014:ミミックVSキングラット〝脱出作戦〟

 私は舌を使って振動し続ける大人のおもちゃを拾った。

 キングラットやスモールラットたちに気付かれないようにこっそりとだ。


 ――あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、す、すごい振動だ。


 舌から伝わる振動は、疲弊ひへいした私の体を癒してくれる。

 箱の中、つまり顔の付近、顔と舌の境目あたりがミミックの性感帯せいかんたいと呼べる部位。 (私なりの解釈かいしゃくね)

 だから余計に気持ちよく感じてしまう。

 このままこの振動を味わい続け絶頂ぜっちょうに達したいところだ、そんなことをしている余裕なんて微塵みじんもない。


 私はこの大人のおもちゃを使って、キングラットの縄張なわばりから脱出しなければならないのだっ。


 ――うらぁあああ!!!


 振動を続ける大人のおもちゃを縄張りの出口から最も遠い場所に向かって投げた。

 落下した大人のおもちゃは激しい衝撃音を上げたが、故障こしょうすることなく振動し続けた。


 そんな大人のおもちゃの衝撃音と振動音にキングラットとスモールラットたちが反応する。

 視線を向けるどころか体までそっちの方へ向いている。何匹かは反射的に体が動き、音のした方へと走っていった。


 絶好のチャンス。逃げるなら今だ!!

 全員の意識が出口から最も遠い場所に向いている今が、私の脱出のチャンスだ。

 バレないようにゆっくりと移動する意味はない。全速力でここを駆け抜けるぞっ!!!


 ――どりゃぁあああ!!!


 ドラゴンカップルとオーガから逃げ切った私のこの脚力! (足は無いんだけどねっ)

 素早いスモールラットでも流石に私に追いつかないだろう。

 まっ、追いついたとしてもネズミさんの小さな体じゃ、どうすることもできないだろうけどねっ!


 よしっ。もう少しで逃げられる。

 大人のおもちゃ、ありがとうっ!!!


 ――え?


 大人のおもちゃに感謝を告げた直後、金銀財宝が雨のように私の目の前に降ってきた。

 そして出口を塞いだ。


 どうしてどうしてどうしてよー!

 自問する私の脳裏には1匹のネズミの――モンスターの姿が浮かんでいた。

 キングラットだ。

 こんなことできるネズミなんてキングラットしかいない。

 でも何で……私が全速力で進んだ時は、大人のおもちゃに意識があったはずなのに。

 こんなに対応が早いだなんて……もしかして、キングラットって……


 かなり強いんじゃね?


 でもここで足止めを食らうほど私はやわじゃない。

 これくらいの障害物なんて吹っ飛ばしてやる!!


 必殺――体当たり攻撃ボックスアタックッ!!!


 うらぁあああああああー!!!!


 え?

 嘘でしょ……。


 私の体は障害物を吹き飛ばす直前にキングラットさんに受け止められてしまった。


 キングラットさん……あはは……足も速かったのね……。

 それにこんなにも軽々と私を受け止めるなんて……力も強かったんですね。

 あはは……あはは……


 この状況、苦笑いするしかないよね。よね?


 えーっと、もしもーし?

 キングラットさーん?


「ズズズズウウウウ!!!」


 あぁ、めちゃくちゃキレてらっしゃいますね


 って、うぉおおおおおおおおおおい!!!


 キングラットは私をしっかりと持ちながら振り回し始めた。ハンマー投げの選手みたいに。


 ぅぐあああああああああ!!

 目がー、目が回る〜!!!

 自分で回る時は全然目なんて回らなかったのに、他人に回されると目が回るだなんてー。

 ミミックの三半規管さんはんきかんはどうなってるのよー!!!!


 やめてぇええええ。

 助けてぇええええ。

 目が回るぅううう。

 気持ち悪いぃいい。

 うげぇえええええ。

 離してぇええええ。


 嘆いていた私の体は不快なほどの浮遊感に苛まれた。

 キングラットが私を離し、投げ飛ばしたんだ。


 離してとは言ったけど、もっと優しくてよぉおおお。


 ――がはッ!!!!!


 投げ飛ばされた私の体は金銀財宝の山に激突。山は雪崩の如く崩れていく。

 自分のコレクションならもっと大事に扱った方がいいぞ……。と、金銀財宝の山に埋もれながら思うのだった。


 いてててて。

 ここまでやる必要ある?

 早くここから逃げないと……追撃がくるぞ……。


 体を動かした瞬間だった。

 キングラットの殺気がこもった眼光を見たのは。


 ――ぐはッ!!!!!


 蹴られた。

 どんだけ強い蹴りなんだよ。

 それにこのスピードは何? 信じられないほど速い。

 私が今まで見てきたどの生き物よりも速い。比べものにならないくらいに。

 そうか。あの巨体に加えてこのスピード。威力も増し増しってことね。


 だとしたらこの状況非常にまずい。

 何もできずに殺されてしま――


 ――うぐあはッ!!!!


 今度は踵落かかとおとしかよ。しっかり体術っぽい攻撃もしやがって……。

 くっそ……生きて帰らせない、ってか。


 でも私だってこのまま死んであげる筋合いはないんだからっ!!

 まだ体が動くうちに、出口に!!!!


 必殺――体当たり攻撃ボックスアタックッ!!!


 思いっきり出口に向かって飛ぶっ!!!

 でもこれだけじゃキングラットの素早さに敵わないってことくらい重々承知だよ。

 すぐに追い付かれちゃう。

 だからさらに――


 必殺――回転攻撃スピンアタックッ!!!


 回転を加えて回避率を上げる。

 これは回った目も解消する一石二鳥の作戦だっ。

 目が回った時、逆回転するといいって聞いたことがあったけど本当だったんだ。 (※諸説あり、個人差あり)


「ズズズラァアアアア!!!!」


 攻撃を仕掛けてきたキングラット。でも作戦通りかわすことに成功したぞっ。

 このまま――この勢いのまま出口を塞ぐ金銀財宝を吹き飛ばして脱出してやる!!

 二度と御免だよ、こんなところ!!


 うらぁあああああー!!!


 あと少し、あとちょっとで……脱出だ!!!


 あ……あ、あれ?

 回転が止まったぞ。というか私の体も宙に浮いたまま止まってる……。

 まさか――


 取っ手部分に感じる感覚。誰かに握られているような感覚。

 確認せずともわかる。キングラットの仕業だ。

 本当にこの取っ手は私にとって大きな欠点――弱点だな。


 キングラットの力もスピードもそうだけど、反射神経もとっさの対応力も……頭を使う相手って本当に厄介だ。


 私は再び投げ飛ばされてしまった。

 出口から最も遠い場所に――数分前に私が大人のおもちゃを投げた場所に向かって。

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