7章#08 球技大会

 SIDE:友斗


 水曜日。

 週を折り返した今日も、既に午前中が終わり、残すところ午後の授業のみとなっていた。今日の午後はLHR。担任の話もそこそこに俺と澪が前に立ち、話を進める。

 今日の議題は何かと言うと、


「えー、そんなわけで。球技大会の参加競技を決めたいと思う」


 と、いうわけである。

 来週に迫った球技大会に向け、いよいよ実施要項が完成したのが今朝のこと。体育科の先生に呼び出された俺は各クラスの分印刷されたプリントを受け取り、急いで配って回るハメになったのだが……まぁ、そういう苦労自慢はさておいて。

 兎にも角にも、今日中に参加競技を決めなくてはいけない。LHRは週に一度しかないのだ。


「実施する競技は四種目プラス一種目って感じだな。まぁ分かってるとは思うけど、一応確認すると」


 澪を見遣ると、黒板に丁寧な字で競技名を書いてくれていた。何だかんだそういうところは真面目にやってくれるのね。

 俺は黒板の右側に書かれているものから順に競技と参加人数を読み上げていく。


「まず体育館。バレーボールが六人~十人、バスケが五人~七人だな」


 この二種目は、男女別々だ。いずれもちなみにうちの体育館は広くて四面分のコートが展開できるため、これを二面ずつに分けてそれぞれバレーとバスケに使用される。


「で、外は……テニスが男女混合のペアを一組。サッカーは男女各六~八人ずつってことになってる」


 こちらの二種目は、体育館で行う競技とは異なり、男女混合で行う。テニスは男女混合ダブルスだし、サッカーも男女ともに五人が必ず選手として出て居なければならないルールとなっている。

 この辺りには色々と思うところがあるが、時間の関係上、こうするしかないのだ。まぁ毎年なんだかんだ女子も活躍するし盛り上がるので、男女混合でも問題はないのだろう。


「それから生徒会主催の『おかわり球技大会』の方では野球をやる。こっちも男女混合で各五~六人ずつだな」

「ネーミングださ」

「うるさい八雲うるさい。実にいいネーミングセンスだろうが」

「あ……名付けたの友斗なのか」


 八雲がそう告げると、どっ、と笑いが起こった。

 ぐぬぬ……俺が弄られ対象みたいになるのは癪だな。まぁクラスの一員になれてるって感じもするし、悪い気はしないんだけど。

 それはそれとして、折角俺が考案した企画名をバカにしないでいただきたい。割といいかなーって思ってたんだから。


 教室の空気が弛緩したところで、こほん、と大仰な咳払いをする。

 少し真面目な口調に変え、全体に呼びかけるように言う。


「まぁそんなわけで。授業でやる方の四種目は、基本的に重複なし。補欠選手として登録するときのみ、重複してもOKってことになってる。野球の方は、制限なしだな。人数も、どうしてもの場合は規定より多くていいってことになってる」


 うんうんと頷くクラスメイトを確認し、ほぅ、と溜息をついた。ひとまずきちんと説明できたな。まぁ慣れてるからそれほど心配してたわけじゃないんだけど。

 割かし反応がよさげなことを確かめてから、話を進める。


「そういうことで……とりあえず、まずは参加したい種目に参加ってことでいいよな?」

「んー、まーいいんじゃね。人数足りなかったら話し合いとか推薦にしようぜ」

「うい。なら一つずつ聞いてくから、参加したい競技に手を挙げてくれ」


 こういうとき、八雲が率先して反応してくれるので助かる。本人に言うほどのことじゃないし、言ったらニヤニヤしてきそうだから絶対に言わないけど。

 そんなこんなで、まずは五競技それぞれの参加希望をとってみる。


 バレーボールは、女子が八人、男子が五人集まった。一方のバスケはこの逆で、女子が四人、男子が定員オーバーの八人集まるという結果になった。まぁバスケって体がもろにぶつかるイメージあるし、女子だと嫌だって思う奴も多いのかもしれない。男子はバスケ好きだよな。バスケ部とサッカー部のモテ率は異常。

 続いて外の競技。サッカーは八雲を筆頭に男子七人と、女子六人の参加が決まった。ようやく規定通りの人数が集まったので、ちょっと嬉しくなる。ま、男子がこれだけ多いのは八雲がいるからな気がするけど。


 で、驚いたのはテニスだった。

 男女混合テニスに――澪が挙手したのである。


「えっ、サッカーじゃないのか?」


 司会の役目を忘れて咄嗟に言うと、澪ははてと首を傾げた。そして先日討論会のときにサッカー派だと公言したのを思い出したのか、ああ、と納得したように首を縦に振る。


「いや、確かにあのときは野球とサッカーならどっちがいいとは言ったけど、やりたいのはテニスだし」

「あっ、そ、そうなのか……」

「ふっ。なにそのバカな顔」


 澪は、俺をからかうようにくくくと笑う。

 そんな俺たちのやり取りを聞いて、ぶーぶーと男子たちがブーイングしてくるが、知ったことではない。嫉妬はやめてほしいものだ。そもそも、まだ嫉妬されるような関係ではないし。


 素っ頓狂な反応を水に流すためにこんこんと黒板を叩き、俺は話を切り替え、野球の参加希望者を募る。

 こちらはかなり分かりやすかった。男子が七名、女子は五名。特別ルールで女子が点を取ったらプラス一点っていうハンデが設定されていることもあり、女子も最低限集まったようだ。


「うーん……そこそこいい感じに集まったけど、ぴったり揃ってるのはサッカーだけか。とりあえずサッカーは確定でいいよな?」


 否やの声は上がらない。


「よっしゃ! じゃあこれでサッカーの勝ちは決まりだなっ!」

「サッカー部のエース感をここにきて急に出してくるんじゃねぇよ」


 八雲のおどけた言葉にぱちぱちと拍手が起こる。ちなみにサッカー部でエースだってことは先日知った。意外と凄かったらしい。サッカー部だってこと自体付き合い始めて一か月くらいは知らなかったし、なんかごめんねって感じがする。

 ま、それはどうでもいいか。


「バレーは男子が足りなくて、バスケは男子が多いのか……そうだな。じゃあこれは俺からの提案なんだけど、バスケに参加したい奴らでじゃんけんして、負けた三人とも補欠ってことにしないか? で、その三人の中から一人はバレーの本選手になってもらう。同じ体育館だから試合の順序とかによっては都合がつきそうだし」


 できればみんながハッピーになってほしいと思う博愛主義な俺は、考え得る限り一番無難そうなアイディアを出す。


「ん? バスケの補欠って二人までじゃないの?」

「あー、まぁな。けどその辺は割とアバウトだし、そもそもが授業だから。熱意があるって伝えたら何とかなるだろ。知らんけど」

「ふぅん。つまり、学級委員の交渉次第だと」

「澪も学級委員のくせにそうやって無駄に俺にプレッシャーかけないでね?」


 あながち間違ってはいないんだけど、と内心で苦笑しつつ、全体の反応を窺う。

 ふむ……概ね好意的か。


「んじゃ、反対意見もないみたいだし、そういうことで。バスケ参加する男子は後ろの方でじゃんけんしてくれ」


 ぞろぞろと動きだす男子たち。いざ立ち上がると、どいつもこいつも体格がいいな、と気付く。これならバスケは勝てるかもしれない。


「あとは女子のバレーと男子のテニスか……」

「え、テニスの男子は百瀬くんじゃないの?」

「は?」


 じゃんけんに集まる男子(むさくるしい)を横目に呟くと、何故か驚いた風に伊藤が言ってくる。

 何を言っているんだろうか。俺がいつ手を挙げた? もしかして俺のドッペルゲンガーがいた系? と思っていると、伊藤が答える。


「えー、いやほら。体育祭のとき凄かったじゃん。みおちーと百瀬くんって」

「ん……あー、まぁな」

「だからてっきりダブルスでもみおちーと組むのかなって思ったんだけど。生徒会のお手伝いはあるかもだけど、それだってずっとではないでしょ?」

「なるほど」


 ちょっと思い込みが激しい気もするが、理解はできる。それは他の奴も同じらしく、こくこく頷いていた。なかにはさっきブーイングしてきた男子もいる。君たち、割とテキトーね……。

 言われて、ふと考えてみる。

 確かに生徒会の手伝いはずっとではない。各競技の審判はそのとき出場していな部活の生徒に頼むことになっているから、俺だって出場できるくらいには余裕がある。

 だが、うーむ……テニスとかろくにやったことないんだよなぁ。


 しかし、と不意に嫌な考えが頭をよぎった。

 もしも俺がテニスに出なければ、澪は別の男子と組むことになるわけで。

 そこに、特別な意味があるわけじゃない。嫉妬する筋合いだってない。が、それは……なんとなくもやもやする。


「分かったよ。そういうことならテニスは俺で。けど代わりに伊藤はバレー出ろよ」

「えー。ま、いいけどさ~」


 ぶーぶーと文句を垂れながらも伊藤は了承してくれた。軽い八つ当たりで言っただけだし、拒否ってくれてもよかったんだけどな。

 チープな自己嫌悪は胸の奥に追いやって、はぁ、と溜息をつく。その頃にはバスケじゃんけんは終わっていた。澪が決まった生徒の名前を黒板に書いていく。


「さてと。じゃあこれで決まりってことで」

「優勝目指してがんばろーぜ、みんなっ!」

「「「おおー!」」」


 何だかんだノリのいい我がクラス。

 体育祭、文化祭と勝ち続けたからには、球技大会でも勝ちたいな。

 俺はそんなことを思った。

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