11-44 宣誓!? さあ、国盗りを始めるぞ!

 怒涛の情報のやり取りに加え、ヒーサからアスプリクへの寝所の誘いである。


 場が沸騰し、熱い空気が漂っていた。


 なお、ヒーサは場の空気に反して冷静であった。



「では、話を進めるぞ。こちらが王都に向かっていることは、当然王都にいる者達にも分かっている。先触れの使者で、祭りの六日目か、七日目には到着することを伝えておいたからな」



「まあ、行軍が思いの外に順調で、五日目の夕刻には到着しそうではありますが」



「そうだな。で、サームはこれから部隊を引き返してくれ」



「……は?」



 いきなりの命令に、サームは目を丸くして驚いた。



「しかし、それではこの先の護衛はいかがいたします!? 率いている部隊は、シガラ公爵家の威光を見せ付ける示威行動でもあり、同時に政情不安定なこの状況に置いて、周辺を固める護衛でもあるのですぞ。それを切り離すなど……」



「なぁ~に、これからコルネスがその任を変わってくれるさ」



「コルネス殿が!?」



 サームとコルネスは良く知る間柄である。



 なにしろ、ヒサコの指揮の下、帝国領に逆侵攻をかけ、肩を並べて戦った戦友である。


 サーム、コルネスにアルベールを加えた三将は武勇を欲しいままにし、今や国中にその名を知られるほどであった。


 そして、サームは戦友コルネスの所在が、今は王都にあることを思い出した。



「そうか、なるほど。宰相閣下の暗殺事件に公爵様が関わっていたと嫌疑が欠けられた場合、王都にいるコルネス殿が“護送”のためにやって来る可能性が高い。つまり、コルネス殿に身を委ねると!?」



「そういうことだ。よって、私は身の潔白を証明するために、あえて徒手空拳となる。護衛を外し、この身を先方に委ねる」



「しかし、それはあまりにも危険では!? コルネス殿は信用の置ける人物ですが、信用の置けない人物がウジャウジャいるのが、今の王都なのですぞ。護衛がいないのをこれ幸いと、それこそ暗殺をしかけて来る輩いるでしょう」



「サームの懸念ももっともだが、そこはコルネスを信用するよりあるまい? ゆえに、大人しく身柄を差し出し、先方の心象を良くしておく」



 そして、ヒーサは視線をアスプリクに向けた。



「で、その際に、アスプリク、お前も私と一緒に捕まってもらう」



「僕も!?」



「単純な事だ。もし、何かしらの事件が発生し、それの主犯と実行犯を同時に捕えたらどう思う?」



「……あ、そっか、舞台は捜索から、聴取や裁判に切り替わる」



「つまり、そこにこそ、隙が生じるというわけだ。あとは、ヒサコが動いてくれる」



 そこで全員がハッとなった。


 あえて自分の身を囮にし、ヒサコへの注意を逸らし、そのヒサコに動いてもらうということだ。



「そ、それは可能なのですか!?」



「すでにテアはあちらに飛ばしている。情報はあちらにも伝わっているということだ」



 ここで、初めてテアがいつの間にかいなくなていることに気付いた者もいた。


 相変わらずのんびりどっしり構えているようで、その実すでに手を回している。見えない部分の行動の速さは流石だと、サームは感心した。



「で、これから捕まるのは、私、アスプリク、アスティコス、ライタンの四名だ」



「あ、私もやっぱりそちらに含まれますか」



「当たり前だ。そもそも、今回の王都来訪は“教団大分裂グラン・シスマ”の解消が主題でもあるのだぞ。“僭称”法王がいなくてはそもそも話にならんし、ここでお前もサームと一緒に下がってしまったら、いらぬ誤解を生みかねん。身の潔白のためには、先方の疑念を生むような行動は厳に避けねばならん」



「仰る通りではありますが、また貧乏くじですか」



「一度乗った船を、途中で降りることはまかりならんぞ」



 やっぱり貧乏くじだとライタンは嘆いたが、ヒーサの言い分も最もであり、それには従わねばならないことも認識していた。


 了承の意味も込めて、僭称法王はヒーサに対して頭を下げた。



「で、サームの方は小芝居を頼むぞ」



「あまり自信がないのですが、その手のやり口は」



「なに、単純な事だ。じきに迎えに来るであろうコルネスを、馴染みの戦友として出迎える。そして、アスプリクから“話を聞いていない”風を装う。あとは狼狽しながら、身柄を差し出す私やアスプリクの待遇について、“情”に訴えかければいい」



「……自信はございませんが、鋭意努力させていただきます」



 真面目な自分に演技など務まるのかと不安に思いつつ、サームは頷いてヒーサの指示を了とした。


 ヒーサはそれを満足そうに頷き、そして、視線をティースとマークに向けた。



「さて、麗しの我が妻と、その従者よ。二人にも働いてもらうぞ。いいな?」



「良いも悪いもないんでしょ? どのみち、進む以外に道はないんだし」



 ティースにしても、すでに腹は決まっていた。我が子を生贄に捧げたその瞬間から、すでに心には闇を飼い慣らす鬼が潜んでいる。


 立ち止まることなど許されず、ただひたすらに前進し、国を乗っ取る事を決意したからだ。


 当然、その意は従者にも伝わっており、無言で頷いて、どこまでも付き従うことを示した。



「では、やるぞ。今回の宰相暗殺事件を奇貨とし、我らの“国盗り”を始める!」



 その日、ヒーサは“共犯者”を除けば、初めて王国を乗っ取ることを口にした瞬間であった。


 その歪んだ笑みは周囲の顔触れを畏怖させると同時に、自らもかつての高揚感を思い起こさせる発起点ともなった。


 国盗りあっての梟雄。松永久秀ヒーサは戦国日本で味わったあの懐かしの感覚を、完全に呼び起こすのであった。

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