022:ミミックVSクラーケン〝希望の光〟

 ――湖に沈む私。

 呼吸ができないのはもちろんのこと、宝箱の体じゃ水の中を動くのも困難。

 幸いにもクラーケンの追い討ちはこない。

 クラーケンの追い討ちがないのはきっと、私に噛まれた触手が痛すぎてもがき苦しんでるからだろう。

 どうだ私の顎の力は。ざまあみろ。

 その痛みを覚えておけ、タコ野郎め。


 まあ、どの道私は死ぬんだ。追い討ちが来ようが来まいが関係ないよね。

 この場合の死因は窒息死――いや、この場合は溺死できしか。


 ああ、短い人生――箱生はこせいだった。


 ――うぐッ。

 何かが背中にあった。きっと湖の底に着いたんだろう。

 結構沈んだし、そうに違いない。

 息もそろそろ限界に近い。

 人間の体だったらとっくに溺死してたな。


 あぁ、綺麗だ。

 エメラルドグリーンの幻想的な景色と美しく発光するオレンジ色の球体。

 こんなに綺麗な光景は今までに一度も見たことがない。

 きっとここは天国なんだろう。

 綺麗だな。それに心地良い。

 オレンジ色の光も暖かく感じるよ。


 ん?

 待てよ。

 エメラルドグリーンはわかる。この湖の色だ。

 でもこのオレンジ色の光って何?

 丸くてサッカーボールくらいの大きさで……それが2つ転がってて……。


 はっ、これってまさか!?

 いや、絶対にそうだ。それ以外ありえない。

 このオレンジ色の球体……魔石だ。

 カニとエビの魔石だ!


 これを食べればワンチャンなんとかなるんじゃないか?

 レベルアップして体が元に戻れば浮く可能性だってあるぞ。


 舌は……大丈夫、動かせる。

 息が限界だから一気に食べたいけど、2個同時に掴むのは無理な大きさだな。

 それに2個同時に食べるのも無理だ。口に入らない。

 仕方ない。1個ずつ食べるぞ。


 舌を伸ばしてオレンジ色の魔石を掴んだ。

 これだけの動きなのにかなりの消耗だ。

 もう息が……。


 魔石を無理やり口の中に押し込む。

 そして齧る。


 ――バリボリバリッ!!!


 蓋の部分を閉じてるから魔石の欠片が水中に逃げることはない。

 だから一欠片も残すことなく飲み込んだ。

 それでも私が願っていたことは――レベルアップは起きてくれない。

 あんなに強そうだったカニとエビの魔石なのに。

 経験値たっぷり詰まってそうなのに。

 でもまだだ。あと1個残ってる。

 これを食べてダメだったら、その時に諦めよう。

 というか諦めるしかないよね。


 舌はまだ動く。

 息もあと少しだけなら、本当に少しだけなら持つ。

 持たなくても根性でなんとかしてやる。


 だからお願い。レベルアップして。


 舌でもう1個の魔石を掴む。

 そして最後の力を振り絞り、魔石を口の中へと押し込んだ。

 あとは食べるだけ。


 ――ガリガリバリッ!!!


 甲殻類の甲羅を食べてるような感じだ。

 水中だからか、味覚が麻痺してるのか、魔石の味はわからなかった。

 だけど食感だけは違うってわかった。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 レベルアップしてくれ……。


 魔石を完全に飲み込んだけど、レベルアップを知らせる声が脳内に響くことはなかった。


 くそ……諦めるしか……いや、まだだ。

 私は諦めが悪いんだよ。

 死ななきゃ死なないんだ!

 私の体にはお洒落兼非常食の宝石が埋め込まれてるだろ。

 それを全部食べてやる。


 ――うがぁッ!!

 い、息がもうダメだ。

 どんなに気持ちが強くても、こればかりはもうどうすることもできない。

 意識が……だんだん……あぁ……もう……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 あ、あれ?

 ここはどこ?

 確か私はクラーケンの湖で息が限界になって……それで……。


 ん?

 誰かこっちに来るぞ。

 人間っぽいな。

 鎧と剣と……なんだか物騒だぞ。

 でも優しく微笑んでる。手も差し伸べてる。

 なんてかっこいい人なんだ。

 優しくてかっこよくて鎧と剣と……マントまで。

 も、もしかして……貴方はイケメン冒険者!?


 私の質問にイケメンは頷きながら微笑んだ。


 イケメン冒険者が私を迎えに来てくれた。

 念願のイケメン冒険者にやっと会えた。


 あぁ、幸せだ。

 ここは天国か何かなのか?


 このまま私の初めてを奪ってほしいな。

 この人とならきっとそういうムードになりそう。

 そうじゃなきゃこんなに優しく微笑んで私に温かな手を差し伸べたりはしないもん。

 貴方とならどこへだっていけそう。なんだってできそう。


 私を貴方のところへ連れて行って。

 貴方がいる天国のような場所へ。


 私は舌を伸ばしてイケメン冒険者の手を掴もうとした。

 でも届かない。そこに手はあるのに。

 舌も十分に伸びているはずなのに。

 届かない。届いてくれない。


 届いたと思っても触れることすらできない。

 まるで水が手のひらからこぼれ落ちるように、イケメン冒険者の手がすり抜けてしまう。


 どうして?

 なんで?

 もういいでしょ神様。

 私はすごく頑張ったんだよ。

 ドラゴンカップルから逃げて、オーガからも逃げて、たくさんのゴブリンを倒して、キングラットも倒して、ネズミさんたちを救って……私ものすごく頑張ったんだよ。


 だからイケメン冒険者がいる天国のような場所にいかせてよ。

 この手に触れさせてよ。

 どうして……どうして離れていっちゃうのさ。

 せっかく会えたのに。

 私も連れていってよ。

 行かないで……行かないでよ!!!!



 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――なっ!!!!

 夢!?

 三途の川的なやつだったのか?

 あのままイケメン冒険者に連れて行かれてたら本物の天国にいってたかも。

 でもなんで意識が戻ったんだよ。

 このまま天国に行けば楽だったのに……。

 どうせすぐに意識を失うのに……。


 生きることを諦めた私は瞳を閉じる。

 その時、蓋の部分も一緒に閉じようとしたけど、閉じることができないことに気が付いた。

 あぁ、そうか。舌が出てて閉じれないんだ。


 ん? なんだろう。

 舌に意識が向いた時、舌先で何かを掴んでいることに気が付いた。


 これって……。


 気になった私は閉じたばかりの瞳を開ける。


 魔石……なんで……。


 イケメン冒険者の手を掴むことができなかった舌先。

 その代わり掴んでいたのは魔石だった。

 カニの魔物とエビの魔物のオレンジ色に輝く魔石とは違う何の変哲もないただの魔石だ。

 でも私はそのなんの変哲もないただの魔石を見て驚愕する。

 生きることを諦めていた、三途の川のような夢も見た。そんな私にまだ希望の光が見えたのだ。


 気が付かなかった。こんなに魔石が沈んでるなんて。

 なんで気が付かなかったんだろう。

 あぁ、そうか。カニとエビの魔石が目立ちすぎてたからか。

 ここに沈んでる大量の魔石はクラーケンが倒してきた魔物の魔石なんだろうな。

 ふふっ、この世界は私に辛い思いをさせたいみたいだね。


 いいよ。やってやるよ。

 どうせまだ生きてるんだ。

 舌が届く範囲なら全部、食い尽くしてやるよ。

 湖の底に沈んでる魔石――希望の光を!

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