5 魔王との最終決戦(序章最終話)


「ば、馬鹿な……たかが人間がこれほどの力を――」

「はあ、はあ、はあ……」


 俺は魔王と相対していた。


 周囲には魔王の側近である七魔将の死体が折り重なっている。


 俺が倒したのだ。

 一人で、全員を。


 今や俺の力は、魔将すら問題にしないほどに高まっていた。


 残る敵は、魔王一人。


 こいつさえ倒せば、世界は平和になる。

 そして魔王との最終決戦においても、俺の方が優勢だった。

 だが――、


「このまま殺されるくらいなら――おおおおおっ!」


 魔王が直径数キロはあろうかという超巨大な魔力球を生み出した。



「くくく、この魔王の命を削って生み出した最終奥義。いくら貴様でもこれは防げまい」

「無駄だ」


 今の俺には、いくら巨大な魔力球だろうと斬り散らせる。


 ――と思ったのだが、


「どこへ撃っている?」


 魔王はその魔力球を、俺がいる場所とはまったく別の方向に放ったのだ。




 ――そのとき、俺は致命的な判断ミスをしたことに気づいた。




「し、しまっ――」

「弾けろ、【ファランクス改】! そして貫け!」


 カッ!


 魔力球が分裂し、無数の小さな光球となって散り散りに飛んでいく。


 同時に、俺の視界を爆光が埋めた。


 夜の闇を、真昼のように白い光が照らし出す。


 衝撃波が地平線を走る。

 爆風がどこまでも広がっていく。


「ははははははは! 残念だったな! 人間は今、全滅したぞ! お前を除いてな」

「貴様ぁ……」


 最初から、奴の狙いが俺ではなく――この世界の人間たちを全員殺し尽くすことだと気づいていれば。


 いや、魔王はこの世界に大きな執着を持っていると思い込んでいた。


 人間たちにしても、生かさず殺さず、永遠に恐怖させ続け、その姿を楽しむ――。

 そんな狙いを持っているのだと思っていた。


 まさか、自らの手で全滅させることはしないだろうと思いこんでいた。


 だけど……その可能性を、頭に入れておくべきだった。


 いくら人間界の支配を目論んでいるとはいえ、追い詰められれば何をするか分からない、と。


 魔王に勝てる、と確信したことで、一瞬の気の緩みが生じたんだろうか。

 不覚だった。


「もう守るべき者がなくなってしまったな。それでも我を討つか? 我を倒しても、お前には何も残らん!」


 俺はがっくりと崩れ落ちた。


 立ち上がる気力がわいてこない。

 完全な虚無だけが、俺の心を埋め尽くしていた。


「人間が全滅したなんて――」

「そう思うなら、感知してみるがいい。それくらいの芸当はできよう?」

「くっ……」


 魔王の言っていることなんて嘘に決まっている。

 人類が滅亡したなんて嘘に決まっている。


 きっと、生き残った人がいる。

 絶対に、いる――。


 俺は聖剣スキルの一つ……【探知】で生存者を探し続けた。

 だが、


「う、嘘だ……」


 結果は非情だった。


 生存者は、誰もいなかった。


 魔王の言う通り、本当にさっきの一撃で全人類が滅んだのだ。


 俺一人を除いて。


「終わりだ……全部」


 俺は動けなかった。


 魔王は哄笑している。

 その体は傷だらけで、俺があと何度か攻撃すれば確実に倒せるだろう。


 でも、そんな気持ちが湧いてこない。


 今さら魔王を殺して、それで何になる?




「――私を使え」




「えっ……?」


 聖剣ラスヴァールの声に、俺は顔を上げた。


「私の命を君に託そう。生まれ変わり、魔王を討て」

「討て、って――」

「因果を、捻じ曲げる」


 聖剣が告げる。


「たった一度だけ使える最終機能だ――これによって、君は過去に向かう」

「過去、に……?」

「そこで世界滅亡の歴史を食い止めろ。全てをやり直し、全てを救え」


 言いながら、聖剣の本体に無数のヒビが走る。

「えっ? お、おい……」

「最終機能だと言っただろう。これを使えば、私は完全に砕け散る――」


 俺は息を飲んだ。


「君と戦えて……本当に幸せだった。礼を言うぞ、カイン」


 聖剣がまたたく。


 命が燃え尽きる、最後の一瞬……なのか。


「我が友よ、さらば」


 そして、聖剣が爆発するような白い光を放った。


「ラスヴァール……!」




 その光に飲みこまれながら、俺の意識は急激に薄れていく――。





***

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