キャンバスライフ

 桜舞い散る中の入学式を終えて明日菜のキャンパスライフが始まった。まずネックになったのが通学だ。大学までの通学時間は一時間半ほどだから、通えない時間ではない。だけど一時間半は長いのよね。


 実際に通学が始まって愕然としたのが朝の電車。九時から講義が始まるから七時半の電車で良いと思っていたけど、実際に乗ってみるとギリギリでアウト。絢美も、


「時刻表の改訂なんかするからよ!」


 明日菜の街から大学までには乗り継ぎがかなり必要。この乗り継ぎが時刻表の改訂で微妙に悪くなってるのよね。そうなると一本早い電車になるけど、これがなんと六時半になるのが田舎クオリティだ。そんなものに乗るにはラジオ体操の時刻に起きても間に合わないじゃない。通学は当たり前だけど帰りもある。


「大学も五時限まであるとは思わなかった」


 九時から一時限が始まるけど、五時限が終わるのはなんと十八時二十分。高校なら部活だって終わる時刻じゃないの。それでもって前期の時間割を見たらゲンナリした。


「大学って講義がもっと少なくて早く終わるものだと思ってた」


 明日菜もそう思ってた。だけど現実は一時限から五時限までビッシリある。これは三年の前期ぐらいまでこんな感じで、


「三年の後期のゼミが始まればマシになるらしい」


 問題の焦点は五時限が終わるのが十八時二十分であること。そこから家に帰ると乗り継ぎで変わって来るけど、だいたい二十時ぐらいになってしまう。二十時だよ二十時。そこからお風呂に入って晩御飯を食べたら二十一時じゃない。


 講義の予習や復習をやらないといけないけど、二時間もすれば二十三時なのよね。二十三時なんて学生なら宵の口って言いたいけど、


「朝が五時半起きになるじゃない」


 そう、トットと寝ないと朝が辛いし、寝不足で五時限のフル講義は辛すぎる。つまり花の女子大生になったと言うのに、通学時間と講義と講義の準備で一日が費やされてしまうのよ。正直なところ明日菜も辛かった。


「ドラマさえ見れないのよ」


 それだけじゃない。花の学生生活の主役であるコンパにも出にくい。そりゃ、終電までに帰れば良いようなものだけど、終電なんかに乗れば午前様の帰宅になっちゃうもの。そりゃ大学生だって勉強が本分だろうけど、


「バイトも出来ないじゃない」


 明日菜も絢美も苦学生じゃないからバイトで学費や生活費を稼がないとならないわけじゃないけど、自分の自由にできるおカネが欲しいじゃない。欲しいものだってあるし、それをイチイチ親と交渉するのも面倒だ。


「あれこれ文句を付けられるものね」


 そりゃ、同じ時間をかけて通勤している人もいるから通学できないと言えないけど、なんか学生の一番楽しい部分を削りまくったようにしか思えないのよね。学生だって勉強がすべてじゃないはず。


「そうだよ。横のつながりを広げるのも大学のはず」


 絢美と共同戦線を張って親との交渉になった。でも渋られた。この辺は経済事情もあったけど、それより定番の、


『若い女の一人暮らしなんて・・・』


 うちも人並みに心配されて反対された。娘に変な虫が付いて欲しくないのはわからないでもないけど、


「姉ちゃんが言ってたよ」


 絢美のお姉さんは歳が離れてる。たしか十歳ぐらい上のはず。絢美のお姉ちゃんも高校や大学の時は変な虫が付くことをあれこれ心配されたんだって。なのに、なのにだよ、


「アラサーが見えてきたら、男の一人ぐらい作ってるだろって言われてるんだってさ」


 さんざん邪魔したのは親だろうってね。別に大学に彼氏を作りに行っているわけじゃないけど、広い意味でそれもキャンパスライフの一つのはずだもの。


「やんごとなき家のお姫さまやお坊ちゃまだってそうじゃない」


 四月だけで悲鳴があがったよ。こんな調子で大学生活を終わらせたくないじゃない。あれこれあったけど、絢美の姉ちゃんの掩護射撃もあって、明日菜も六月に入ってからやっと下宿を認めてくれた。


 これも女子寮的なところを押し付けられそうになったけど、下宿を探し始めた時期が遅かったのがラッキーだったかもしれない。最初から下宿を目指した学生は当たり前だけど四月から下宿してる。四年生が卒業しての入れ替わりで良いと思う。


 だから親が望みそうな女子寮的なところは空きがなかったんだ、もっとも大学に近いところも空きがなくて、電車で二駅のところになったのは御愛嬌だ、それでもワンルームマンションになったのは嬉しかった。


 引っ越しは親も付いてきて、なんとか荷物を片付け、一人になった時に叫び出したいぐらいの解放感に浸ったよ。親は育ててくれた恩はあるけど、やっぱり口うるさい存在でもある。とにかく、ああせい、こうせいって多いもの。


 明日菜が感じた解放感だけど、これも人によって違うらしい。下宿して一人暮らしになれば、誰も指図する人がいなくなるから、まるまる自由時間みたいなものになる。たとえ夜が遅くなったからと言って、文句を付ける親もいなくなるってこと。その点の解放感のメリットはある。


 一方で生活を維持するのもすべて一人でやらないといけない。ご飯だって、洗濯だって、掃除だって、片付けだって自分でやるしかない。やらなければオマンマも着ていく服もないってことになるものね。それが面倒くさくて仕方がない人も確実にいる。家にいれば自動的に親がやってくれるもの。


 明日菜は家事がさして苦手じゃない。つうかやらされた。高校生にもなれば弁当は自分で作っていたし、休みの日には家族の分の食事も作る事が多かったのよね。洗濯だって、自分の分はだいたいはやってたぐらい。


 これは女の子だからって点も無いとはいえないけど、男だって女だって自立するには必要なスキルだってね。明日菜だって同棲とか、さらにいつかは結婚に夢を持ってるけど、そこで家事が出来ないと話にならないもの。


「絢美も家事の出来ない男は条件がシビアになるかな」


 そりゃ、相手が大金持ちの玉の輿にでも乗れれば話は変わるだろうけど、そうじゃなかったら女もごく普通に働くもの。そういう状態の結婚生活で女だけが家事をすべてなんて論外だ。


 結婚まではさておくけど、一人暮らしのスタートもバタバタあったけど、なんとか落ち着いてくれた。と言うか、落ち着きかけたと思ったら夏休みに突入したのよね。さすが大学で七月には夏休みだ。


「明日菜もそうなの」


 学生の夏休みだから遊びたいのはヤマヤマだけど、田舎者の生活必要資格を取りに行かされた。なにかって、クルマの免許だよ。こればっかりは田舎と都会では差があり過ぎる。都会の子はクルマの免許なんて欲しがらないのよね。


 これは大学に通い始めてから実感できた。都会って公共交通がウソみたいに充実してる。電車だって、バスだって五分か十分おきに来るんだもの。


「時刻表が必要ないものね」


 田舎ではそうはいかない。ラッシュ時でやっとこさ二本で、それ以外になると一時間に一本もない時間帯さえある。


「バスなんてお話にならないもの」


 とにかく一本乗り遅れれば絶望感しかないのが田舎の公共交通機関。だから田舎者は電車もバスも頼りになんかしない。その代わりがクルマだ。とにかくクルマがないと、


「都会ってコンビニが並んでるのにビックリした」


 田舎で家から歩いて行ける距離にある店なんて殆どないもの。だから田舎では一家に一台じゃなくて、一人に一台なんだ。明日菜だって大学を卒業してから田舎に戻ろうとは思ってないけど、感覚的にクルマの免許がないと困りそうなぐらいの切実感ぐらいはある。


「夏休みに家に居て欲しいのもあるかな」


 ありそう。地元の教習所でクルマの免許を取る代わりに費用を出すって条件だ。教習所って高いのよね。


「三十万円ぐらいはいるものね」


 出してくれるなら帰省ぐらいするよ。絢美と一緒に居たら、なんと涼花もいた。たった四か月ぶりだったけど、もう懐かしいって感じになっちゃった。涼花は京都で下宿か。休み時間や空き時間にダベるのは楽しい。


「合コンは行ったの」


 うぅ、行っていない。誘われはしたけど、五月までは地獄の通学時間に邪魔され、六月は一人暮らしの体制の構築で手いっぱいだった。だからどんな様子だったか興味深々になるじゃない。


「行ったと言ってもまだ二回だけど・・・」


 合コンぐらいなら高校生でもしているのはいるそうだけど、大学生の合コンはさすがに華やかそう。


「お酒も入るし、時間だって無制限みたいなものだもの」


 それが出来なかったから参加してないようなものだけど雰囲気は?


「合コンも色々あるはずだけど・・・」


 参加するメンバーでも変わるだろうとしてたけど、集まったメンバーは初対面の人が多いから、まず盛り上げるのが重要みたい。なるほどね、見合いじゃないんだから、まず楽しい雰囲気にならないと話も弾まないよね。


 だからかもしれないけど、そういう楽しい雰囲気を楽しみに来るのもいるし、そういう雰囲気で飲み食いするために来ているのもいるそう。でもさぁ、でもさぁ、それでも合コンに参加するからには、


「もちよ。駆け引きもあるんだよ」


 駆け引きってなにかと聞いたら、合コンの前半ではまず品定めだって。男女同数が原則だけど、誰に目を付けるかの時間で良さそう。そうやって目を付けた相手の割り振りをする作戦タイムみたいなものがあるそう。割り振りはどうやって、


「幹事が仕切ったりもあるそうだけど、その場の流れかな」


 そんなに上手く割り振れるのか思ったけど、メンバーの温度差がここで出るんだって、合コンは出会いを求めて参加はしてるけど、参加したメンバーの中から選ばないといけないものじゃないのか。


「そういうこと。気に入らなければ、無理に選ばないのもある。というか・・・」


 前半の品定めで良い感じになっているカップルのサポートに回るぐらいかな。それでも被ったりはありそうだけど、


「そこが駆け引きだと思うよ。二次会で延長戦もあるだろうし」


 涼花が言うには、最低限の収穫は連絡先の交換だって、これは日を改めて会っても良いぐらいのサインぐらいだろうな。後は行ってみないとわからないな。涼花はどうだったの。


「気になったのはいたけど、決めるには・・・」


 合コンには決断力も必要そう。短い時間のうちに彼氏にしても良いかぐらいの判断しないといけないのかも。


「う~ん、そんなに重くはないと思うけど、相手次第の面はあるかもしれない」


 かくして明日菜の学生としての最初の夏休みは教習所通いになり。後半は、


「これも良し悪しよね」


 西宮学院の前期試験は夏休み明けの九月にある。お蔭で前期からノンビリしながら夏休みに突入できるけど、夏休みの後半は前期試験対策に振り回される。そんな感じで明日菜のキャンパスライフは過ぎて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る