4章#15 友斗は……まだなんやね
「さぁさぁ。遠慮せず食べてなぁ!」
居間に戻って少し待つと、昼食になった。
俺たち三人のほか、祖母ちゃんと三姉妹が食卓につく。祖父ちゃんは数年前に病死し、三姉妹の両親は仕事に出ている。
出されたのは、料理名もよく分からないありあわせで作ったようなメニュー。
けどこれが美味しいんだよな。あと漬物。本格的な漬物は塩味が程よくてめちゃくちゃご飯が進む。
「おおー、流石ゆー兄! 男の子って感じ!」
「ほんとだね。学校の男子みたい」
「そうやって逞しくなるんだね、ゆー兄」
「……弥生はもう、何を言ってもやましく聞こえるわ」
小学五年生に対してそんな風に思っちゃう俺の方がダメなのかなー、とか思い始めてきたぞ。
ともあれ気にせずに食べ進める。父さんも最初こそ箸の進みが緩やかだったが、祖母ちゃんがけらけらと楽しそうにしているのを見て、がつがつ食べることにしたようだった。
「あの。このお味噌汁って、何が入ってるんですか?」
そう聞くのは、綾辻だった。和食に対してはマジで余念がないよなぁ、と苦笑していると、祖母ちゃんは目を輝かせた。
「おや気になる? 実はちょっとした隠し味を入れててねぇ」
「気になります。なんだか、いつも飲んでいるものより美味しくて。味噌が違うかな、とも思ったんですけど、違いますよね」
「ほうほう。そうやねぇ。味噌は普通のやよ。じゃあ夜ご飯、一緒に作る?」
「ぜひ。他にも料理、教えていただきたいです」
綾辻は驚くほど自然に馴染んでいる。こんな喩え方をするのは不適切かもしれないが、旦那の実家に来て姑と仲良くなる奥さん、って感じがする。
……自分で言って、くすぐったさと気まずさがぞわぞわ背筋を這った。
「ゆー兄ゆー兄! 澪さん、理想的なお嫁さんだよ!」
「うんうん。どうせだから貰っちゃいなよ」
「義理の妹なんて、もうくっつくための設定だもんね」
「やかましい。つーかお前ら、ちゃんと野菜も食え。バランスよく食わないとニキビに悩まされるぞ?」
「少し前まで自炊ほとんどしてなかった生活力低い人がなんか言ってる」
「その隙あらば俺を突き刺すスタイルやめようぜ? っていうかほら、俺以下の生活力の人が気まずそうにしてるから」
「あっ……すみません。私が言ったのは百瀬のことで」
「あ、うん、大丈夫だよ。料理も掃除も洗濯も上手くこなせないのは事実だからね」
あははー、と父さんがどこか遠くを見つめる。
父さんも多少は家事スキルを身に着けた方がいい。掃除洗濯は俺がやれたし料理は幾らでも買えたからよかったが、もし俺がもう少しだけダメ人間だったら義母さんと再婚する前に家庭崩壊していただろうから。
けっけっけ、と笑いながら祖母ちゃんがしみじみ言った。
「二人とも、美緒と由夢がいなきゃダメダメだったんやもんねぇ……思えば昔から二人とも叱られてばっかだったわ」
「……っ」
祖母ちゃんにとって、母さんは娘だし美緒は孫だ。
だから話の流れでその名前が出ることくらい当然だったのに、俺は言葉に詰まってしまう。
父さんはこちらを一瞥し、俺の代わりに言った。
「はは、本当に面目ないです。僕のだらしないところが友斗に遺伝したのかもしれないですね」
「くっくっく、違いないね。二人はよく似とるから。いいとこも、悪いとこも」
机の下で、綾辻が俺の膝に手を置いた。
そちらをチラと見遣ると、
『兄さん、大丈夫?』
と、美緒として心配してくれる。
もう重ねないと決めていたのに、縋るように手を重ねてしまう自分がいた。
一花が懐かしそうにつぶやく。
「みー姉……。もう何年も前だけど、まだ覚えてるなぁ」
「私も! 厳しかったけど、すっごく優しかったよね」
「うんうん。憧れのお姉さんだった」
三人を見て、ちりちりと胸が焼ける感じがした。
そうだよな、と思う。美緒はこの子たちにとっては少し年上のお姉さんだった。俺も含め五人で一緒に風呂に入って、美緒と一緒に二葉や弥生を洗ってやったこともあったっけ。
本当は一番年上の俺がしっかりしなくちゃいけないんだけど、気付くと美緒が一番お姉さんみたいになっていて。だから俺と一花たち三人を美緒がお説教することもあったんだよな。
本当に、懐かしい。
懐かしくて、恋しいよ……っ。
「あれっ、えと……ゆー兄? どうして泣いてるの……?」
「……別に、泣いてねぇよ。わさびが辛くて染みてるだけだから気にすんな」
気付けば流れていた涙を一花が見つけてしまう。
まだ一、二滴しか流れていないのに、
ごしごしと目元をこすり、心配そうにする一花ににかっと笑った。大丈夫だ。一花が悪いわけじゃない。むしろ美緒を感じられて、嬉しかったくらいなんだから。
「友斗は……まだなんやね」
「はい。だから今回は、僕だけ」
「ん。分かったよ。まぁ焦ることじゃないわけやしね」
父さんたちが話している間、美緒はずっと俺の膝に手を置いてくれた。
その手を握りたくて、けど握ったらまたダメになってしまいそうで、俺は自分の曖昧模糊とした弱さに歯噛みした。
◇
いざこうして帰省したはいいが、この辺りは正直やることがない。
広いので鬼ごっことかをやるには最適かもしれないが、まさか高校生になって鬼ごっこをやりたいと思うわけもなく。
俺は割と、暇をしていた。
父さんは仏壇に行った。
母さんも美緒も、今は父さんの実家の墓に入っている。再婚した父さんはそのことに少し後ろめたさを覚えているようだったが、祖母ちゃんはそのことを気にしてはいない様子だった。
父さんは祖母ちゃんに話した。
ちゃんと自分の家にも仏壇を置くと決めたこと。墓参りにも今年からはきちんと行くこと。そうして話すことが今日の帰省の目的であり、父さんにとってはけじめだったのだと思う。
じゃあ俺は?
そんな思いが湧いたらもう、家にはいられなかった。三姉妹に懐かれた綾辻を置いて、俺は庭に出てきている。
「そんなところでたそがれて。友斗も年頃なんやのぅ」
「……祖母ちゃん。開口一番それって、本当に俺のことを年頃だと思ってる?」
「思ってるよ。だからこそ煽っとるんから」
「いい性格しすぎだから」
けたけたと笑う祖母ちゃんに対し、俺は苦笑することしかできない。
見つかっちゃったか。
むしろ、そんな風に思ってしまってすらいた。
「で。友斗はこんなところでどないしたの?」
「どうもしてないよ。冷房がなくても涼しいな、って。それだけ」
「エコなたそがれ方をしとったんやねぇ」
「だからたそがれてないっての」
涼しいと思ったのは本当だ。
その何倍も寂しいと思ったけれど。
「祖母ちゃんはさ」
気付けば、口をついて出てきたのはそんな言葉。自分でもその意図を測りかねるが、祖母ちゃんはうんうんと頷いて続きを待っている。
少し迷って、まぁいいか、と思ったまま聞いてみることにした。
「祖父ちゃんが死んじゃったとき、辛くなかったの?」
祖父ちゃんは数年前、病気で死んだ。
年齢を考慮すれば、言葉は悪いが避けられない死だったのだと思う。そういう意味では父さんや俺とは、少し事情が違うかもしれない。けど大切な人がいなくなったという意味ではきっと、似た気持ちを抱いている。
そうやねぇ、と言いながら祖母ちゃんは俺の隣にきた。
「祖母ちゃんくらいの年になるとな、気付くんよ。死んでも終わりじゃないなぁ、とか。多分そんなのは嘘っぱちやなって」
「……そう、なんだ」
「そう。死んだら終わりやなぁ、ってなんとなく分かる。だからこそ終わりにしないよう、今大切やなーって思う人の手を掴んどくんよ」
だってな、と祖母ちゃんは続ける。
楽しそうに、誇らしそうに。
「そうしないと終わったとき、祖母ちゃんのことを好きになってくれた祖父ちゃんに申し訳立たへんもん」
「終わったら終わりじゃなかったの?」
「ん~? 終わりやよ? 今度はゴールのところでお休みする時間が始まるんやから」
きっと、祖母ちゃんの言ってることは父さんとさほど違いがない。
多分そうやって皆、死と生に折り合いを付けるのだろう。
「好きになってくれた祖父ちゃんに申し訳立たへんもん」
その言葉が、ずしんと響く。
俺の手を掴もうとしてくれた、あの子に。
今の俺は申し訳が立つだろうか。
立つわけがない。今の俺を美緒が見たら、きっと叱るに決まっている。大河だってそうなのだから。
「なーんて。嫌やね、年取ると説教臭くなっていかんわ」
「そんなことないよ。祖母ちゃんはまだまだ元気だし、若いじゃん」
「そう言われると頑張る気になる。ありがとね」
祖母ちゃんはにかっと笑うと、その場を後にした。
一人きりになって思い出すのは、美緒がいた頃のこと。あの子から貰ったたくさんの言葉が、ぷかぷかと浮かんでくる。
ちょっとは美緒と向きあえているのだろうか?
黄昏の月にそっと尋ねた。
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