9章#03 後片付け
「皆さん、お疲れさまでした。これにて冬星祭第二部片付けを終了したいと思います。戸締りは私がやっておきますので、気を付けてお帰りください」
冬星祭第二部が終わる頃には、時計の短針は真左よりちょっと斜め下を差していた。他の後夜祭とは違ってキャンプファイヤーを行っているわけではないが、片付けは割と面倒だった。
庶務であり、しかも学級委員長でもある俺が今回の片付けを抜けることなどできるわけもなく、俺は渋々最後まで付き合っていた。
全体を仕切っていた大河と目が合うと途端に気まずさが込み上げてきて、逃げるように視線を下にスライドさせる。ドレスでの作業は動きにくいらしく、もう制服に着替えていた。
「あ、あのっ! ユウ先輩」
「うおっ、ど、どうした大河」
「……そんなに驚かれることでもないと思うんですが」
「あー、いやほら。急に大声出してきたし?」
さっきのあまりに酷い態度とか、胸に蟠ってる気持ちとか、色んなもののせいで声が裏返ってしまう。
じっと見つめてくる大河を直視するのも躊躇われて、こほん、と咳払いをしながら辺りを見渡した。はて……時雨さんも入江先輩も見当たらない。あの二人はどうしたのだろうか。
って、あの二人にも一応お礼ってことでプレゼント用意したんだけどな……渡せてない。また会ったときにするか?
と、考えているとグイグイと袖が引っ張られた。
「……そんなに、私と話すのは嫌ですか?」
「~~っ。い、いやそういうわけじゃなくてだなっ!?」
「でも。私と話しているのにキョロキョロしてばかりです。人と話すときはその人の目を見て話す。当然のことだと思います」
ぐぬぅ……至極ごもっともすぎて何も言えない。手に負えないのは、こうして叱られていても心が浮ついてしまうことだった。
今一度大仰に、こほん、と咳払いをしてから答える。
「状況によるだろ。『危ない』って言われたら、声をかけてきた人じゃなくて周りに意識を向けるべきだ」
「特殊な状況の話をしないでください。詭弁ですよ」
「詭弁だって弁には変わりないだろ。言わないよりはマシだ」
「ただの言い訳をそんなご高尚なもののように語らないでください。よくないことをしたら謝る。そんなこともできないようでは美緒ちゃんに怒られてしまいますよ」
「む……美緒の名前を出すのはズルいだろ」
今や俺の中では美緒と大河が同じウェイトになってしまっているわけで。
今までも、こうして叱ってくれる大河のことを好ましく思っていた。けどいざ恋心が芽生えると、これまで以上に胸が高鳴って――チッ。
「はぁぁぁぁぁぁ」
「……急に溜息をつかれるのは甚だ不服です」
「すまん、別に悪い意味じゃないから許せ。言っただろ。暖房の温いのが苦手なんだ。熱を吐き出さないとやってられない」
いい加減にしろよ、百瀬友斗。
色ボケも大概にしろ。この気持ちを隠すべきなのはもちろんだが、それ以前に人として守るべき最低ラインがある。いつまでもへらへらと色事に意識を取られてるのはダメだ。
「それで? なんか用か?」
寒さのおかげもあって、ひとまずはいつも通りの俺に戻れたと思う。こうして話してる相手が大河でよかった。雫や澪ならここぞとばかりに攻めてくるだろうし。
えっと、と言って大河は続ける。
「さっき雫ちゃんと澪先輩と話してたんですけど。ユウ先輩がよければ、今日は四人で帰りたいなぁ、と」
「……ん、じゃああの二人、まだ残ってるのか」
「さっきまで学級委員として働いてましたしね。ステージの手伝いをしてくださった人と話していたので」
「ほーん」
既に時刻は午後8時を過ぎている。まして今は12月も下旬。当然だが辺りは真っ暗であり、男の俺でも一人で出歩くのは少し躊躇ってしまうほどだ。
まぁ……一緒の時間に、一緒の場所に帰るのに、わざわざ別々に帰る方がおかしい。
「別にいいんじゃねぇの? っていうか、それが自然だろ」
「そうですか。友斗先輩がいいならいいんです」
「ああ……」
言われて、そうか、と思う。
さっき俺は三人から逃げたのだから、大河の懸念も理解できる。
正直に言えば、俺が三人と帰る資格なんてないじゃん、と思ってしまう部分もある。そんなちゃらんぽらんな真似をしていいのか、と。
けどそれはそれ、これはこれ。恋以前に三人は俺にとって大切な存在なのだ。危険な目に遭わせたくはない。
「んじゃまぁ、戸締りしてくるか」
「ですね。私は体育館と倉庫を確認するので、友斗先輩は校舎を回ってもらってもいいですか?」
「うい。使ったのって生徒会室付近だけだよな?」
「そのはずです」
なら、それほど手間もかかるまい。
大河の指示に従って俺は生徒会室の方に向かった。
◇
暗い校舎を歩いていると、ゆっくりと気分が冷めていく。
三大祭が終わり、いよいよ今年も残り一週間だ。もちろん三学期にもたくさん行事はある。生徒会主催のものも、学校主催のものも様々だ。卒業するわけでもない以上、今夜で何かが終わるわけじゃないのだろう。
それでも終わったなと思うのは、明確に変わってしまったものがあるからに違いなくて。
その変化を歓迎できない自分に歯噛みしつつ歩いていると、
「あれ、会議室の電気が点けっぱじゃん」
第二会議室から光が漏れ出していることに気付いた。
ミスターコン参加者の集合場所になった以外では使われてなかったと思うんだが……まさかそのときから電気が点いたままだったり?
首を傾げながらも、一応がらっと扉を開く。
「誰かいますか、って澪……?」
「ん、ああ、友斗」
窓際に、澪が立っていた。
大河と同じく制服姿の澪は、しかし、普段と同じ姿ではない。髪が編みこまれたままで、しかもその頭の上にはちょこんとティアラが輝いていた。
ミスコンのときのティアラを持ってきていたのだろう。
奇麗だな、と思う。
制服姿だけれども、髪型とティアラによってお姫様のように映る。
「あ、ごめん。戸締りだよね」
「そう、だな。澪は……何やってたんだ?」
視線を揺蕩わせながら尋ねると、んっと、と澪はカーテンを閉じてから答えた。
「外、見てたの。夜だな、って」
「へぇ」
「らしくない?」
「まぁ、らしくはないかもな。時雨さんみたいだし」
「それ、暗にあの人をポエミーな不思議ちゃんだって言ってない?」
「いや流石にそこまでは言ってない」
ポエミーだとも不思議ちゃんだとも思ってるけど。
俺は苦笑し、まぁ、と零した。
「前に屋上から見下ろしてたときもあったもんな。文化祭のときも夜の公園で練習してたし。今更と言えば今更か」
「……そう言われるのも不服なんだけど」
ま、いいや。
澪はそう言うと、こちらまで歩いてくる。来る途中に部屋の電気をぱちんと消すと、ティアラがキラリと輝いた。
「私的には王子様が来るのを待ってもいたんだけどね」
「その発言の方がよっぽどらしくないぞ」
「そう? 私はずっと乙女だよ。知ってるでしょ、王子様?」
「あいにく、俺は準優勝でな。王冠は貰ってないんだよ」
「だから? 私にとっては、友斗が王子様だし」
「……っ」
意識しまい、態度に出さまいと決めているのに。
こんな風に直截な言われ方をしてしまうと心が溶けそうになる。俺が思わず黙ると、澪が数歩こちらに近づいてきた。
「ねぇ友斗。どうして、昼間の約束破ったの?」
闇を穿つように、澪が俺を見つめる。
その声には咎めるような強さはなく、むしろピュアで柔いものに聞こえた。それこそ、乙女、という言葉がふさわしいほどに。
「伝説ってのは大抵、欲張り始めた途端にしっぺ返しを食らうんだ。それを思い出して、ぎりぎりでとどまっただけだよ」
「伝説なんて所詮、都合がいいように解釈すればいいと思うけど?」
「オタク脳だからな。そうも思えないんだ」
「童貞じゃないくせに」
「…………童貞じゃないオタクだっているだろうが」
言ってから、今のをもっとスムーズにツッコめなかった時点で、何かが変わっていることを否定できないのだ、と気付く。
いつもなら『オタク=童貞って偏見を謝ろうな!?』とでも言っていたはずだ。
「約束を破ったのはすまん。でも最低になるよりは、マシだろ」
「……? それって――」
「ほら、帰るぞ。帰りにチキン取っていかないとだし」
「ん、そだね。お腹空いたし」
暗いから、或いは、昏いから。
澪がどんな顔をしているのかは分からなかったし、俺がどんな顔をしているのかもバレなかったはずだ。
そうであってくれ、と祈った。
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