8章#22 ハーレムエンド

 SIDE:雫


 ハーレム。

 これは本来的には『イスラム教王室の後宮』、『イスラム教国の王室や上流家庭の婦人部屋』といった意味を持つ。その由来は『禁じられた場所』を意味するアラビア語の『ハーリム』であって……とオタクらしい似非知識を披露してみたけれど。

 もちろん、


「ハーレムエンドを目指さない?」


 私の言っている『ハーレム』は、そーいう小難しいものではない。

 私の提案にお姉ちゃんは目を細め、大河ちゃんはぽかーんと間抜けな顔をした。


「ええと。雫ちゃんの言ってるハーレムって――」

「一人の男の人が何人もの女を侍らせることだね。一夫多妻って言っちゃうと宗教的だったり制度上での必然性だったりで一夫多妻制にしてるんだ、って怒られちゃうかもだからやめとくけど」

「謎の配慮……」


 いいんだもん。こーゆうところで配慮しておかないと色々誤解が起きるから。だからこそあえて『エンド』をつけて表現した。


「大河ちゃんにも、前に説明したよね? 私、ゲームが好きなんだ。特に恋愛系のノベルゲームが好きで……そういうゲームには色んな結末があってね。選択肢によってどの子と付き合うか、とかそういうことが変わってくるの」

「う、うん……。それは何となく分かる」

「よかった。じゃあ説明を続けるね?」


 大河ちゃんは真剣になっていいのかなるべきじゃないのか判断に困った感じの曖昧な顔をしている。

 私はけっこー真面目に話してるんだけどなぁ……まぁとりあえず話を進めよう。


「ゲームの中には、一定の条件を満たすと全ヒロインと付き合えるっていう、とっても幸せな『エンド』が用意されてることがあるの。それがハーレムエンド」

「なる、ほど……?」

「つまり――夏の友斗が美緒じゃなくて私や雫のことを好きになってたら、ハーレムエンドになってたってこと。分かる?」


 お姉ちゃんの補足で理解したのか、こくこく、と大河ちゃんは首を縦に振った。

 よしよし、これでいい感じ。


「それでね。そのハーレムエンドを目指したいな、って私は思うの」

「「…………」」


 二人は、む、と黙り込む。

 コーヒーに口をつけ一瞬目を瞑ってから、それって、とお姉ちゃんが口を開いた。


「誰かかが友斗に選ばれるんじゃなくて、誰も選ばれないで終わろう、ってこと?」

「んーん、違うよ。誰も選ばれないんじゃない。みんなが選ばれるようにしよう、ってこと」

「それって……本質的には変わらなくない?」


 お姉ちゃんは言葉を選んでいるようだった。

 とん、とん、とんとマグカップの取っ手を指で叩いて、言い足す。


「もちろん雫の言いたいことは分かる。そういうやり方をすれば誰も傷つかないかもしれない。実際、今こうして四人でいるのは……まぁトラ子含め、それなりには楽しいし。でも全てを選ぶのと何も選ばないのって、同じことだよ。特に恋が絡むと」

「それは――」

「澪先輩。私は、それは違うと思います」


 私の言葉を遮って、大河ちゃんが言った。

 けれどもその声は、いつもケンカをしているときのようなものではなくて。

 でも芯はしっかりと通っていた。


「全てを選ぶことと何も選ばないことは同じ。確かによく言われることですが、それって屁理屈じゃないですか」

「……って言うと?」

「簡単なことです。たとえば、ここに三人分のカップがありますよね」


 テーブルに置かれた、私たちのマグカップを指さす大河ちゃん。


「中に入っているものはそれぞれ違います。何も選ばなければ、どれを飲むこともできません。でも全てを選べば、全てを飲むことになります。この時点で、違うじゃないですか」

「それは、ちょっと答えありきの例すぎない? 全てを選ぶことが難しいものだってある。プロサッカー選手のパティシエと東大合格、全部を目指そうとした結果どれも達成できないことだってある」

「でも逆に、全てを目指したおかげで全てを達成できるかもしれません。文武両道に励んだおかげでプロになるうえでの思考力が身に付いたり、栄養管理の知識を生かしてパティシエになったり。それにそもそも、その例であれば全てを目指そうと一つを目指そうと、達成がとても難しい道のりのはずです。そういうものを例に挙げて全部を取るのが難しいと断じる方が結論ありきではないでしょうか」

「それは……一理、なくもないけど」


 二人とも、すっごい喋る……!

 難しいような、そうじゃないようなことを言ってるけど、とりあえず私も口を挟む。まだ話は終わってないしね。


「もちろん、二人が嫌なら私は無理を強いるつもりはないんだ。私は誰かも傷つかない道として、妥協としてハーレムエンドを目指したいって言ってるわけじゃなくて……ただ、私にとっての一番がそれってだけだから」

「えっと……それって、どういうこと?」


 大河ちゃんが、遠慮がちに尋ねてくる。

 私は、たはー、と笑って答えた。


「私はね、好きなの。友斗先輩のことも、大河ちゃんのことも、お姉ちゃんのことも。それで……友斗先輩と大河ちゃんが仲良くしてるところも、友斗先輩とお姉ちゃんが仲良くしてるところも、三人でワイワイしてるのも、全部好きなの」


 ほんとはずっと前から気付いていた気持ちだ。

 私は大河ちゃんが好き。

 最初はたくさんいる友達の一人だった。でも少し話して、すぐに特別になった。大河ちゃんはとにかく真っ直ぐなのだ。それが私には眩しくて、かっこよく見えた。気付いたとくには可愛い一面もたくさん知っていて、大好きになった。


 私はお姉ちゃんのことも好き。

 小さい頃から私を守ろうと傍にいてくれた。けど本当はその奥に大切な、宝物みたいな自分を隠してるんだな、って思ってた。友斗先輩が見つけたお姉ちゃんは慾張りで、可愛くて、キラキラしてる女の子だった。やっぱり大好きになった。


「友斗先輩に全員を選んでもらおうってだけじゃない。私自身も、友斗先輩だけじゃなくて、大河ちゃんやお姉ちゃんのことも選びたいんだ」


 それが私の望む未来。

 プレイヤーの私が作り出した、メインヒロイン・綾辻雫が手を伸ばす最高の結末だ。


「だから二人の気持ちも聞きたいんだ。常識とか、ルールとか、誰が傷つくとか、そういうことじゃなくて。自分がどうなりたいかを聞かせて」

「「…………」」


 二人は揃って口を噤み、考え始める。

 やがて、まず大河ちゃんが口を開いた。


「私は……雫ちゃんと同じこと、考えてると思う。もちろん私以外にも『好き』って思われてると嫉妬しちゃうかもしれないけれど……でも、その嫉妬は他のとは違う、というか。何か勝負をして負けたときみたいな、悔しさに近い気がする」

「あっ、それは分かるかもー! 嫌だなぁって感じじゃなくて、ムカムカ、負けないぞ、みたいな感じだよねっ?」

「う、うん。少なくとも二人に対しては……そう思う。だから、嫌じゃない。四人で一緒になれるなら――それがいい」


 よかった。

 大河ちゃんは、賛成してくれた。えへへ。

 じゃあお姉ちゃんはどうだろう。さっきも反対っぽいこと言ってたし、ダメなのかな……と思っていると、お姉ちゃんは思索にふけりながら聞いてくる。


「ハーレムってことは、四人で愛し合うってことだよね?」

「えっ、あ、うん。そーなるかな」

「つまり…4P……雫と…トラ子も………あり」

「ええっと。おねーちゃーん」


 ぶつぶつ、ぶつぶつ、と何かを呟くお姉ちゃん。

 こくこくと頷き、お姉ちゃんは顔を上げる。


「うん、私もあり。雫と一緒にするのはウェルカムだし、真面目ぶったトラ子がめちゃくちゃになるのも愉快だし」

「ちょっと待ってください澪先輩。今何を考えてました?」

「え、4Pのことだけど」

「4P……?」

「うわ、それも分からないとか箱入りすぎでしょ。4Pっていうのは、四人でるってこと」

「するって……も、もしかして性的なことをですかっ!?」

「当たり前じゃん」


 ――……っ!?

 お姉ちゃんの一言に、私も軽くパニックになる。

 でも……そっか。恋人になったらえっちなことだってするだろうし、というかしてみたいし。二人じゃなくて四人の関係で考えるなら、四人でるのだって何もおかしくはない……かも。

 と、大河ちゃんは思えなかったらしい。顔を真っ赤にして言う。


「た、爛れてます! 最近の若者は爛れてます!!」

「でも四人でいるってことは、そういうことでしょ?」

「それは……そう、かもですが……」

「だいたい、性的な行為自体は汚らわしいことじゃない。もちろん同意がなかったり闇雲だったりお金が絡んでいたりして後腐れるような状況ならべきじゃないと思う」


 でも、とお姉ちゃんは堂々と胸を張る。


「行為自体を忌むのは違うよ。そもそも人が生まれるってことは、必ず誰かがシてるんだし。妊娠を目的としない行為でもお互いの愛を確かめたり、気持ちよくなったりできる。快楽のための行為が悪だと言うなら、世の中の娯楽全てが悪になるじゃん」

「それは……一理ない、わけじゃないですね」

「でしょ。ま、流石に慣れるまでは邪魔する気ないけどね」


 さっき言い負けたのが余程悔しかったのか、それともえっちなことにこだわりがあるのか、大河ちゃんが納得する様子を見せるとお姉ちゃんはふっと勝ち誇った。

 うぅ……これ、私的にも刺激が強い話なんだけど?? お姉ちゃん、こっちにももうちょっと配慮してくれてもいーんだよ??


 そんな風に思っている私や顔を赤くしたままの大河ちゃんを一瞥し、お姉ちゃんはふっと笑った。


「要するに……そういうことをシたいって思うくらいには、友斗だけじゃなくて二人のことも好きってこと。トラ子に関しては不服だけどね」

「…………そう、ですか」

「ねぇ二人とも、そうやって軽率に百合を咲かせるのやめてくれない!?」


 ツッコみながら、私は自分の頬が緩むのを感じていた。

 だってそうでしょ?

 私だけじゃなかった。私たちは一緒の青春を送る中で、お互いに惹かれ合ってたんだ。


 多分一人だったら、友斗先輩のことをここまで好きにならなかった。

 私たちは三人だったからこそ、こんなに素敵な恋ができてるんだと思う。


 ――繋がってるんですね、友斗先輩。


 私は心の中で、ひっそりと呟いた。

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