10-7 意見具申! 猟犬は主人に決断を迫る!

 ヒーサは化物だ。それをナルは前々から感じていた。


 特にここ最近はそれが顕著になっており、ナルも人一倍気を遣っていた。



(前々から気付いていたけど、ヒーサはあまりにも異常すぎる。年齢や経験が、実情と一致しない。ぬるま湯の十数年で築ける頭脳や行動力ではない。もっと何か別の、異物のようなものを感じる。だが、詮索している時間はない)



 そう、ヒーサが動くときは、大抵は手遅れになっている時なのだ。


 すでに道は舗装され、そこを進むしかない状態を用意して、それから招き寄せるのがいつものやり口であった。


 そうなると、その裏を読まねばならない。



(ヒーサがおとなしくヒサコを始末させるとは思えない。なにしろ、ヒーサの視点で見た場合、ヒサコの利用価値はまだまだ高い。どころか、例の妊娠の話が真実であった場合、王家への影響力が増大する。簒奪の目すらあるというのに、ここで消すとは考えにくい。あるいは、本当に手駒の暴走か?)



 ヒーサの言動は、どちらとも取れる余地があり、ナルを困惑させた。


 ティースの願いは、父兄の仇討ちであり、ヒサコの暗殺は絶対に成さねばならない。表立って殺すことができない以上、裏でこっそりと犯人が誰かを悟られることなく、始末しなくてはならない。


 ゆえに、ヒーサが暗殺に協力してくれるのであれば、それに越したことはない。



(だが、ヒーサの狙いが別にあるとしたらば?)



 ヒーサはいつも思わぬやり方で、とんでもない成果を上げる切れ者だ。


 ならば、今回も何かを企んでいると考えるのが自然だ。


 だが、それを調べる時間もなく、判断材料があまりにも乏しいのだ。



(そう、時間が無い。好機があるとすれば、ヒサコが帰国した直後。戦場で動き回って疲労がたまっているでしょうし、帰国した安堵から気の緩みがある。しかし、そうした緩みや隙も、時間の経過と共に失われる。下手に時間をかけ過ぎると、帝国軍の襲来で状況がますます混乱する。機会があるとすれば、ヒサコが帰国し、帝国軍が動き出すまでの間だけ)



 しかも、犯人が誰か分からない状態にしなくてはならない。


 なにしろ、自分がやったとバレれば、主人であるティースが間違いなく咎を受けるのだ。


 無論、毒殺事件の裏事情を表に出せば、多少は同情が集まるであろうが、それ以上にヒサコの名声の高さに押し潰される可能性が高い。


 この非常時に優秀な指揮官を暗殺するとは何事か、と。


 利敵行為と糾弾されるのがオチだ。



(だからこその暗殺。ヒーサが何を考えていようとも、ヒサコの暗殺さえなしてしまえば、状況は確実に動く。そう、私が道を切り開くのよ)



 不安要素も多々あるが、ヒーサの提案に乗らなくては、ヒサコの暗殺の機会は永遠に失われるかもしれない。


 帝国に勝利し続けるヒサコを放置すればするほど、距離が広がっていき、近付くことすら容易でなくなるのだ。


 迷う時間すら、与えてはくれなかった。



「ティース様、よろしいですね? これ以上ヒサコをのさばらせないためにも、公爵様の策に乗るべきだと具申いたします」



 すでに、毒薬は受け取った。あとは主人からの指示待ちだ。


 ティースはあまりに唐突なヒサコ暗殺に、判断を下しかねていた。


 ヒサコは憎い。なにしろ父や兄の仇であるから、このまま生かしておくつもりはない。


 だが、今やヒサコは武功を積み重ねる事により、名声と言う名の防壁を手に入れてしまっている。下手な非難は誣告ぶこくと受け取られ、彼女を慕う者からの反発は必至だ。


 やるのであれば、ヒーサやナルの言う通り、暗殺しかないのだ。


 正規の手順で裁けぬ以上、裏から手を回すしかない。


 そんなことはティースにも分かっていた。


 だが、もしこの計画を開始するとなると、実行者のナルの身が危険極まりない状態になる。毒を抱えて、単身敵地に乗り込むようなものだからだ。


 ヒーサの開発した毒ならば、盛る事さえできれば仕留めれるだろうが、問題は盛れる位置まで怪しまれずに近付けるかどうかなのだ。



「ティース様、問題ありません。必ずや仕留めて御覧に入れます。ですから、お命じください」



「ナル……」



 ナルの決意は固い。


 どのみち、ヒサコがいる以上、ティースの幸せも、伯爵家の再興も叶わないのが実情だ。


 身内の仇に頭を下げ続けることが、どう幸せに繋がると言うのか。


 富も名声もヒサコにばかり集まり、それでどうやって伯爵家を盛り返すと言うのか。


 ヒサコの排除以外に、すでに道はない。


 それが分かっているからこそ、ナルは決断を促しているのだ。


 それは痛いほどに、ティースにも伝わっていたが、それ故に悩むのだ。


 ナルの性格は分かり切っているから、刺し違えてでもヒサコを排除してくるだろう。


 だが、そうなるとナルと言う、第一の臣であり、最良の友であり、あるいは姉のような人を失うかもしれないのだ。


 それが、決断を妨げていた。


 ティースは思い悩み、どうするべきかを思案した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る