9章#29 輪の外

「そうだァ。雫ちゃんと澪ちゃん、巫女さんをやるつもりはねェか?」


 大晦日の朝食のときである。

 祖母ちゃんが作った目玉焼きをそれはそれは美味しそうに食べていた祖父ちゃんが、唐突にそんなことを言い出した。

 えっ、と雫と澪が目をぱちぱちさせる。

 仕方ないので、俺が間に入ることにした。


「祖父ちゃん、それって神社の手伝いってこと?」

「おォ、よく分かったな! 流石は友斗!」

「流石っていうか、去年も俺と時雨さんは手伝いに行ったしね……」


 経験則から成る妥当な推測だと言ってほしい。

 肩を竦めていると、ちょいちょい、と小突かれた。もう少し詳しく説明するよう、澪が目で訴えてくる。

 祖父ちゃんに説明を任せても長引きそうなので、俺は大人しく説明する。


「ほら、夏に父さんたちが海の家を手伝ってただろ? あんな感じで、年始も神社に行って手伝ってるんだよ。一応バイトって体だから給料も貰えるし、悪くはないと思うぞ」


 この辺りは観光地って感じなので、冬はそれほどたくさん人が来るわけではない。

 とはいえ年始、特に三が日は初詣で忙しくなる。もちろん地域の人をバイトで雇ったりもするのだろうが、祖父ちゃんの伝手で俺や時雨さんも手伝うことになっていた。


「でも巫女って珍しいね。俺も時雨さんも裏での雑用ばっかりだったのに」

「まァ……それはな」


 祖父ちゃんが気まずそうに顔をしかめ、時雨さんを見遣る。

 時雨さんはふっと微笑むと、ほら、と口を開いた。


「銀髪巫女さんがこんなところにいたら、この辺の人たちがびっくりしちゃうでしょ?」

「あぁ、そういうことか……」

「ま、そーゆうことだなァ。んでまぁ、雫ちゃんと澪ちゃんのことを話したらぜひにって言われたんだよ」


 なるほど、それなら納得できる。

 別に銀髪や金髪の巫女がいてもおかしくないと思うが、それはアニメ的な文脈に親しんでいるからこその感覚だろう。

 初詣に来るのは、皆がみんな寛容な人とは限らない。大河の親戚ほど厳しくはないにしても、時雨さんのような明らかに違う雰囲気の巫女がいると渋い顔をされかねないし、トラブルが起こる可能性を負うのはリスキーってところだろう。


「巫女さんですか……それって、三が日ずっとって感じですか?」

「んや、違う違う。やるなら明日だけだな。二日以降は割と余裕が出るらしい」

「ふむふむ」


 こくこくと頷く雫。

 この感じ、興味はありそうだな。まぁ俺も時雨さんも例年通りの手伝いはするつもりだし、二人も一緒だと何かと都合がいいのだが。


 どうする?と雫と澪が視線を交わす。

 俺を挟んでやり取りする両者の視線は、やがて俺の方に向いた。


「友斗、私の巫女姿見たい?」「友斗先輩、私の巫女姿見たいですか?」

「ぶふぅっ」


 吹いた。

 この流れでなんちゅうこと言ってくるんだよ!

 父さんと義母さんだけじゃない、祖父ちゃんや晴季さんの前でもあるんだぞ? そんなこと聞いたら色々と勘違いされるじゃねぇか……っ!

 けほけほけほっと咳をする俺とは対照的に、がっはっはっと祖父ちゃんが楽しそうに笑う。


「おうおう、友斗も隅に置けねェなァ。随分と好かれてるじゃねェかよ」

「ごほっ、ごほ……いや、祖父ちゃん別にそういうわけじゃないって。ただ距離が近い相手に意見を求めただけだって。な、二人とも」


 大きめの空咳をしてから二人を見遣ると、んー、と迷ったような態度を取られる。

 ぐぬぬ……そういう攻め方してくる!? いや意見を求められるのはぶっちゃけ嬉しいしドキドキするけど、ちょっとズルくないですかね。

 どうしたもんかと困っていると、ぷっ、と雫と澪は破顔した。


「冗談冗談。そんな困った顔しなくていいじゃん」

「そーですよっ! 照れ過ぎですって」

「なっ、別に照れてるわけじゃ……おいこら父さん、そのニヤケ顔やめろ」


 くっそぅ……!

 食卓に起こった、どっ、という笑いにばつが悪くなり、俺は箸でくるくると味噌汁をかき混ぜた。

 空気を変えるように、こほん、と咳払う。


「それで? 二人とも、どうするんだ?」

「「あー……」」


 話を元に戻すと、二人は一考に入る。

 どうやら迷っているのは本当らしい。だったら俺も一押ししてみるか。


「折角だしやってみたらいいんじゃないか? 二人とも、きっと巫女が似合うだろうし」

「「……っ」」

「ひゅぅ」

「祖父ちゃん、その口笛マジでやめて」


 からかい方が晴彦より若いんだよ……。

 じっと睨むと、祖父ちゃんは音の鳴らない口笛で古典的に逃げる。雫と澪を見遣ると、にやーっと嬉しそうに頬を緩めていた。


「へぇ、似合うと思うんですか~?」

「ふぅん。友斗、正直じゃん」

「ふふっ、雫ちゃんも澪ちゃんも嬉しそうだね。にやけてるよ?」

「「にやけてはないです!」」


 今度は時雨さんが二人を茶化す。雫と澪は、きっぱりと口を揃えて返した。

 くくくっ、と楽しそうに笑うと、祖父ちゃんは豪快に水を飲んでから言う。


「んじゃあ、やるってことでいいんだなァ?」

「あっ、はい!」

「お願いします」

「おうよ! 友斗にいいとこ見せてやんな」

「「はい!」」


 祖父ちゃんノリノリだな……。

 ともあれ、これで二人が巫女をやることは決まった。明日は全日神社で仕事になりそうである。

 と考えて、もっと肝心なことが頭によぎった。


「そういえば、今年って初詣はどうする?」


 初詣を迎える側になる前に、まず詣でる側にならなければなるまい。

 もちろん仕事の前に軽く行ってもいいのだが、一応毎年パターンが決まっていた。祖父ちゃんが、それがなぁ、と言って答える。


「今年も寒いし、人が減ってからにしようと思ってんだよ。三が日じゃなくたって初詣は充分だろうしなァ」

「俺たちは1日のお昼にでも四人で行くつもりだけど……友斗は今日も二年参りにするか?」


 例年、祖父ちゃんと祖母ちゃんは三が日が過ぎてから二人で初詣に行く。父さんは晴季さんたちと一緒におせちを軽く食べた後、昼頃に行くことになっていた。

 では俺はと言うと……何となく、毎年時雨さんと二人で二年参りをしていたりする。別に信心深くはないのだが、これも習い性ってやつだろう。


「俺はそうしようかなって思ってたんだけど。時雨さん、どうする?」

「ボクも行くつもり」

「了解。じゃ、俺も行くよ」


 時雨さんが頷き、ひとまず話が固まる。

 二年参りするなら、後で用意しておかないとな。そんなことを考えていると、両脇がぐりぐりと抉られた。

 あー、うん、これは流石に言われなくても分かる。俺から誘うのもくすぐったかったから言い出しにくかったが……こんなことで日和るのは違うだろう。


「ええっと……二人も、一緒に来るか? 別に明日仕事の前に行けばいいだろうから、無理とは言わんけど」


 顔を見ずとも、二人が笑ってくれたのが分かった。

 それはもう、素敵な笑顔だろう。


「もちろん行きます!」

「私も。いつも行ってるなら、行くに決まってるじゃん」

「友斗先輩と年越ししたいしね~」

「そうそう」


 言われて、ぽっ、と胸が温かくなる。

 この気持ちには覚えがある。ついこの前、三人で大掃除をしていたときに感じたものに似ていた。


 16年、或いは17年。

 俺たちはそれぞれ生きてきていて、それぞれに色んな習慣がある。去年まで別々の家族だったのだから尚更だ。

 雫と澪の大掃除のように、俺の二年参りの習慣も共有して。

 そうやって少しずつ、『いつも』をシェアしていけたのなら。


 きっと『ハーレムエンド』は、そんな道のりの先にあるのだと思う。

 その未来は到底受け入れられるものではないけれど。

 俺たちはどうしても家族なのだから、これくらいはシェアしてもいいはずだ。


「じゃあそういうことで。夜は四人で行ってくるよ」

「おう! 男一人なんだからちゃーんと守ってやるんだぞ」

「うん、そうだね。友斗くん、うちの時雨をよろしく頼むよ」

「友斗。雫ちゃんと澪ちゃんを危ない目に遭わせたら承知しないからな」

「圧が強いんだよなぁ……うちの男性陣、愛が重いんだよなぁ……」


 俺が苦笑しながら零すと、けらけらと皆が笑う。

 この輪の中に俺もいられたらいいのに。

 そう思った。

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