悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
11-29 呪殺!? この世で一番の毒は“孤独”!
11-29 呪殺!? この世で一番の毒は“孤独”!
ジェイクの死因は毒殺ではなく、呪殺の類である。
ヨハネスの言葉は近侍も驚きの事実であるが、法王自らがそれを確かめた事には冷や汗ものであった。
「宰相閣下を呪い殺したというのですか!? しかし、どうやって!?」
「呪術は相手に不幸を与える。無論、その強弱はあるが、場合によってを死に至らしめる。そして、込めた怨念が強く、また“幅”を狭めることにより、一層濃く相手に呪いをかけられる」
近侍が持っていた酒瓶を受け取り、それをじっと眺めた。
「呪いの引き金は“孤独”だ。そう、これは相手を孤独死させる呪いなのだ」
「そんな馬鹿げたことが!? そもそも、宰相閣下は孤独とは無縁の存在ではありませんか!」
なにしろ、周囲には臣下がいくらでもいるし、家族とて存在する。ましてやこれから王として国を統べる存在であり、孤独とは無縁のはずだ。
それが孤独死など、絶対にありえないのだ。
「まあ、実際の孤独死とは、色合いが異なる。あくまで孤独死で死んだ者の怨念が、宰相閣下をあの世へと誘ったと言うべきか」
「なんとも限定的な呪いですね」
「幅を狭めてこそ、呪いもまた強くなるからな。そして、発動条件になったのは、実際その場を見ていたわけではないが、“手酌”ではないかな?」
それはジェイクの性格に合致するものであった。
ジェイクはアスプリクとの仲直りを切望しており、その対応は甘々であった。そんなときに、アスプリクが屋敷にやって来て、贈呈品として酒を差し出したらどうなるだろうか?
答えは、“すぐに開けて飲む”だ。
仲直りのために杯を交わすなど、良くある話でもあるし、妹と飲めるのであれば、ジェイクも即座に空けるであろうことは疑いようもなかった。
「そして、杯に酒を注ぐであろうが、その注ぎ役は閣下自身だ。妹からの大切な贈呈品を手放すわけがない。そして、酒は呪いと共に杯へ注がれる。ただし、そうなると自分の杯だけ“手酌”したことになる。注ぎ役が自分であるからな」
「一人の晩酌ならば、手酌は当然の事。手酌は孤独の証明!」
「そうだ。それが溜め込まれた呪いを吐き出させ、宰相閣下を死に至らしめたのだ。無差別の毒殺を装いつつ、その実、閣下の身を狙った呪術による暗殺だよ、これは! よく性格や行動を見ていなければ分からないだろうがな!」
なんとも回りくどいやり方だが、毒でない以上、匂いや味では判別できない。呪いも発動するまでは魔力も穏やかであるから、余程の疑り深い人間が見なければ嗅ぎ付けるのも困難だ。
孤独死、すなわち“手酌”が発動条件の呪いなど、幅が狭すぎて識別はできず、それ故に強力。発動する瞬間までは誰も分からず、分かった時にはあの世行きだ。
実によくできた手口と言えよう。
「だが、これで確信した。この事件には、アスプリクの意志が働いていない! 誰かに呪いの酒瓶を掴まされただけだ!」
ヨハネスはそう断じた。
周囲も多少疑ってはいるようだが、ジェイクが飲んで死亡した酒を飲み、平然としていることからそれなりの説得力を有し、しかも発したのは法王である。
そうなのだと、皆々納得した。
「問題は誰にこの瓶を掴まされたのか、それが真相究明の鍵だ。とにかく、急いでアスプリクの身柄を」
その時だ。
突如街の方から轟音が鳴り響いた。窓ガラスが震えるほどの大音響で、その場にいた全員が窓の外に一斉に視線を向けるほどだ。
そして、そのいくつもの視線が捉えたのは、市街地から噴き上がる炎の柱であった。
「あの炎は……、アスプリクか!? いったい何をしている!?」
少女の無実を証明しようとした矢先に、“コレ”である。
市街地で持ち前の大火力を披露するなど、常軌を逸していると言わざるを得なかった。
皆が驚き戸惑っていると、そこへコルネスが駆け込んできた。市内の巡察とアスプリク捜査の陣頭指揮のため出払っていたのだが、それが邸宅の方に戻って来たのだ。
「おお、コルネス将軍か。大至急現場に……」
「聖下! とんでもない事をしでかされましたな!」
「なに……?」
何やら激高しているコルネスであるが、その意味を理解できず、ヨハネスは首を傾げた。
だが、次にコルネスから吐き出された言葉は、その場に爆炎以上の衝撃を与える事となった。
「もう町中で宰相閣下の暗殺の件が、どこかしこで囁かれております! 箝口令はどうなされた! 教団の関係者があちこちで触れ回っておりましたぞ! 『宰相が白の鬼子に殺された』と!」
「な、なんだと!?」
ヨハネスは絶句した。
そもそも、この暗殺事件は宰相府や王宮でも、一部の者しか知らないはずだ。
神殿においても、早馬でようやく知り得たほどであり、知っている人間などその数は知れている。
なのに、情報が拡散しているなど有り得ないはずだ。
そうなると、考える先は一つだ。
「待て、将軍! これは誰かが故意に情報を拡散している!」
ヨハネスは怒れるコルネスを宥めつつ、そんな愚行を犯しそうな者は誰なのか、頭の中で模索し始めた。
そして、情報に触れる可能性があり、かつ嬉々として情報を拡散しそうな者が思い浮かんできた。
「王宮にいるロドリゲスか! あの愚か者め!」
王宮に出向中の枢機卿ロドリゲス、ジェイクやヨハネスからすれば最大の政敵であり、この混乱を助長するくらい平然とやりそうであった。
ヨハネスの怒りはいよいよ頂点に達し、あろうことか机を蹴り飛ばす始末だ。
「急げ! 他の捕り手に確保される前に、なんとしてもアスプリクを確保するのだ! 万一、あちら側に取られてしまえば、どう利用されるか知れたものではない!」
もう手遅れになりつつあるが、アスプリクの罪状を軽減せねば、それこそ魔女として処刑されてしまう可能性が出てきた。
暗殺の件は誰かにハメられたにしても、ジェイクを殺してしまったことは事実である。それに加えて市街地での術式の使用と放火は、減刑するにはあまりにも罪状が重すぎた。
ヨハネスの焦りは、遠くに見える炎のように、より一層燃え盛るのであった。
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