば聞くほど、どれほど花屋敷さんが結城君を愛していたかが伝わってくる。完全に結婚まで視野に入れていたとしか思えない。そりゃ、医学部は六年で長いし、医者になっても一人前になるまでは、


「昔から卒後十年が目安とされてる」


 そんなにかかるんだ。でも聞いているとわかる気がする。医者って病気を診断して、治療する職業だけど、いくら教科書とかで覚えても限界はあるそう。その病気の診断とか、実際の治療を覚えるには、


「その患者を担当して初めてわかるよ」


 病気だって毎日のように見れるものもあれば、週に一度、月に一度、年に一度みたいなのがあり、


「おおよそ十年に一度ぐらいまで診たら一人前かな」


 治療だってそうで、診断さえ付けば決まりきった治療で治る患者ばかりではないそう。


「そりゃ人相手だから、色んなことが起こるよ。そういう事態に対応できる引き出しが多いほど良い医者だ」


 それもモロモロ含めて十年って昔から言われ、今でもそうで良いらしい。つまりは時間がかかるってこと。花屋敷さんも結婚まで考えると長い待ち時間が発生するし、そこまで待ち切れるかは誰にもわからない。でもだよ、そこまで待つ気が満々だったとしか思えない。ここで確認しておきたいのが結城君の気持ちだ。


「最後の別れがなかったらなんて、また難しい前提の質問だな」


 だと思うけど聞かせて、


「あの花屋敷さんを璃子と呼び、自分の彼女として隣にいるんだぞ。こんなもの現実のものと思うのにさえ無理があり過ぎる。あまつさえ・・・」


 わかる気がする。高校の時だって綺麗なんてものじゃなかったし、学生時代もそうのはずだし、今だってそうだ。あの病魔さえなければ、結城君の海外留学を契機にして華燭の典を挙げていてもおかしくないもの。


「全部が幻想だったのが現実だけどね」


 幻想じゃない、間違いなく現実だよ。それも今でさえそうだ。なんとかしたいけど、これはさすがに聞けないよ。でもなんとかしてあげたい、それには考える時間が必要だ。ついでだから聞いとくか、


「どうして明日菜なんかに興味を持ったの」


 あれ? 随分考えてるな。もう時効みたいなものだから良いじゃない。


「一言にすれば初恋だよ」


 へぇ、いつからだったの。もうバラしても良いでしょ、


「あれは小学校の五年の時・・・」


 五年は同じクラスだったけど・・・そっかそっか、初めて同じクラスになったはず。明日菜の一体どこを見て好きになったのやら。まさかプール授業の水着姿を見てなんてないよね。


「そんなんじゃない」


 じゃあ、どんなのよ。


「好きになるのに理屈はいらない」


 逃げたな。小学五年生の明日菜に惚れるとはまさかロリコン。ま、それはないか。同い年だものね。それにしても距離を詰めて来るのが遅かったよね。中学を吹っ飛ばして高校からじゃない。


「そ、それは、風吹さんを誰にも渡したくなかったからだ」


 おっ、言うねえ。でもさぁ、でもさぁ、そんなセリフは明日菜を奪い合う男たちがいての話じゃないの。そんのもの影も形も、


「あるに決まってるだろ」


 またまたぁ、冗談が下手すぎる。


「おいおい、本当にそう思っているのか」


 そうだけど。そうしたら、嘆息するように、


「明文館の二大美女だぞ」


 なんだそれ。男子にはトップスリーはいたけど、女子は花屋敷さんがダントツでブッチギリじゃないの。


「目の前に座ってる。タイプはまったく違うけど男子の人気を二分していた」


 なによその話、聞いた事ないよ。


「とにかく風吹さんには近寄るのも大変すぎた。今でこそこうやって気軽に話せてるけど、あの塩対応に泣いた男子がどれだけ多かった事か」


 えっと、


「だけどボクはいつの日か、風吹さんが誰かに奪われるのが怖かった。だから清水の舞台から飛び降りる気持ちで声をかけ・・・」


 これこそ驚きの真実が今明かされるとかじゃない。


「璃子を満開の桜に例える男子は多かったけど、風吹さんは薔薇とするのが多かった」


 ココロは綺麗だが近づくとトゲに刺されるってか。そんなに性格悪かったかな。


「今思えばね」


 ギャフン。そこから、


「璃子から告白され時は悩みまくった。悩むこと自体が浮気じゃないかと思ったけど、風吹さんがボクに恋愛感情を抱いていないと聞かされてショックだったよ。だから勇気を出して告白してくれた璃子を選んだんだ」


 浮気だなんて思わないよ。望みの無い恋に執着するより、想いを告白してくれる相手に心が動くのは当たり前じゃない。ましてや、相手は花屋敷さんじゃない。それで心が動かない男がいたら見てみたい。


 自分のことは自分が一番良く知っていると思ってたけど、そうでもないんだね。そんなに人気があったなんて思いもしなったし、そんなに性格が悪いと思われていたなんて、まさにビックリ仰天も良いところだよ。


「今は違うから誤解しないでくれよ」


 はいはい。なんかスッキリした気分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る