第34話 悪の時は悪で行かなくちゃ
自分の教室の方へと向かっていると、目的の人物――プリントを持った委員長の姿が目に入る。
「委員長?」
隣の柳原は委員長になにをするのか分からないようで首を傾げる。
まぁ言ってないのだから知る由もないか。初めに色々説明しとけばよかったな。
なんてことを考えながら俺は立ち止まる委員長の元へと向かい――
「――キャッ!」
女子らしい悲鳴と共にプリントが中を舞う。
委員長は地面に尻餅をつき、腰を擦り始めた。
「すみません。大丈夫ですか?」
「え、えぇ……。ごめね。こっちも前見てなかったから……」
手を差し伸べ、委員長を立ち上がらせていると、周りに居た生徒が委員長の悲鳴が気になったのか近くに寄ってくる。
それを気にポケットに入っていた鍵を地面に置き、俺のプリント――大学の進路なんちゃらの紙を取ってその場を去る。
「は?何だこれ」
「え……うっそ……」
瞬間、背後からは男子生徒の声に委員長の声。
あの時撮っておいて良かった――風雅が柳原の髪を引っ張る――写真を目に入れた生徒たちは、次々に声を上げ始める。
「おいこれ見ろよ!放送のこの声マジだぞ!」
人間の噂の広がり方というのは本当に恐ろしい。
ちょっとした……ではないか。まぁきっかけがあればすぐに広まる。それが友達であろうが、サッカー部の先輩であろうが。
「ね、ねぇ?わざと肩ぶつけたの?」
「ん?うん」
若干引き気味に言ってくる柳原は後ろを振り返り、なぜ自分には気が付かないのかという疑問を抱きながらも問いかけてくる。
今言った通り、委員長に対して俺はわざと肩をぶつけ、故意的にプリントを散らせた。
ちょっとだけ力が強かったから明日にでも謝っておこう。
「たまにあなた、酷いことするよね」
「柳原のためだ」
「……それはずるい」
嘘偽りのない言葉を言ったのだが、なぜか頬を赤らめる柳原は心なしか俺との距離を詰めてくる。
「柳原もたまにチョロい時があるよな」
「あー……一言多い。ほんとモテない男子ね」
近づいたかと思えばすぐに離れる柳原には赤い顔はない。
モテるつもりはないから別に傷つかないので、
「そりゃどうも」
と軽く流し、ポケットからスマホを取り出す。
そして最近慣れてきた手付きでMINEを開き、風雅のとのトーク画面を開く。
『校舎裏に来て。話したいことがある』
風雅も絶対にこの放送を聞いているはずだ。
そしてさぞかし周りの人間にガヤガヤ言われているだろう。風雅は相当の矜持の持ち主だ。そんな空気に耐えられるわけがない。
だから逃げるように――
『分かった』
一瞬で返ってきたメッセージに目を通した後、スマホの光を落としてポケットに入れる。
伊達に風雅と親友をやってきたからな。嫌でも風雅の性格は分かる。
……まぁ裏の顔は分からなかったが。
「これからどこ行くの?」
「1回教室に戻って、鞄を取ってから校舎裏に向かいます」
「校舎裏?」
「そそ。今風雅呼んだからさ」
「そこで話し合うの?」
「いぇす。もしかして嫌か?」
思わずの質問攻めに不意に嫌なのかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。
俺の言葉に対して首を横に振る柳原はほんのり笑みを浮かべ、
「嫌じゃない。嬉しいだけ」
手に力を込めて言ってくる。
最近柳原の笑顔が豊かになった気がする。これまでが冷たすぎただけかもしれないが、それでも俺の前でも色んな表情を見せてくれるようになった。
嬉しいか嬉しくないかで言われたら嬉しいの一言に尽きる。
柳原と同じように手に込める力を強めた俺は、教室に入り自分の鞄を持つ。そして眼鏡とマスクを外し、鞄の中へと突っ込む。
「眼鏡壊れない?」
「あー……まぁ、うん。今は急ぎだから」
多分今後使わないだろうし、きっともう風雅は校舎裏についているだろうしな。
別に1000円ぐらい大したことない。うん、大したことないぞ。
一瞬悩みはしたが、心の中で握りこぶしを握った俺は柳原と一緒に校舎裏へと向かう。
案の定風雅はもうすでに校舎裏に到着しており、今か今かと俺のことを待つ風雅は腕を組み、怒りを堪えているのか指を腕に突かせていた。
ラブレター事件の時に居た猫の場所に立ち止まった俺は振り返り、柳原の顔色を伺う。
青ざめたような表情も見えなければ焦っているような面立ちもない。
「私は大丈夫だよ」
心を読み取ったように言葉をかけてくる柳原。
言葉を口にしなくとも読み取ってくれるほどの相性の良さがあるのは本当に便利だ。
「よし、ならさっさと行くか」
1つ深呼吸をした俺は柳原から手を離して言う。
「……だね」
最後の最後でどこか不服げに言葉を口にする柳原。
なにを不満に思ったのか気になるところではあるが、やっと来たかとため息を吐いた風雅を前に聞くことも出来ない。
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