暗雲
社会人も四年目、今年で明日菜も二十六歳になる。相変わらず忙しい日々を過ごしていたのだけど、絢美から久しぶりに連絡があった。
「明日菜、実は・・・」
へぇ、ついにカメ君と結婚するんだ。絢美とカメ君が付き合いだしたのは明日菜とアキラより少し前。まだ続いているのは知ってたけどついにゴールインするのか。
「相談もあるから会いたい」
受付とか余興の相談かな。土曜日にランチしながらって話になって久しぶりの再会。なんとだよ涼花も来るって聞いてワクワクしながら出かけて行ったんだ。イタリアンのお店だったけど、絢美と涼花は先に来て待っていた。
「ゴメン、待った」
「だいじょうぶだよ。こっちが早く着きすぎちゃって」
絢美に結婚のお祝いの言葉を贈って、まずは近況報告となったんだけど涼花が、
「明日菜、その格好はどうしたの?」
例のアキラ好みの服装は仕事場には着て行かない。さすがに照れ臭すぎるし、恥しすぎる。いやあんなもの仕事場で着れるものじゃない、着るのはアキラに会う時だけ。それだって恥しすぎるのだけど、着て行かないとアキラの機嫌が悪くなる。
今日だって着たくなかったのだけど、夜にアキラに逢うんだよ。絢美たちに会ってから一度帰って着替えるのも考えたけど、この格好に仕上げるのは少々手間と時間がかかり過ぎる。だって普段と全然違うんだもの。絢美は、
「明日菜も木島君と続いてるんだよね」
そうだけど、
「学生の頃もどうかと思ったけど、さすがにそれは・・・」
言われるだろうな。家からここに來るまででも目立って仕方なかったもの。絢美はアキラの趣味をある程度知ってるけど涼花は容赦なかった。
「明日菜の彼氏って頭おかしいよ」
仕方ないでしょ、アキラはこれが好きなんだから、
「そういうレベルの問題じゃない。あのね、明日菜だって二十六になるのよ。自分の彼女にそんな格好をさせて連れまわるなんて異常だよ」
アキラを侮辱するなと言おうと思ったけど、本音ではそう思ってるのを否定できない。さすがに無理があるものね。だけど、どうしようもないじゃない。この格好でないとアキラは納得しないのよ。すると絢美が、
「木島君と結婚の話は出てるの」
うぅ、相も変わらずアキラはノラリクラリなんだよね。
「木島君は結婚なんて考えてないと思う」
そんなことは、
「木島君は木島産業の次期社長じゃない。そんなセレブの家にそんな格好をした嫁を迎えると思うの」
あっ・・・言われてみれば。明日菜の家が由緒ある名家とか、旧家とか、金持ちの家でもないのは置いとく。さらに明日菜がチビで、スタイルだって胸がペッタンコの幼児体形であるのも置いとく。
「明日菜、置いとく物が多すぎない」
ほっといてよ。そんなもの取り換えられるものじゃないでしょうが。置いとくとしたものだって大きすぎるのだけど、別にアキラみたいなセレブの家じゃなくとも、こんな格好の女が結婚の挨拶に行ったらどうなるかだ。
「どうなるも、こうなるもないよ。下手すりゃ門前払いにされるよ」
否定できない。それ以前にそうならない方がおかしいぐらい。どこの家だって、息子の嫁になる女は気になるだろうし、どんな親だって、それなりにまともな格好で現れるのを期待してるはず。涼花は、
「そんな変態趣味の彼氏とは別れるべきだ」
でもアキラは・・・絢美が、
「どれだけ明日菜が木島君を愛しているかは知ってるからすぐに別れろとは言わないけど、ちゃんと結婚も含めて話をした方が良いと思うよ」
そこから絢美の結婚式で頼まれた事への相談になった。こっちは目出度い話題だし、絢美のためだから嫌も応もない。それから昔話に花を咲かせて解散。そこからアキラに逢いに行く予定だったけど、涼花や絢美に言われたことは重かった。
アキラは明日菜を愛してくれている。それだけは間違いないと思う。それだけの年月を重ねて来てるんだもの。でも重大な疑念が出てきた。果たして結婚相手と考えてくれるんだろうかって。
長すぎる春は難しいって聞いたことがある。もちろん絢美みたいに実を結ぶこともあるけど、交際期間が長すぎると結婚へのモチベーションが高まらなくなるとかだ。今さらって感覚になるのかもしれない。
明日菜の同僚でも結婚したのは出て来てるけど、結婚って大きな壁を乗り越えるようなものだと聞いたことがある。それを乗り越えてしまうのは、
『どうしても結婚したいって熱狂かな』
春が長すぎるとそういう熱気が高まりにくくなるのかもしれない。さらにどんなに頑張っても飽きて来るのはあるらしい。アレにしたって、何年も同じ相手とやってると、どうしたって新鮮味が薄れてしまうのはわからないでもない。そんなもの結婚したって同じだと思うけど、
『そうなんだけど、そんな事も頭に浮かばないのが結婚への熱狂かもね』
そんな事を考えてると最近のアキラの態度がどこか醒めているところが無いでもない。そりゃ二十歳からの付き合いだから、お互いに知らないところが無いぐらいの付き合いではある。最初の頃の熱気が失われても当然と言えば当然だけど、それでもの感じだ。
とくに絢美が言った結婚する気がないとしたのは重い。アキラがこういう格好を明日菜にさせるのが好きなのは余裕で許容範囲内なのよ。これは聞いただけの話だけど、彼女にセイラー服を着せるとか、裸エプロンをさせるもあるじゃない。
それって二人だけの秘密なのよ。そう当人同士が了解して、誰にも知られないようにして楽しむのはありだってこと。明日菜だってアキラが望むならそれぐらいは応えても良いとは思っている。
だけどアキラは二人だけの秘密にする気が無い。むしろそうなっている明日菜を見せびらかしたいとしか思えない。なんだかんだと実現していない同棲だけど、もししていたら、明日菜はずっとあのファッションにさせられるとしか思えなくなってる。仕事場にもあれだよ。
たぶんどころか絶対にそうなる。同棲になったら明日菜の荷物をアキラの部屋に運び込むけど、アキラなら明日菜の普通の服をすべて捨てそうな勢いだもの。捨てるだけじゃなく、
「プレゼントだよ」
満面の笑みを浮かべながらアキラ好みの服から下着までごっそり押し付けられそう。そうなればどこに行くにもこの格好にさせられてしまう。そう、いつでも、どこでも、会社どころか、絢美の結婚式にも、アキラの親に挨拶に行く時だってそうなる。
これだってアキラだけじゃなく、アキラの親もそういう趣味の可能性がかすかだけど残るけど、そんな家に嫁いで、ずっとこんな格好で暮らし続けるのは、絶対に嫌だ。それより絢美の言う通り、そもそも明日菜を結婚対象としていないと考える方が妥当過ぎる。
そもそもって話に戻っちゃうのだけど、学生で三年、社会人になって四年目だよ。結果だけで言えば頑としてアキラは同棲を拒み続けている。そうだそうだ、アキラのマンションは4LDKで、明日菜が掃除する事もあるんだけど、
「この部屋には入らないでね」
そう言われたら入りたくなるのが人情だけど、ガッチリ鍵がかけられていて入った事が無い。あの部屋の中はどうなってるんだ。なにかアキラの秘密が隠されてるとか。明日菜に知られたくない秘密があるからカギをかけてるし、ずっと同棲を拒んできた理由の気がしてきた。
そんな事を考え出したらアキラが怖くなってきた。今夜逢うのもだ。アキラって何者なんだよ。アキラのすべてを知っている気がしてたけど、実はなんにも知らなかったんじゃないかって。だから、
「久しぶりに会ったから盛り上がってしまって、夜も飲みに行こうって話になっちゃって・・・」
これぐらいの遁辞で行かない事にした。とにかく考える時間が欲しい。今言えるのはアキラとの将来に暗雲が広がってるってこと。
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