第12話 親友の真相

 あまりにもルンルンな俺の姿に、流石の柳原も声をかけたくなったようで、小声で「きも」と辛辣な言葉をかけてきた。

 この前の甘い柳原はどこに行ったのだ、と眉根を寄せたようとしたが、気分がいいので無視しておいた。

 ラブレターというものは怒りすらも抑えるのだからすごい。毎日貰いたいほどのバフが掛かる。


 そんなこんなであっという間に放課後がやってきた。

 部活がない風雅に、放課後は予定があると言いに行ったのだが、どうやら風雅も柳原と帰るらしく、運が良かった。


 現在の時間は15時20分。集合時間まで少し時間があるからどうしようか悩み、予定より早くに行こうかとも考えた。

 だが、それだと楽しみすぎて気持ち悪いやつ、みたいな印象を与えかねないのでそれはやめ、素直に教室でスマホをイジることにした。

 連絡も来ていないし、これと言ってすることはないのだが、web小説を読んでいればすぐに時間というものは経つ。


 目を上下に動かし、指も上下に動かす。

 自分が寝取る側だから、寝取られ物の作品を最近よく見ているのだが、取る人の性格が悪いからあまり参考にならない。

 親友を守るために寝取る、という作品はないのだろうか。それとも俺が見つけてないだけであって、どこかにあるのだろうか。

 まぁ今はそんな事を考えている暇などないんだけどね。


 現在の時刻は16時5分。小説の世界にのめり込み過ぎて、時間というものを忘れてしまっていた。

 ラブレターの差出人を5分待たせてしまったことと、もう帰ったのではないかという心配から走って階段を降り、肩で息をするのを落ち着かせながら靴を履き替える。


「まだ居るかな」


 そんな言葉を零しながら校舎裏へと近づいていると、なぜか猫が餌を食べていた。

 誰かが隠れて飼っているのか?なんてことを思うが、ここは学校だ。帰りにでもどこかに返してやろう。見つかったら大変だ。

 横目で可愛い猫を見て、角から校舎裏の様子を伺うと――


「なぁ澄玲」


 俺の頭に、爆発するような勢いで情報が入ってきた。

 失望と怒りが入り交じる重い男の声。そして聞き覚えのある名前。さらにはこの前俺に向けたような色の灯らない目をする女子。おまけにこのラブレターを差し出したであろう人の姿が見えない。

 完全に浮かれていた脳は一気に冷め、思わず息を潜める。


「お前、最近蒼生に甘すぎねーか?助けでも求めてんのか?」

「……」

「全部聞こえてんだよ」


 失望と怒りの入り混じった声の主――顔を見ずとも何度も見た後ろ姿、そして背丈ですぐに分かった。


「風雅……?」


 ポツリと呟いた言葉は誰の耳にも届くことなく、風雅の怒りによって吹き飛ばされてしまう。


「おいなんか言えよ」

「風雅だって柏野に、なにか言ったでしょ?」


 やっと口を開いた柳原からは凍るような声。

 思わずこちらの顔が青ざめてしまう。


「は?俺は別にいいだろ。お前が言うのがダメなんだよ」


 あまりにも理不尽な言葉。そして2人の間に上がる俺の名前に、胸が高鳴ってしまう。

 嬉しいだとか、ワクワクだとか、そういう高鳴りじゃない。ただ純粋に怖い。


 いつも強気な柳原が圧倒され、逆にいつも優しいはずの風雅がピンクベージュの髪を引っ張り上げている状況。

 いつの間にか自分の呼吸も荒くなっており、ペタッとその場に尻餅をついてしまう。


「なんで……」

「好きな人の評価を下げたいと思っているのか?せっかく中学時代のほぼ全ての時間を使って俺と付き合ったのに――それほど好きな相手の評価を下げたいのか?」

「……」


 髪を離してもらおうと必死に藻掻く柳原など気にも留めず、振り回すように引致しようとする。


「ちょっと俺の家こい。お仕置きだ。この前のワクドナルド分のお仕置きもあるんだから、親にはちゃんと連絡しとけ――」


 その時、何を血迷ったのか慌てて立ち上がった俺は――パシャっという音を立ててしまった。


「誰だ?」


 見るからに嫌悪感が増す風雅を目の前に、どうしよどうしよと、声には出さず慌てる俺は右を見たり左を見たり。

 パニック状態の俺の脳には音を立てるなという命令が出せなかったのか、隠す気のない草の音がずっと鳴り続ける。


 風雅も「おーい」と、口だけでは明るい……とは言い難いが、言葉だけは明るいもので言い寄ってくる風雅。だが、彼の身に纏うオーラが喜怒哀楽の怒のそれを示しているのだから『はいはーい』と出られるわけもない。


「さっさと出てきた方が身のためだぞー」


 身のため――自分の身のためと言い換えるのが正しいだろう。

 そんな意味を俺に感じさせるほどに、風雅はキレている。なぜそんなにキレているのか分からないが、とにかくにキレている。


「どこのどいつだー」


 風雅との距離は残り5メートルほどと言っていいだろう。

 そこで俺は、ふと隣りにいる猫に目をやった。


「――ニャァ〜」


 可愛らしい鳴き声を背中に、なるべく足音を立てることなく俺はその場を去った。

 なぜあそこに猫がいたのかわからんが、とにかく助かった。お前は命の恩人だ。


「あ?猫?」


 相変わらず柳原の髪を引っ張ったままの風雅は猫の首根っこを持ち上げる。

 そんな猫の勇姿を振り返ることなく、まっすぐに校舎裏から出た俺は、また肩で息をする。というか、せざるを得なかった。


 足は震え、鼓動が早くなる。そして自分を落ち着かせようとため息を吐こうとするが、それは自然と過呼吸へとなる。

 したくて肩で息をしているわけではない。止められるなら今すぐに止めたい。

 でも、止められないのだから苦しいものだ。


 いつも信じていた親友が、いつも憎むほどイラつく相手の髪を引っ張り、怒声を浴びせる。

 ゲーム表現で言うところの、バグると言ったらいいのだろう。俺の頭がその状況を適切に処理できなかった。

 少しでも風雅の怒る姿を予想していたらこんなにもパニックになることはなかっただろう。だが、本当に予想ができなかった。

 だって親友だぞ?今まで俺に対して……というか、俺の前で怒ったことのないやつの、怒った姿を想像しろという方が難しい――


「あ、柳原……」


 靴箱に凭れ掛かり、気を落ち着かせた俺は、ふと柳原の状況について思い出す。

 完全に敵かと思った柳原は風雅に髪を掴まれていた。それも、光の宿っていない目をしながら。


 ポケットにある、クシャッとなったピンクの手紙を取り出す。

 でも、一瞬だけど、猫が現れた時のあいつの顔にはほんの少し笑みを浮かべた。何に対しての笑みなのかは全くわからない。だけど、これだけはわかった。


「この手紙、柳原が書いたやつだな」


 この前の『実際に見てね』という言葉とこの状況を整理してみれば自ずと分かる。

 けど、わかったからと言ってどうすることもできない。いや、できなかった。

 あの時立ち上がったのは助けようという気持ちがあったから。が、一歩が踏み出せず、猫を使って逃げてしまった。


 あとから柳原にバレたら、さぞかし男の恥だと罵られるだろうな。でも、この判断が間違っていたとは思わない。


 あの時助けていたらどれだけカッコよかったか、想像したら分かる。

 けど考えてみてほしい。飛び出したからって、何ができる?柳原の手を引いて全力で逃げる?それとも風雅をぶん殴る?

 結局明日には学校で出会うことになるのだ。ならば何も考えずに出るのではなく、なにか考えて飛び出した方がいい。


 やっとまともな深呼吸ができた俺の頭はやけに回り、ほんの一瞬でその答えに辿り着く。

 そして鞄のポケットからスマホを取り出し、あまり慣れない手付きで柳原のアイコンをタップして、トーク画面を開いた。


『説明してくれるか?』


 はじめに送る言葉がこれなのはどうかと思うが、こんにちはとか、こんばんはとか、明るい言葉からはじまり、いきなり地の底のような話に持っていく方がどうかと思う。

 ……何を言えばいいのか悩んだのは内緒だぞ。


 靴箱から背中を離した俺は周りに2人が居ないことを確認し、猫の安否を確認するためにもう一度校舎裏へと行ってみたのだが、猫はいなかった。

 多分風雅が連れて行ったのだろうけど、大丈夫かな、あの猫。


 俺の中での風雅への信頼度はありえないぐらい下がり――今までは100だったのに対し、今では30……いや、15ぐらいまで下がってしまった。

 それ故に、猫のことが心配になる。


「一旦帰るか。ここに居てもなにも起こらないだろうし」


 逆に信用度が増した――今までが0だったのに対し、今では75ぐらいまで増えた柳原の返信が返ってくるまで俺は動けない。

 猫が先程まで居た場所を通り、もう餌がないことを確認して俺は門を出た。

 猫用の器は無かったので片付ける必要もないというのは、猫を連れてきたやつの考え――というか多分、猫を連れてきたのもあいつだろうから、まんまと俺は手のひらの上で踊らされたんだろうな。

 まぁ結果としては良い踊らされ方をしたから許すが、俺の動きは単調か?と疑いたくなる。


 念のため、帰り道でもよく周りを確認し、細心の注意を払った。

 別に帰り道だから会った所で風雅は『一緒に帰っているだけだよ』って言ってくるだろう。だが、俺が普段通りに接せれるわけがない。

 ポーカーフェイスとか俺の苦手分野。柳原との言い合いで分かると思うが、隠すというのが苦手だ。

 まぁ本当に大事なことは隠せるけどね。柳原を寝取るという事みたいに。

 そんな事を考えながら家の鍵を開け、


「ただいま」


 と、言葉を口にする。多分家にはまだ誰も居ないだろう。だが、これは癖みたいなものだ。

 家に帰ってきたらただいまを言え!という母からの教えで、いつの間にか染み付いていた。

 扉を閉め、おかえりという言葉が返ってこないことを確認し、俺は部屋へと向かった。

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