9章#31 家庭

「やった~! 勝った~♪」

「ぐぬぬ……雫ちゃん、強ぇな!?」

「えへへー、ありがとうございますっ! でもおじいちゃんも強かったですよ?」

「そりゃ、めちゃくちゃやってるからなァ。それなのにぼろ負けして悔しいわ」


 リビングに行くと、雫と祖父ちゃんがバリバリに格ゲーをしていた。

 っていうか、雫の馴染み方が想像以上すぎてやばい。勝負の最後の方だけ見てたけど、マジで容赦なく祖父ちゃんを倒してたぞ。普通もうちょっと遠慮しそうじゃない?


「ふっふっふー、まだまだですよおじいちゃん」

「みてェだな。鍛練するわ。またやろうぜ」

「ぜひぜひ! あ、でもその前に約束のアレを……」


 雫が、にまーっと笑いながら祖父ちゃんに言う。

 がっはっは、と祖父ちゃんは豪快に笑い、頷いた。


「分かってる分かってる。冷蔵庫にあるから持ってきてやるよ」

「やった~おじいちゃん大好きっ!」

「おぉ……おおお……!」


 雫の『大好き』の一言に、祖父ちゃんが感激したような声を漏らす。あー、うん、俺も時雨さんも雫みたいな分かりやすい愛情表現はしないもんな。そりゃ感激するわ。

 勢いよく立った祖父ちゃんは、くるりと振り向く。

 後ろにいた俺と目が合うと、おう、とテンション高めに言った。


「友斗、帰ってきてたのか。おかえり」

「あっ、友斗せんぱ~い! おかえりですっ」

「おう、ただいま」


 ふりふりと雫が手を振ってくる。無邪気で可愛らしく、直視するのが憚られた。代わりに俺は、祖父ちゃんに尋ねる。


「で、祖父ちゃんは何を取りに行くの? 冷蔵庫にあるから持ってくる、とか言ってたけど」

「あァ、聞いてたのか」


 まぁね、と頷く。

 すると、雫が答えを教えてくれた。


「ゲームで勝てたらアイスをくれるって約束してたんですよ~。なんか特別な味らしくて」

「なるほど……」


 馴染みっぷりにちょっと引いちゃうよ、俺。アイスを賭けて戦うとか順応性が高すぎない? 

 苦笑する俺に、祖父ちゃんが聞いてくる。


「そうだ、友斗も食うか? 普通の味なら幾つかあるぞ」

「あ、マジで? じゃあ貰おうかな……お昼まではまだありそうだし」

「そうだな。じゃあ持ってくる」


 時刻は11時半すぎ。

 キッチンではお雑煮を作ってはいたが昼食を作ってはいなかったので、少なくともあと一時間は食べないだろう。アイス一個ぐらいなら問題ないはずだ。

 おうよ、と景気よく返事をして、祖父ちゃんは部屋を出ていく。

 その横顔はとても楽しそうで、流石雫だな、と思った。


「すげぇ仲良くなったんだな」


 休憩している雫に言うと、ほどけるような笑みが返ってくる。


「ですです! おじいちゃん、とっても優しいですから」

「まぁ、それは我が祖父ちゃんながら思うよ」

「ふふー。自慢のおじいちゃんですか?」

「ま、そんなところかもな」


 自慢かどうかなんて、考えたこともないけれど。

 でも自慢できる良い祖父ちゃんだとは思っている。


「でも、雫が格ゲーやるのって珍しいな。ノベルゲームばっかりだと思ってたぞ」

「そですね……私も、格ゲーは久々です。最近はノベルゲームと、あとストーリーがよさげなRPGとかをやってるので」

「ほーん」


 ほら、と言って雫が挙げたのは、俺も知っているタイトルばかりだった。

 雫とはちょこちょこゲームを一緒にやるが、いつもノベルゲームばかりだ。RPGとかをやるのは少し意外かもしれない。

 一緒に住んでても知らないことはあるんだよな、と当然のことに気付く。


「あっ。友斗先輩もやります? これ、操作簡単なのですぐにできると思いますよ」


 そう言う雫の目は、きらきら輝いていた。

 そんなチワワみたいな目で見られたら断れないんだよなぁ。いや、元々断る理由もあんまりないんだけど。


「そうだな、じゃあとりあえず一戦だけ」

「やったっ! あ、じゃあじゃあ! 勝ったらご褒美くださいよ」

「今から初めてやるゲームで一回勝負なのにご褒美を求められる俺の気持ちよ」


 格ゲー自体はやったことあるが、基本一人プレイだし、このゲームはやったことないし。

 さっきの雫のプレイを見ていたら勝てる気はしないので、完全にご褒美をあげるためにゲームをするようなものになってしまう。

 苦笑交じりに俺が答えると、むぅ、と雫がむくれる。


「別に無茶なお願いはしませんよ~? アイス、友斗先輩の方も一口分けてほしいなって思っただけです」

「まぁそれだけなら別にいいが……」

「ちゃんとアーンしてくれますか?」


 雫が、俺の太腿の辺りに手を置いた。

 四つん這いになり、上目遣いで俺を見てくる。甘えたようなその声に、とくん、と心が揺れる。

 こいつ……っ!


「っ、そうやって事前に精神攻撃をしておくのが目的だろそうなんだろ」

「あっ、バレました~?」

「はっ、まぁな……ったく、見とけよ。俺がけちょんけちょんにしてやる」


 ぷいっと顔を逸らし、俺はコントローラーを手に取った。

 ほほーん?と雫が挑発的な笑みを浮かべる。


「いいでしょう、そこまで言うのなら受けて立ちます!」

「おう」


 かちゃかちゃとコントローラーを操作し、操作方法の案内とキャラクター選択画面に移行する。

 いつかの、バスケのリベンジじゃないけれど。

 これは負けられないな……と俺は頬を緩めた。



 ◇



 端的に言おう――負けた。


「ぷぷっ! 友斗先輩よっわ! 格ゲー苦手すぎませんかねっ!?」

「ぐっ、別にいいだろ。ネットプレイが得意じゃないぼっちは格ゲーなんて慣れてねぇんだよ」

「ですね~っ! 全然できてませんでしたもん!」


 祖父ちゃんが持ってきてくれたアイスをお供にし、俺と雫がこたつで暖を取っていた。祖父ちゃんは祖母ちゃんに呼ばれたそうで、アイスだけ置いてキッチンに戻っている。仲いいようで何よりだ。

 まぁそのせいで、雫にげらげら笑われてるわけなんですが。


 しょうがないのだ。

 格ゲーとかパーティーゲームって基本的に一人でやるとすぐに飽きるし(個人の感想です)。俺はソシャゲを除いてはネットプレイをしないタイプなので、オンライン対戦をする気にもならない。そうなると弱っちいNPCを倒すので満足して、コンボとかもろくに知らずに終わるのである。


 雫はひとしきり笑うと、ふふっ、とこたつに頬杖をついた。


「友斗先輩って、ほんっとポンコツですよね」

「うっせぇ。そんなの、今に始まった話じゃないだろ?」

「ですね。昔からずっと、友斗先輩はポンコツでした。ついでにクズで最低で、けちんぼで意地悪です」

「別に罵倒スタートの合図じゃないんだよなぁ」


 しみじみと言うと、くつくつと雫が肩を震わせた。

 そして、食べましょっか、と言ってアイスを開ける。

 祖父ちゃんが持ってきてくれたのは、冬にお馴染みの雪見大福だ。雫のは安納芋味で、俺のは普通の味。

 ついているフォークでくにゅりと刺し、雫はぺろっとアイスを舐めた。


 ……っ。

 急にそういうことをするか……。

 120%健全な行為なのに、ずっと見ていちゃダメなような気がしてしまう。


「ん~? 友斗先輩、どーかしました?」

「い、いや何でもない。そっち、美味しいか?」

「まだほとんど食べてないので分かんないですけど、たぶん美味しいです」

「たぶんて」


 また雑な。

 肩を竦めつつ、俺も一口食べる。うむ……久々に食べるけど美味いな。


「あれですよね」

「あれ?」

「おこたとアイスって、究極的な組み合わせだと思いません? 背徳感がやばいです」

「分かる」


 夏にクーラーでキンキンに冷えた部屋のなか、だらけながらアイスを食べるのもいい。

 だがそれと同じように、あったまった冬の部屋でアイスを食べるのも悪くない。


「おこた、うちにはないですもんね」

「まぁな。こたつってぶっちゃけ割と不便だし。電気カーペットとか暖房の方が便利だから買ってないんだよ」


 こたつから出られなくなる、とよく言うが、ぶっちゃけ俺はその気持ちがあまり分からない。

 こたつって長く入ってると熱くなりすぎるし、そのくせ下半身しかあったまらないし、場所だって限られる。電気カーペットやら暖房やらに慣れてしまうと、不便さの方が目についてしまう。


 なんて、こたつ信者に言ったら怒られそうだけどな。

 思っていると、まさにこたつ信者っぽい雫が不服そうにこちらを見ていた。


「んー。友斗先輩が言うことも分からなくはないですけど……おこたじゃないとできないこともありますよね?」

「できないこと?」

「ですです。たとえば――」


 にやり、と嗜虐的な色が雫の顔に現れる。

 やばい。嫌な予感がする。

 そう考えるのと、つんつんとこたつの中の脚がつつかれるのはほぼ同時だった。


「なっ……」

「こーゆうのはどーすか?」

「っ、やめろ。くすぐったい」

「やめません♪」


 つんつん、すりすり、雫がこたつの中で脚を動かす。

 こたつの中でできないことってこういうことかよ……! 確かにこたつだからこういう悪戯もできるけども!

 ぐぬぅと唸っている間にも、雫は器用につま先で俺の脚をなぞってくる。足首、脛、膝、太腿、と言った感じで、見事に脚の輪郭が把握されていく。


「ねぇねぇ友斗先輩」

「んだよ」

「顔、真っ赤ですよ?」

「~~っ、うっせぇ! こたつで火照ってるだけだ」


 脚をつつかれるくらい、大したことないと思っていた。

 だが好きな子にやられている。そう意識すると、一気にゾクゾクとしたものが背筋を這い上がってきた。よくない、これは直ちにやめさせないと――と、思っていたそのとき。


「ん? なんか、硬いのが……」

「っ!?」


 それ以上はじゃれあいで済まなくなってしまいそうな場所に、雫のつま先がちょこんと触れてしまう。

 咄嗟に俺は腰を引き、回避策を取った。

 が、一度は行為一歩手前まで行ったことのある雫は、その僅か一瞬で察してしまったらしい。雫の顔は、カァァァと真っ赤になってる。


「あっ、あの、これって……」

「頼むマジで言わないでくれ口にしたら軽く百八回死ねるから」

「うっ、うぅ……死ぬ回数が百八回な時点で答え言っちゃってるようなものじゃないですかぁっ」

「それはっっ」


 その通りだった。

 いやうん、マジで百八回死んじゃった方がいいんだよ、きっと。

 そう思えてしまうぐらいに居た堪れなくて、申し訳なくて、恥ずかしい。


 どれだけ理性を働かせても、手を出さないと決めても、感情や本能を排せるわけじゃない。分かっていても、自己嫌悪がずんずんと降り積もっていく。

 男なんて、やめてしまればよかった。

 欲さえなくなれば、醜い本能を抑えつけるまでもないのに。


「なっ、なんかごめんなさい! 友斗先輩がそんな風になるとは思ってなくて」

「いや……悪いのは俺だから。そ、それより……アイス食べようぜ」

「……はぃ」


 消え入るような声で、雫が呟く。

 林檎みたいに顔を赤く染めて、目尻には滴を浮かべて。

 心底恥ずかしそうに、でも嫌ではなさそうに。


「死にてぇ…………」


 雫に聞こえないように、小さく声を絞り出した。

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