5章#41 タロット
「パイ、どっちも美味しかったですねー!」
「だなぁ」
お菓子研究会のパイを食べ終えて。
俺と雫は部室を出て、とことこと歩いていた。
どちらのパイも実に美味しく、雫はご満悦な様子だ。ベーコンポテトパイはかなりボリュームもあり、ナポリタンだけでは満腹には程遠かった俺も結構満足感を得られた。流石はお菓子研究会だな。
まぁ、ホワイトチョコパイはともかくおかず系のパイはお菓子じゃなくねって思わなくはないけれど。
おかず系のクレープみたいなものだと思っておこう。別にお菓子研究会がお菓子しか作っちゃいけないわけじゃないしな。
なお、これは本人には言わないが……ホワイトチョコパイを食べてる雫はちょっとだけエロかった。ちょっぴり罪悪感を覚えたこともあって、今は完全に雫に手を引かれるがままになっている。
「それにしても」
と、俺の手を引きながら雫が言う。
ん?と首を傾げて続きを促すと、雫は小声で続けた。
「彼女か、って聞かれちゃいましたね」
「えっ……あぁ」
「先輩、他にもあそこに誰かを連れて行ったんですか~? もしかして私は二番煎じ?」
「違ぇよ、あほ。七夕フェスのときに大河と来たってだけだ」
なーんだ、と雫が口を尖らせる。
その顔に驚きの色が見えないのと考えると、おおかた予想はついていたのだろう。
「私たち、やっぱりカップルに見えるんですね。なんだかちょっと嬉しいです」
「そっか……すまん」
「謝られることじゃないですよ? 元カノ属性もラブコメ的にはおいしいですし。傷心とか全然ないので」
雫は優しく微笑んで言う。
儚げにも映るその表情に、ずくん、と心臓が跳ねた。
「見ててくださいねっ! 私、先輩のハートを打ち抜いちゃうんですから」
「っ、お、おう」
照れ臭くて顔を逸らすと、雫はぐんぐん進んでいく。
そうして歩くこと数分。
辿り着いた先は、三年F組がやっている『占いの館』だった。女性客やカップル客がかなり並んでおり、俺たちも列の最後尾につく。
「占いねぇ……まぁ、雫はそういうの好きそうだよな」
「ねぇ先輩。それ、絶対にちょっと小馬鹿にしてますよね?」
「ん、まぁ否めねぇな」
占い自体を馬鹿にするつもりはないが、占いをきゃっきゃと囃し立てる女子にはやや抵抗感を覚えてしまう俺である。
つい渋い顔をしてしまうと、雫は呆れたように首を振った。
「まったくもう。先輩は分かってないですねぇ」
「分かってないって、何が?」
「女の子は縋りたくなる生き物なんです。占いが当たるわけないって思いつつも、背中を押してほしくて、願いが叶うって言ってほしいんです」
雫の願いがなんなのか。
勘違いでなければきっと、それは俺とのことで。
だからか俺は、分かんねぇな、と笑い飛ばしていた。
「そんなものに縋らなくたって、雫は自分で欲しいものを手に入れに行くタイプだろ?」
「そうですか?」
「さあ。俺はそう思うってだけの話」
「うわ、急にテキトーなことを言う……そこは『なんて言ったって、もう俺の心は雫に掴まれてるんだからな』くらいのことは言ってほしかったですねぇ~」
「言わねぇよ。つーか、そのクソ下手な俺の真似はやめろ。そういうのがお前の姉で充分だっつの」
「むぅぅ~!」
不満そうに、けどどこか満足げに、雫はぷんすかと怒って見せる。
ごめんごめんと頭を撫でてやりたい衝動に駆られるが、俺は寸でのところで伸ばしかけた手を戻す。代わりに、今日言おうと思っていたことを口にした。
「あーっと、雫。話は変わるんだけど――」
「昨日のことだったら、お礼とか言わないでくださいね? 先輩に行くように言ったのも、その分大河ちゃんの力になったのも、全部私がしたくてしたことなんですから」
「っ……くそ。先回りすんなよ」
「ヤです。めっちゃ先回りします。お礼言われたら、なんか私は第三者って感じがしちゃって、嫌なんですもん」
雫の言葉には確かな重みがあった。
はっとする。
雫の言う通りかもしれない。昨日のアレは俺と綾辻の話でしかなくて、雫はただ俺の背中を押しただけの
そうじゃないのだ。
俺たちは、誰も第三者じゃない。
だから俺が言うべきは、
「そういうことなら……雫、よく頑張ったな」
「っ! ふふふー、大正解です!」
ぱぁぁ、と雫が向日葵みたいな満面の笑みを咲かせる。
「正解ってお前な……そういうことばっかりやってると嫌われるぞ」
「嫌われませんよ。こんなこと、先輩にしかしませんから」
その口ぶりは、俺に嫌われることなんて考えてもいないようだった。
あー、まったく。真っ直ぐで、眩しくて、正視するのも躊躇しそうになる。けど、それなのに目を逸らしたくないとも思えた。
「そっか」
「はい、そーですよ♪」
俺たちの順番までは、あともう少し。
未来のことを考えるのはまだ難しいけれど。
占いの果てに何かが見えればいいな、とちょっとだけ思った。
◇
「それではタロット占いでよろしいでしょうか?」
『占いの館』には、二種類の占いが用意されていた。
手相占いとタロット占いである。前者は二人でやりにくいということで、俺たちはタロット占いをしてもらうことになった。
「では今回は、過去と現在と未来を占うスリーカードという占いをさせていただきます。お二人の運勢を一度に占いますね」
あからさまに占い師って感じの服装をした三年生の先輩が言う。
タロットをシャッフルし、俺と雫はそれぞれ三枚ずつカードを選ぶように言われた。実際の作法には詳しくないが、とりあえず指示に従って選び、手前、真ん中、奥の順に並べる。
「まず最初に選んだカードは、過去を表します。お二人が選んだのは……」
雫が選んだカードには『THE FOOL』と書かれていた。
崖の上に立つさすらい人の絵。
「なるほど、愚者の正位置ですね……自由や始まりを意味するカードです。未知の世界に飛び込む無謀さと勇敢さがあることを示しています」
「未知の世界……」
俺と雫が出会ったときのことを思い出す。
それは雫も同じだったようで、二人で顔を見合わせてくすりと分かった。なかなかどうして、当たっているじゃないか。
「そちらの男性が選んだカードは……塔の正位置。崩壊やトラブルを表すカードですね。積み上げてきた物事や精神状態が崩壊する状況です」
これまた、地味に当たっている。
美緒のためにという思いだけで積み上げてきた全てが、美緒の死によって崩れた。
けれど、今はもう顔をしかめずに済んだ。それもこれも、この夏に向き合えたからだと思う。
「さて。二枚目は現在を表すカードです。そちらの女性は……吊るされた男の正位置ですね。試練や忍耐などを意味します。相手に尽くす奉仕の気持ちを忘れず、ぐっと堪えることが大事になるでしょう」
「ふっふー、ですってよ、先輩。私、尽くす女になった方がいいみたいです」
「雫は忠犬っていうより悪戯猫だけどな」
と言いつつ、これも当たっているように思えた。
まぁ照れるし、雫本人も認めないだろうから言わないけれど。
では、俺が選んだのはどんなカードだろう? 覗き見ると、そこには女性が描かれている。そして『THE EMPRESS』の文字。
「これは女帝のカードですね。正位置ですと、幸福や豊かさを表します。文字通り、全てにおいて幸福感を味わうことができるでしょう」
「なるほど」
「つまり先輩は、私といる現在が幸せってことですねー」
「否定はしないけど、これってそんな短期的な現在を表してはないと思うぞ?」
ちぇー、と雫が残念そうに笑う。
そんな俺たちを微笑ましげに眺めてから、先輩は最後のカード、つまり未来を示すカードをオープンした。
開かれたカードは――二枚とも、同じ絵柄。但し俺と雫では向きが違う。
「どちらも月のカードです。女性の方が逆位置、男性の方が正位置ですか……なるほどなるほど。これは……」
先輩は顔をしかめると、一瞬迷ったような様子を見せてから続けた。
「まず逆位置ですが、不安や迷いが晴れることを示します。進むべき方向が見えたり、物事が順調に進んだりするようです」
「進むべき方向、ですか……」
それは、雫に縁遠いものに聞こえる。だって不安や迷いを抱えているようには見えないから。
が、まったく間違っているものにも思えなくて、俺はくしゃっと顔をゆがめた。
「一方、正位置は迷いや不安を示しています。暗闇の中で先が見えなかったり……あとは三角関係とかにも繋がるかもしれません」
雫は迷いを晴らし、俺はまた迷う。
そんな未来が待っている、と占いは言っているらしい。まるで星の光のように、ずっと遅れてやってくるものであるように思えた。
まぁ占いなんて、所詮はバーナム効果の産物。
話し半分で聞いておけばいいだろう。夕食のメニューで雫が悩み、俺が英断を下すってことなのかもしれないしな。
「以上でタロット占いは終わりとなります。占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦ですので、どうぞご参考までに」
「ありがとうございました!」
「楽しかったです」
とんとん、と先輩はカードを整えながら言う。
俺と雫は、ぺこりと頭を下げてから教室を出た。
「占い、楽しかったですね」
「まぁ最後とか、俺はあんまりいい結果じゃなかったけどな」
「それでも、です。それに悪い結果なんて見方次第じゃないですか。正位置と逆位置、反対に見るだけでも意味が全く変わっちゃうんですし」
なるほど、と思った。
ぶっちゃけそれを言い始めたら正位置も逆位置もないし、タロット占いすらほとんど意味がない気もするけれど。
それでもなお、雫らしい考え方だと思う。
「なら俺も、雫とお揃いのカードが出たってことを喜んどくかな。ぶっちゃけ色々言われたのはよく分からんし」
「ですねぇー! 月のペアルックとか、めっちゃロマンチックじゃないです? しかも正位置と逆位置ですからね。エモいです!」
「タロット占いでその思考に持っていけるのはマジで尊敬するわ」
手を繋ぎなおそうとして、急に胡散臭くなって、やめた。
代わりに肩を小突くと、えへへー、と雫ははにかんだ。
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