第36話 彼氏?告白?
顔を離すと銀色の糸が唇と唇の間に張り、目の前にはとろけるような顔をしている柳原が見える。
「んっ……」
そんな柳原を前に、思わず俺は赤くなる顔を隠すために袖で頬と唇を隠す。
けど、柳原はなにか覚悟を決めたような目で、惨い面持ちをする風雅を見下ろし、
「蒼生――んーん、今はもう彼氏がいるから、風雅とは別れるね。今後一切話しかけないでね」
なんて言葉を言い残した柳原は踵を返し、俺の腕を引っ張りながらその場を去る。
「……え?彼氏?」
以前猫がいた角を曲がった俺は、思わず柳原に問いかけてしまう。
確かに寝取られたと言われ、俺からもキスをしてしまったのだからそう思われるかもしれないが、あくまでもざまぁがしたかっただけで……。
「うん。蒼生はもう私の彼氏だよ」
「あーいや……キスしたことは謝るから、彼氏というのは流石に……」
「もうダメだよ。私、気づいちゃったんだ」
未だに混乱している学校内を背景に、柳原はこちらを振り返って口を開く。
「あの時、蒼生の胸で泣いた時に気がついたんだ」
「気がついた?」
俺も足を止め、首を傾げながら問いかける。
「私ってあまり泣かないの。風雅にDV受けてた時も1人の時は泣かなかったし、親の優しさに触れても泣かなかったの。でも、蒼生の近くにいると安心して、自分の思ったことが言えて心地よかった。そして決め手には目一杯泣けて、その時に気がついたんだ。私、蒼生の彼女になりたいって」
「えーっと……えーっと……?」
それって俺のことが好きだということか?今まで言い合っていた仲だったのに、いきなり好きという感情が芽生えたということか?
いやまぁ、好きというのは小さなきっかけからなるというのはよく聞くけど……いやこれはまぁまぁでかいことだけどさ。
「私、蒼生の彼女になりたい。そしてこれからもずっと私のことを守って?」
……これって、告白なんだよな?
いつしかに見た光の宿っていない目。けど、その奥から感じる本気さ。
「私にキスしておいて、彼女にできないなんて言わないよね?それに、風雅が私に近づいてくるかもしれないよ?」
言葉を紡ぐに連れて俺との距離が近くなる。
俺が体をそらしていなかったら、またもキスしてしまうのではないかと思うほどに。
確かに風雅がいつ近づいてくるかもわからない今、彼氏になった方が良いのかもしれない。それに、キスしてしまったのも申し訳ないし……。
1時の感情に流されてしてしまった行為だが、やってしまったことを消せるわけではない。
「彼氏ね……。彼氏は……流石にまだかな……」
「え……?」
今までに見たことがない――もしかしたら先ほどの風雅よりも惨い面持ちをする柳原。
「でもずっと近くにいるつもりだよ。借りの彼氏としてね」
「仮の彼氏……?」
「そ。周りのみんなには付き合っていると言ってもいいけど、本当は付き合ってないみたいな?」
「なんで……?」
「風雅を見て、曖昧な気持ちで付き合いたくないなって思ったから。付き合うならちゃんと好きになって付き合いたいからね」
あくまでも推測だが、風雅が柳原と付き合ったのは彼女が居るという称号がほしいからであって、好きでも何でもない。
彼女が居るサッカーが上手い男子というのは有名にならないわけがないからな。
目立ちたい風雅を見れば、そういう考えも自ずと脳裏に過ぎった。
まぁその結果、DVに発展してこうなってしまったわけだ。
だから好きでもない今、付き合うのは良くない。柳原からしても、本当に私のことが好きなの?と不安になるかもしれないからな。
……あと、俺の逃げ道も作っておきたいから。
「……蒼生って変な所で優しい」
「いつも優しいよ。で、仮の彼氏ならいいか?」
「……私のこと、好きになる自信はある?」
「それは柳原次第じゃないか?」
「それは……そうかも」
俺が柳原のことを好きになるかどうかは分からんが、まずは風雅と別れられることができてよかった。
とりあえず一件落着かな?また別の面倒事が増えたけど……。
「今私のこと面倒事って思った?」
「気のせい気のせい。帰ろ帰ろ」
相変わらず学校内は混乱に満ち溢れているが――まぁ混乱を起こした真犯人は俺なのだが、気にもとめず俺と柳原は正門を後にした。
教師にバレたとしてもどうせこの土日が開けた時だろうし、柳原の精神的安全を考慮して早めに帰りましたとか、そんな感じの言い訳をしとけば大丈夫だろう。
「あ、ちょっと蒼生?こっち見て」
「どし――」
隣を歩く柳原に顔を向けた途端、風雅の目の前で飽きるほど重ね合わせた唇を一瞬だけ当てられる。
先ほどの濃厚なキスよりも、こちらの方が恥ずかしいと思ってしまう俺はおかしいのだろうか。
思わず袖で口元を隠し、目を見開いていると、
「私次第なら、いっぱいキスして蒼生を落とさないとね」
なんてことを言う柳原の顔は悩みなんてないような、全てが吹っ切れたような清々しいほどの微笑みを向けてくる。
この一瞬だけで落ちそうになるのは流石にチョロすぎる。
そう自分に言い聞かせ、気を確かに持つ俺は前を向く。
「頑張れよ」
「ありがとね」
短く言葉を交わした俺たちは帰宅路を歩き出す。
その間に柳原は俺の腕に手を回してくるのだった。
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