7章#03 流れゆく
SIDE:友斗
時は流れ、全ては過去に変わっていく。あれだけ集中していた生徒会役員選挙もあっさりと終わり、俺は日常へと戻っていた。
とはいえ、回帰する日常もまた、微かな変化を見せている。
たとえば彼女――
「ユウ先輩、ご足労いただきありがとうございます。今日もお手伝い、お願いしますね」
礼儀正しく言ってくるのは入江大河。
ブロンドのショートボブの影響かこれまで以上に活発な印象を纏い、しかし女の子的な可愛らしさを白い花の髪留めが引き出している。
我が校の新生徒会長は、ちょっと悔しいくらいに可愛い。つい先日言われたことを思い出してもにょりそうになるけれど、なんとか平静を保ちながら答える。
「別に気にすんなよ。大河を推したのは俺だし、今後のことを考えたら初っ端にいないのは気まずいしな」
「それは……確かにそうかもしれませんけど。でもユウ先輩にお手伝いいただけて嬉しいのは変わらないので、お礼を言いたいんです。その気持ちまで否定されるいわれはありません」
「お、おう……無駄なところで頑固だなお前」
「教育係の方に似たのかもしれませんね」
「俺ってそんなに頑固か? 割と柔軟じゃない?」
言うと、大河はすーっと視線を逸らした。おい。
「まぁ頑固であることは決して悪いことではないですから」
「その必死にフォローをする感じのテンションをやめろ! そこまで頑固じゃねぇからッ!」
自分を曲げないときはそりゃあありますけど? でもこう見えて割と柔軟なつもりだぜ? どれくらい柔軟かって言うと、麻痺状態にならないくらい。それは『じゅうなん』か。隠れ特性の『かわりもの』でもありそうだな……。
と、くだらないことを考えている間に大河との距離感にも馴染んできた。何しろ土曜日はあの後大河に会えずに帰ったので、〈水の家〉でも若干ぎくしゃくしちゃってたからな。
今日は月曜日。
生徒会役員選挙の結果が発表され、放課後である今は引っ越し作業を行うことになっていた。
前生徒会メンバーが生徒会室に置いていた私物を片付け、代わりに新生徒会が私物を持ち込むのだ。まさに『方丈記』で語られた『人とすみか』の移り変わりのようである。
その前に新生徒会の顔合わせもするため、ついでに手伝いにきたというわけだ。
「そういえば」
と。
俺は何だかんだ聞きそびれていたことを思い出し、話を変える。
「どうして急に『ユウ先輩』とか呼ぶようになったんだ?」
「……嫌、でしたか?」
「い、嫌ってわけじゃねぇよ。戸惑っただけだ」
だからそんなシュンってするのやめてね? ちょっときゅんってきちゃうから。大丈夫だよって頭を撫でたくなるから。
初恋が美緒なわけだし、俺はもしかしたら年下に弱いのかもしれない。いや澪のことを考えると、単に女の子に弱いだけ説もある。
こほん、と咳払いをすると、大河は改まった感じで説明してくれた。
「百瀬先輩だと、味気ないかな、と思いまして。かといって、その……澪先輩みたいに名前を呼ぶのは、少し恥ずかしいというか」
「っ。そ、そうか」
「は、はい。なので『モモ先輩』って呼んでいたときみたいに、あだ名で呼ぶことにしたんです」
「なるほどなぁ」
そういえば、最初の頃は『モモ先輩』『妹子』って呼びあってたんだっけ。あの頃と比べると、今は随分色んなものが変わったように思う。
体育祭を超えて、七夕フェスがあって、『大河』『百瀬先輩』に変わって。
夏休みがあって、文化祭に励んで、そして生徒会役員選挙も終わった。
思えば忙しない日々だった。
……なんて、振り返っていられるほど今が平和かと言うと、そうでもないんだけどな。この後のことを考えると、マジでやばい。直近で球技大会、それが終われば生徒総会、その後には修学旅行が控え、来月は冬星祭だ。
ま、今は考えるのはやめよう。
考えたらマジでキリがなさそうだし、うへぇってなるから。
「あ、そうだ。そういうことなら俺も呼び方変えるか? 『タイガー』って呼ぶとか――」
「絶対にやめてください。姉に報告させていただくことになりますよ」
「脅し方がえげつねぇ……つーか、姉をナイフみたいに使うんじゃねぇ……」
入江先輩が怖いのは今も同じなので、素直に今後も『大河』呼びのままでいこう。どこぞのツンデレヒロインみたいなえぐい暴力を食らうのはごめんだしな。
◇
本格的な引っ越し作業に始まる前に、まずは新生徒会との顔合わせを。
といっても、完全に初対面なのは一年生二人のみ。会計の月瀬とは顔見知りなので、わざわざ改めて自己紹介をしあう必要はない。
「百瀬くん、やっぱり助っ人は続けるんだね」
「まぁな。生徒会長に庶務の指名をもらってるし」
「おぉ、なるほど! じゃあよろしくねっ」
などと、月瀬と短い挨拶を終える。元気のいい二つのお団子が今日も可愛らしい。結果発表の前にした会話が頭によぎるが……まぁ、今はどうでもいいだろう。
で、残る一年生はというと――二人とも真面目そうな女の子だった。雫や伊藤、月瀬と比べると明るい印象はないが、それなりには快活な子たちである。素直そうだし、ちゃんと教えればいい戦力になりそうだ。
――なんて思っていたら、
「ユウ先輩」
と、拗ねた声で呼ばれてしまった。
俺を後輩なら節操なしに面倒見る奴だとでも思っているのだろうか。あながち間違ってはいないが、如月がロックオンしてるから手を出す隙はないと思う。流石安心のギャグ要員。
ともあれ、そんなこんなで初顔合わせは終わった。
今後の方針を軽く話し合ったところで、今日はお開きとなる。今日も大河を送って帰ろうかと思っていると、不意に時雨さんのことが気にかかった。
「時雨さん、なんか荷物少なくない……? まだ結構私物残ってると思うんだけど」
少ないっていうか、スクールバッグ以外には持っていなかった。
ん? と首を傾げてから、ああ、と納得したように時雨さんは頷く。
「まぁね。ボクは細くて健気な女の子だから、ゆっくり持って帰ることにするよ」
「うわぁ。時雨さんの印象に合わない言葉」
「キミも大概酷いよね。この前のこと、まだぷりぷりしてる?」
ムスッと頬を膨らませて言う時雨さん。
この前のことってのは、言うまでもなく選挙でのアレコレだろう。
「ま、あんだけオーバーキルされて根に持たないほど聖人じゃないからね」
「そっかぁ……ボクはボクでヒント出してあげてたつもりだし、ちゃんと答えも用意してあげたんだけどなぁ」
「それはそれ、これはこれってやつだよ」
言うと、そっかぁ、と時雨さんが破顔する。
それから慈しむように生徒会室をぐるりと見渡して、ほぅ、と溜息を零した。
「それに、これからも暫くはここに来させてもらうつもりだからさ。キミがいて、大河ちゃんもいるこの部屋に」
もちろん、分かっていることだ。大河と如月が掲げた公約のためにも、せめて体制が安定するまでは未練がましく働いてもらわなければ困る。
けれども時雨さんの言葉は、どこか切なくて寂しい響きを伴ってもいた。
「引退するの、どんな気持ちだった?」
「難しいね。引退はしたけど、これで終わりってわけじゃないから」
「それもそっか」
「そうだよ。けどまぁ……キミと大河ちゃんがこれから頑張ってくれるんだなって思うと、少しだけ誇らしいかもね」
チョコレートのような泣きぼくろが髪の隙間から甘く姿を現す。
時雨さんの言葉は、何の変哲もないもののはずなのに、何故かとてもノスタルジックに聞こえた。
或いはそれは、俺が勝手に見出した惜別の色なのかもしれない。
「ユウ先輩と霧崎かいちょ――先輩。そろそろ生徒会室の鍵を閉めたいんですが」
「あっ、そうだね。じゃあボクは帰るよ。頑張って、新会長さん」
「は、はい。頑張ります!」
健やかに笑うと、時雨さんはスクールバッグを持って行ってしまう。
結局私物は置きっぱなしか。ほんと引退臭ゼロだな。
如月は久々に八雲と一緒に帰るらしく、既に行ってしまっている。月瀬と一年生たちも、既に帰っていた。
残るのは、俺と大河のみ。
「今日も送っていっていいよな、大河」
「お願いしていいのでしたら、お願いします」
いずれは俺も、別れを惜しむことになるのかもしれない。
ならば今は、今傍にいる人との時間を大切にしていこう。
そんなことを、思った。
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