恋せし乙女の物語
Yosyan
恋バナ
ここは放課後の教室、
「やっぱり西野君よね」
出るよな。ここで出なきゃウソだ。サッカー部のキャプテンにしてゴールキーパー。ゴールキーパーって地味そうだけど、とにかく西野君は目立つ。目立つ理由は悲しいけどうちの高校のサッカー部が情けないぐらい弱いこと。
強豪の神陵第二高校との試合なんて凄かった。あの試合はうちの高校のグランドであったから見てたけど、まるで神陵第二のシュート練習みたいだったもの。それをだよ、西野君はすべて止めちゃったのよね。
サッカーだって守ってばかりじゃ勝てないのだけど、ウソみたいなラッキーが積み重なって一点が入り、それを守り切って勝っちゃったんだよ。優勝候補の神陵第二が弱小のうちに負けちゃったから、ちょっとしたジャイアント・キリングみたいになったものね。
ローカルスポーツニュースではあったけど、地方紙が大きめに取り上げて、ジャイアントキリングの立役者としてヒーロー扱いにされたし、ユーチューブでも注目されたのよ。あれこそ神がかり的なセーブだった。
西野君は背も高いし、ルックスも甘いから、明文館でもヒーロー的な人気を誇っている。恋バナで西野君の名前が出てこないはずないものね。
「島田君もイイけどね」
島田君も出るよね。お父さんもお母さんも国体の選手だったそうで、島田君も子どもの時からテニスの英才教育を受けてたらしい。噂では強豪私立からの勧誘もあったそうだ。だからうちの高校レベルなら入部した時からダントツの実力だったそう。
今はテニス部の主将なんだけど一年の時から活躍していて、県大会で優勝してインターハイに出たんだよ。これはテニス部でも三十年振りの快挙だとかで話題になってた。テニス部じゃなくても、うちの高校の体育会系の部活が、インターハイも含む全国大会に出場するなんて滅多にないもの。
西野君は甘いマスクだけど、島田君はキリッとした男前として良いと思うし、やはり背も高い。テニス部のコートの周りにはミーハー連中がテンコモリって感じなんだよ。運動部ではサッカー部の西野君と人気を二分してる感じ。
「堀川君も良いと思うけど」
堀川君は軽音でワイルド・ギースってバンドのボーカル。西野君や島田君がスポーツマン的な人気というか、爽やか系のイケメン人気があるけど、堀川君はアイドル的と言うか、軟派的な人気が高い。
そりゃ、バンド甲子園の最終審査まで進んで、ベスト・プレイ・パフォーマンス賞をもらったぐらいだもの。まあ、バンドにまで甲子園があるのにビックリしたけどね。それと、どうやって許可を取ったか知らないけど金髪だし、ピアスもしてる。
そんな格好だから不良っぽい雰囲気もあるけど、さすがにヤンキーじゃないはず。だけどね、どこか不良っぽい雰囲気のあるイケメンは人気があるのよね。あれってスポーツマンとは違うワイルドな強さだと思ってる。
やはり女は楽器が上手くて強い男に魅かれるもの。だからでもないけど、ファンクラブまであって、追っかけとか親衛隊みたいなのもいるのよね。
「やっぱりこの三人だよね」
「誰もが認めるトップスリーだよ」
わたしは明日菜。風吹明日菜。明文館の三年生。それはともかく、恋バナは駆け引きの場でもあるんだよ。そう、誰が本当は好きなのかの秘密の駆け引きの場。本音をはぐらかすのもあるし、あえて言ってしまうのもある。
西野君や島田君、堀川君は男子のトップスリーだし、それこそ全校女子の憧れとしても大げさじゃない。けどね彼氏にしたくても全部で三人しかいないのよ。その競争に勝ち抜くのも恋だろうけど、さすがに厳しすぎるのも現実。
もう高三だから彼氏が欲しい。そりゃ誰だってトップスリーから欲しいけど、トップスリーでなくても彼氏が欲しいと言うのが本音。だから恋バナで腹の探り合いをしている部分は確実にある。
そうだね、被っていないかとか、そんな男子を好きと言ったら笑われないかとかかな。これは既にトップスリー以外から彼氏をゲットしている女子への微妙な感情もある。口ではトップスリー狙いを公言してたのに、あっと思ったら他の男子とカップルになってるのもいる。
そういう女子に妥協とか、レベル下げだとか、男なら誰でも良いのかなんて陰口を叩くのも多いけど、本音の本音は、
『羨ましい』
だってどう見たって楽しそうだもの。一緒にお昼を食べたり、一緒に手を繋いで帰る姿が羨ましくって仕方ない。完全に二人の世界を作り上げてるじゃない。
「そうよね。絢美も彼氏が欲しい」
恋バナに盛り上がっているのは絢美と涼花。この二人は高校に入ってから出来た仲良しの友人。わかるかもしれないけど、ここで集まって恋バナやってる三人には彼氏がいない。はっきり言わなくても、
『年齢 = 彼氏いない歴』
こういう立派な経歴を日々更新中ってこと。彼氏はいないけど、欲しいのだけは意見が一致しているぐらい。
「藤井君と紀香なんて意外だったもの」
藤井君は空手部で、いかにも求道者って雰囲気があってガチガチの硬派ってイメージの人。だから軟弱な恋なんてしそうにないタイプに見えてた。そこにアタックしたのが紀香で、いつのまにやらバリバリの公認カップルだもの。
「紀香でOKだったら、涼花も行けば良かった」
あれは紀香の目の付け所と情熱の賜物の気がしてる。だってだよ空手部のマネージャーになって、一歩一歩距離を詰めて行って、ついにゲットって話だもの。涼花が先に告ったところで撃沈していただけと思うけどな。
そりゃ、学生、とくに高校生は勉強が本分だし、ぶっちゃけ高校は大学進学のための踏み台みたいものかもしれない。明文館も進学校だから、高卒で就職を目指す者なんていないのよね。
だから恋に現を抜かすなんてトンデモナイって人もいるのはいる。見るからに真面目でガリ勉みたいな連中だ。そういう連中は、それで良いかもしれないけど、花の高校生だよ。明日菜だって勉強もしてるけど恋もしたいもの。
「でもさぁ、恋に恋してるだけかもね」
醒めた意見だけど、恋に恋して何が悪いだ。何事も経験しないとわからないのも真理じゃない。恋も知らない人間はどこか欠けてるんじゃないかな。だってだよ、恋に恋するから恋が出来るはずだもの。
「じゃあ、告れる?」
これこそ人生の大命題だ。好きな人が出来れば恋仲になりたいし、なるためには告るのがステップだ。告ってOKもらえたら彼女彼氏関係の恋人同士を経験できるはずだけど、話はそんなに簡単じゃない。
「白馬の王子様を待っていても来そうにないし」
これも女の子の夢の一つ。現代風に言い直せば、お金持ちの超絶イケメンに知らないうちに見初められて、思いもよらぬ告白を受けるぐらいかな。
「でも現実的には、まず友だちからよ」
そうだと思う。まず友だちになり距離を詰めること。それでお互いのことをより良く知り、相手が自分に好意があるかそうか探るぐらいかな。友だちと言う距離になってこそ、秘めた好意をそれとなくでも伝える事が出来ると言うもの。
「そうやって相手の好意も感じ取って告白になるはずなんだけど・・・」
友だち関係にはなってるから相手が嫌っているわけじゃない。それと広い意味の好意は抱いてるはず。だけど相手の抱いている好意が、ライクなのかラブなのかを判別するのが容易じゃない。
「オスカー・ワイルド曰く、Between men and women there is no friendship possible. There is passion, enmity, worship, love, but no friendship.」
いくら涼花がESSだからって英語で気取って言うな。男女の間には情熱と敵意と崇拝と愛はあるが、友情はないって意味だろ。でも友情はあるとは思う。あるとは思うけど同性間の友情と同じじゃない気はする。
「恋愛って要素は大きいのよね」
なんだよね。友だちとして好きだけど、恋愛感情はないって状態が男女間の友情だ。ここでどちらかが恋愛感情を燃やして告白したりすれば、
「男女間の友情は間違いなく変質する」
そうなる。告白を受け入れれば二人の間にあるのは友情じゃなく愛情だ。そうなればどうなるかは未経験だから置いておく。問題は告白が受け入れられなかった時で、告白前にあった友情に戻れないと思う。
「どう考えたって、顔合わせるだけで気まずそうだものね」
そう告白は成功すれば恋愛と言う新しい世界を経験できるけど、失敗すれば仲の良い友人と言うポジションを失うのが裏表なんだよ。そりゃ、彼氏をゲットして恋愛世界を知りたいのなら告白にチャレンジするしかないのだけど、
「出来れば向こうから告白して欲しいよね」
思うのだけど、この段階で留まり、足踏みし、待ち続けてる女も男も多い気がする。自分から告白して失敗し、せっかく勝ち取った親しい友だちってポジションを失うのが怖いのよ。
「彼氏が欲しければ告るしかないのは百も承知なんだけどね」
これはバーバラ・デ・アンジェリスだけど、
『愛することによって失うものは何もない。しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない』
それでも、それでも、頑張って獲得した好きな人の親しい友だちの地位だって失うのは怖いのよ。そりゃ、恋人になってもらう目的に較べればの例えになってるとは思うけど、
「まあね、告ってミスったら、次の男に方向転換って言うほど簡単じゃないはず」
失恋もまた大事な恋愛経験とも言うけど、それこそ他人事だと思いやがっての世界だ。
「もっとも明日菜には関係ない話だけどね」
「そうだよね」
ちょっと待った。身に覚えのない話で勝手に同意を求めるな。
「なに寝言並べてるのよ。明日菜には結城君がいるじゃない」
「羨ましいったら、ありゃしない」
ゆ、結城君とはそんな関係じゃない。
「じゃあ、どんな関係だって言うのよ」
どんな関係なんだろう?
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