第32話 小細工は仕掛けています

 翌朝。俺はいつものように机に突っ伏して外を眺めていた。

 来るのが早すぎて誰も教室にいないが、こういう朝の教室もいいものだ。


 柳原は風雅に呼ばれたから一緒に来るらしい。

 まぁ最後の日ぐらい存分に柳原と話せばいいさ。


 あくびをしながらそんなことを考えていると、正門から続々と生徒が入ってくるのが見える。

 その中に柳原と風雅の姿もあり、周りに生徒がいるからだと思うが、これまた楽しそうな笑顔を2人して浮かべている。

 両者とも演技だということを考えると悪寒が走るな。


 ポケットにある鍵を触られてもわからないように、いつもより重い鞄を持ち上げてその中に入れる。

 いつ実行しようか迷いどころだが、授業も終わり、生徒が節々に自由な会話をする放課後が一番いいだろう。


 廊下から聞こえてくるガヤガヤという騒がしい声が俺の緊張感を刺激してくる。

 学校全体を巻き込むんだ。そして俺がやったということがバレたら停学じゃすまないだろう。

 ……まぁ、そのために色々細工はしてあるんだけどね。


 どこで入れ替わったのか、柳原の隣には風雅ではなく、前崎と一緒に教室に入ってくる。

 いつも通りな光景に、感付かれてはいないという安心感とともに、もう一度机に頭を伏せた。


 教室に入ってくる人たちは俺がどうして早く来ているのか、という不信感を抱くことなくそれぞれ友達と話し合う。

 たかが1日、クラスの男が自分よりも先に教室に居ても、誰もなにも思わないのは自然なこと。

 そんなので一々怪しんでいたら疑心暗鬼が過ぎるというものだ。


 少しすればチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。

 先生が教卓の横にある机に目を向け「ん?他の教科の提出物か?」と首を傾げて生徒たちに問いかける。


 教卓の横にあるプリント。

 生徒たちがなにも答えないことに更に疑問を覚えた先生はピラっと1番上のプリントを捲り、


「あーこれね。もう書き終わったのか」


 そう一言呟いた先生は1番上のプリント――俺の大学のアンケート的なやつを元に戻した。

 そして先生はまとめてプリントを持ち上げ、邪魔にならない場所に置いて委員長の隣に歩み寄る。


「これ、放課後職員室に持ってきてくれるかな」

「分かりました」


 うちの委員長はアニメとか漫画で出てくるようなガチガチの真面目キャラではなく、勉強はある程度できるが陽キャの部類の女子だ。

 ちゃんと仕事をしてくれるだけ有り難いが、興味のない人の名前と顔を覚えないのは良くないと思うぞ。

 特徴的な部分しか覚えられなくて、たまに『おいデブ』と言われている人もいるし。


「で、あれなに?私達なにも出してないよね」


 先生が教卓に戻る背中でコソコソと隣の女子と話す委員長。

 生徒たちはなんのことか分かってないようだ。

 まぁそれもそのはず。しか出してないのだから。



 昼休み、いつもなら風雅と一緒に弁当を食べるなり学食に行くなりしていたのだが、どうやら今日は、風雅は部活のミーティングがあるらしい。

 そこで弁当を食べながら話し合うのだろう。

 流石に追い込み過ぎじゃないか?とも思ったが、時間の有効活用と考えれば普通なのかもしれない。


 そんなこんなで今日はぼっち飯。

 クラスの端で弁当箱の蓋を開くと――放送が流れ始めた。


『えー教師、生徒の皆様にお願いがあります。今朝から放送室の鍵がなく、困っております。心当たりがある方は職員室までお越しください』


 この放送を聞き、ならどこで放送してんだよ〜だとか、矛盾してるくね〜だとか、そんな会話がクラス中から聞こえてくる。

 だが、その会話を恰も聞いているかのように放送の声が口を開く。


『この放送は職員室の緊急放送を急遽使っています。もう一度言います。心当たりがある方は職員室までお越しください』


 そんな放送を聞いてもなお、職員室にあるならそれでよくね?という声も聞こえるが……まぁ設備が整っていたり音質だとか色々あるのだろう。


 お箸を持ち、卵焼きを口の中に入れる。

 この放送は俺に向けて言ってるんじゃないか?と思うほどに俺には心当たりがある。


 鞄にある鍵、これは言わずとも分かると思うが放送室の鍵。

 この鍵を借りた人を特定すればすぐに俺だということが分かるだろう。だが、ちゃんとそこもしっかりと証拠隠滅を測っている。

 まず、この学校には2つ放送室の鍵がある。

 1つは職員室にある鍵。そしてもう1つは放送室内にある鍵。


 なんで内側に鍵があるんだ?と疑問になる人も居ると思うが、うちの放送室には色々と学校の書類や貴重品などが色々とある。

 そのせいか、放送室を出入りする際には鍵が必要になる。


 いえば、内側にも鍵穴があり、外側にも鍵穴があるということだ。1回扉を閉める度に鍵が閉まり、中に入った人は出ることが出来なくなる。

 ということで内側に鍵があるんだってさ。


 他の部屋にしろよと思ったのだが、ここは私立の学校――この高校を作った校長が放送室に隠したい!と言ったらしい。

 遊び心があっていいと思うが、今はそれが仇となってるぞ。


 あ、そういえば俺がどうやって証拠隠滅をしたかというと、1番乗りは教室の鍵を開けないとならない。

 そこで俺は職員室に教室の鍵を取りに行くついでに放送室の鍵も取った。

 かなり朝早だったからか、教師も少なく簡単に取れた。


 特定の場所の鍵を取るには名簿に名前を書かないといけないのだが、教室の鍵はその特定の場所に入っていない。

 故に書かなくて済んだのだ。


 母から渡された弁当は非常に美味しく、あっという間に平らげてしまう。

 最後に残ったミニトマトを口の中に放り込み、俺は手を合わせて弁当箱をしまった。

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